10:詐称
「私も迷宮ギルドに入ろうかと思います」
いつもの時間に俺とテンカが泊まってる部屋で報告会をしていると、ユカリさんはそう宣言した。
「まだここに来て一日しか経ってないし、あせらなくても大丈夫だよ?」
「いえ、資料室で調べてみたところ、私に必要な事だとわかりましたので」
「必要? 迷宮ギルドに入ることが?」
「はい」
自信満々だ。
「それは何か聞いてもいい?」
「勿論です。迷宮ギルドに入るのは、あの迷宮に入るためです」
なるほど。それなら確かに必要だけど。
「けど、入れるのは2年後になるけど」
「なので、入れる年齢で登録しようと思います。迷宮ギルドに相手の年齢が確認できるような技術はありますか?」
「……聞いたことは無いな」
基本的にこの世界で産まれた者は各地にある迷宮ギルドに報告する義務がある。国は自国の人口情報だけ確認できる権利を持っている。つまり迷宮ギルドは世界の人類の情報を把握していることになる。報告の無い者は迷宮ギルドからの支援が受けられないのだが、普通の人々にそれを放棄してまで得られる利点など何も無いため、何か訳ありでない限りは迷宮ギルドに名前と年齢に種族、両親の情報と出生国は登録されてあるのだ。そのおかげで俺の年齢が疑われなかったという事もあった。
「迷宮ギルドに記録の無い人物に関して、どんな扱いになるのか俺は知らない」
「なら大丈夫です! そこは確認済みです!」
どやぁ。
なるほど、調べてきたのか。
「ほう。あれ? というか、テンカの場合はどうやって登録できたんだ?」
「ああ、そういや最初に色々聞かれたな。名前と年齢、種族を書いて、保証人が必要と言われたんだけど。そうか、普通は無いのか」
「まって、保証人? なにそれ誰がなったの?」
「第三研究所のガバルト・エクスさんって方だね。ここに来るまでの経緯を説明していたら、たまたま近くに居たのか話しかけてきて協力してもらえることになったんだ。モーアさんとは古馴染みだって」
御者のおっちゃんの知り合いか。
「保証人って、大丈夫なのか? 迷惑かからない?」
「保証人が必要なのは、その人物が偽りの名前や身分で登録するのを防ぐためなんだって。迷宮ギルドの把握する人類の数が実態より増えてしまうからね。それが発覚したら重い罰があるんらしいんだけど、俺の場合その事態にはならないから。絶対」
「そっか。でもそのガバルトさんには俺も挨拶しとこうかな」
「わかった。今度会ったら伝えておくよ」
テンカは知らないところでどんどんと知り合いを増やしているようだ。安心した。
話を聞いていたユカリさんと目が合う。
「お願いします」
「了解。保証人だね」
「はい」
そんなわけで、ユカリさんは迷宮ギルドに登録することとなった。
翌日。さっそく迷宮ギルドへとやってくる。
「登録する局は決めてるの?」
「はい。探索局の迷宮調査部ですね。一番都合が良いですし、調査自体はおそらくこれまでの経験が活かせると思います」
ユカリさんは環境調査員という仕事をしていたと言っていた。調査で洞窟を探索していたほどだ。確かに合っていると思う。
迷宮ギルド本部へ入り右手側の部屋に入る。初めて来る場所だ。少し緊張する。魔物討伐局に比べて魔族が少ないように思う。受付へと向かう。
「迷宮ギルドに登録しにきました。こちらの探索局で登録をお願いしたいのですが」
「はい。部の希望はありますか?」
「迷宮調査部でお願いします」
「承知しました。身分証の提示をお願いします」
「すみません身分証は無いので、その登録もここで出来ますか?」
「大丈夫ですよ。ではあちらで書類を作成をしましょう」
部屋の隅にあるテーブルとソファのある場所へと移り、登録用の書類を作成する。本を読めていたことからわかってはいたが、読み書きに関して問題は無いようだ。年齢の部分で僅かに止まる。一瞬だったので大丈夫だとは思うが。
ギルド員の方と確認を取り合いながら書類を書き終える。
「では最終確認をします。名前はミラネミス・ユカリさん。女性で、種族は人族。出身はウルグス国第六開拓地」
出身は俺と同じ所にした。問題ないだろう。
「年齢は21歳で間違いないですか?」
年齢の部分で鋭い視線を向けられる。ばれてたわ。
「ままま間違いないですけど? にに21ですし?」
えぇ……。ユカリさん挙動不審すぎじゃない?
案の定ギルド員の方の視線がこちらに向けられる。
「はい。間違いありません。私が保証人となります」
俺の差し出したギルド証を確認する。
「もし詐称があった場合、罰則が科せられます。本人と保証人両名に対し迷宮ギルド員としての資格を剥奪、再取得まで3年かかり、治療院での割り引き、開拓地への支援金など受け取れなくなりますが……問題ありませんね?」
「はい。問題ありません。彼女のことは、私が保証人となり責任を持ちます」
ユカリさんは無言でこくこくと頷いている。
「承知しました。それでは身分の登録と仮のギルド証の作成をしてまいりますので、しばらくこちらでお待ちください」
ギルド員は軽く頭を下げると奥の部屋へと入っていった。
ユカリさんを見る。
「問題なくいけましたね!」
えぇ……。
局内に置かれた本を読んだり掲示板に書かれた依頼を見たりしてしばらく経つと、先程の受付に呼ばれたので向かう。
「こちらが仮のギルド証となります。迷宮調査部では迷宮内の情報を確認、更新などする事で評価を得られます。まずは簡単な調査依頼を受けてもらいますので、それを無事達成しましたら正式なギルド員として認められます。頑張ってください」
試験にあたる調査依頼を確認し、迷宮ギルドを後にする。
「第一階層の小部屋十箇所までの地図を作成か。なかなかに大変そうだね」
迷宮には扉で仕切られた小部屋がある。曲がり角や分岐点に多くあるのは広間だ。
「迷宮は人工物なのでまだ作成は楽ですよ。ただいくつか道具が必要になりますね」
「じゃあそれを買いに行こう。そういう道具が売っている店を聞いておけば良かったか……」
「大丈夫です。先程局内に置かれた本に店の情報や道具の種類など色々書かれていましたので」
「おお、いつのまに。優秀だね」
「それほどでも!」
ふふんと嬉しそうなユカリさんに案内してもらい、いくつかの店で道具を調達した。値段も様々で俺には違いがよくわからなかったが、ユカリさんは自信満々で決めていた。絶好調である。先程の局内でのユカリさんは貴重だったのか、もしくは幻でも見ていたのだろう。
迷宮に入る際に仮のギルド証を見せるときにも不審な様子は無く、何事も無く迷宮へと到着した。
「それではしばらくお待ちください」
ユカリさんは活き活きとした様子で元から持っていた物と先程購入した物を使い色々と計測すると、複数の紙に情報を書き込んでいる。俺は基本的には周囲の警戒を、たまに計測の手伝いをしている。
俺が迷宮探索初心者の頃に組んでいたパーティーでも地図作成をしていた人が居て、その様子を見たことはあるが。
「なんか、書き込んでいる量がすごいね」
計測の仕方も全然違うし。いや、見たことの無い道具ではあったがこちらで買ったものも使っているのだ、手法として普通に使われて入るのだろうけど。
「私にとっては初めての迷宮調査ですからね。本で読んだ知識などは一旦忘れて、ゼロベースで調べてみようかなと」
「なるほど。普通はある程度基本的なことは常識だからと調べないでいるとこまで調べていたのか」
「ですね。私にとっては未知の存在ですし、本の情報をそのまま信じることが出来ないというのもあるのですけど」
俺にとって迷宮は産まれる前から存在しておりこの世界で当たり前となっている存在だ。それに関する情報も長年の積み重ねがあるだろうし、疑う前に信じ込んでいた。少なくとも基本的な、当たり前とされる部分は。だがユカリさんはこれまで迷宮という存在を知らなかった。この年齢になるまで存在を知らなかったものを素直に受け入れることは難しいのかもしれない。ただでさえ未だに謎の多い迷宮なのだ。全部疑ってかかる位がちょうど良いのかもな。
迷宮内の床の高低差を調べたり天井の高さの違いなどを調べたりしているので時間がかかる。最初の小部屋に来るまで予想よりも時間がかかった。
「初めての小部屋です」
「この前は万が一を考えて部屋には入らなかったからね」
迷宮には罠がある。仕掛けを解除してもいつのまにか元に戻っているので油断できない。迷宮の奥へ行くほど危険な罠になると言われているが、その分浅い階層の罠は危険度が低い。今まで体験した中で一番嫌だったもので、脛の高さへ木の棒が飛び出してくるといったものだった。当時は脛当てを着けていなかったので大変痛い思いをしたが、命に関わるようなものではない。そしてそんな罠は、部屋の入り口に仕掛けられていることが多い。
「一階層の罠はちゃんと見れば気付くようになっているんだ。こんな風に」
この小部屋は扉付きになっており、扉を開ける際につい手を置いてしまう箇所に違和感があった。
「ここに手を置くと」
ゆっくりと手を置き力を入れると、手のひらにチクリとした痛みが走る。棘が出てきたようだ。
「あの、大丈夫なんですか? 棘、刺さってません?」
「ゆっくりだったから大丈夫だよ。ほら。地味な嫌がらせだね。これが迷宮深くだと毒が塗ってあったりするらしいんだ。痺れてしばらく手が動かないとか、凶悪なのは命に関わるって聞いた事があるね」
ウルグスの迷宮は初心者向けだったので、最奥でもそれ程酷い罠は無かった。これからは更に気をつけなければいけないな。
扉を開けて中に入る。中は二人で寝るならちょうど良いぐらいの小部屋だった。正面壁際に箱が置いてある。
扉の情報を書き込んでいたユカリさんがそれに気付く。
「あれはもしかして?」
「珍しい。一階層最初の部屋で宝箱とは」
迷宮内の部屋には宝箱が置いておることがある。中には古代のアイテムが入っていると言われているが、なかなかお目にかかれない。迷宮の深くに進むほど宝箱を見つけられることが増えるようだが一階層では稀である。たまに探索初心者が発見して噂になるぐらいである。
「宝箱……誰が置いているのでしょうか」
「昔は、迷宮管理人と呼ばれる存在が居てそいつが置いて回っている、なんて事が言われていたな」
「では今は?」
「迷宮の一部説が主流かな。迷宮の壁を傷つけてもしばらくしたら元に戻っている。同じように宝箱は迷宮の壁のように元の状態に戻っているっていう話だ」
「んー? 中の物もですか?」
「中身は別説がある」
「はぁ」
「宝箱は迷宮の一部だとしても、その中身はそうではないのでは? という考えの元、色んな仮説がたてられている。実はやっぱり迷宮管理人が入れてる説から、魔物が落ちてるものを放り込んでるとか、迷宮のゴミ箱とか、こっそり冒険者がサービスしてくれてる実はボランティアだったのだよ説とか」
「ロウさんはどう思っているのですか?」
俺は、実はこのことに関して一つトンデモ仮説をたてている。誰にも言っていないが、暇なときに妄想をして楽しんでいる説である。
「実は宝箱は……魔物で錬金術師だったんだよ説」
ぼそっと言ってみる。
「……あ、はい」
ええ、その反応で正解ですとも。
「開けようか」
「罠はないんですか?」
「宝箱に? 聞いたこと無いな」
「むしろ宝箱に罠って定番そうですけど?」
「そうなのか? ……確かにあると厄介だな」
宝箱は見つけたらラッキーおめでとうというのが常識だ。だがもし宝箱に罠とかあったら、うわぁ、気が重い。
「迷宮に悪意があると、そういう事もあるのかもしれないなぁ」
「なるほど。確か迷宮は人類の希望と聞いたことがありましたが、そういう面も影響しているのかもしれませんね。……あれ? ですが普通の罠はあるんですよね?」
「そっちはあれだね、迷宮の奥には進んで欲しくないからかもしれない」
「でも宝箱はあるんですよね?」
「迷宮さんがこれあげるから帰ってって懇願してるんだよ」
「……なるほど?」
探索者は満足したら引き上げるからね。荷物が多くなっても帰るだろうし。罠がなかったら慎重にならずにどんどん奥に進んじゃうかもしれないし。
「と言うわけで罠はないから。開けるよ?」
「はい。楽しみです」
二人横並びになり、身長が伸びるアイテムでも出ないものかと思いつつ、宝箱をゆっくりと開け中を覗き込む。
「「……ん?」」
中には。
「「……どこ?」」」
何も入っていなかった。




