恐怖と恋慕
更新が随分と遅れてしまいましたが……基本のんびりいきたいので、でもできれば月に一度は更新したいなー……なんて。
そのくらいのんびり屋ですが、どうかお見捨てにならないで下さい!!
「うわぁ……何ですかこれは?」
「お前はさっきから『何ですか』ばっかだな……」
狭い通路に転がされた間抜けな格好のまま、ライアを見上げるレックス。その手には鈍い飴色のドアノブがしっかりと握られている。
苔まみれになっているが、レックスの手に丁度収まるサイズのそれは、円柱型の無骨なデザインで、かなり古いもののようだ。何故かレックスはそれをヘイズに渡す。……無意識下の行動らしい。
「年代物だな……ドアノブだと思うけど、肝心のドアは何処だ?」
冷静にそれを観察し、真っ暗な穴に視線を向けて疑問を投げかける。
「ドアはこの空間よ」
「?」
暗い穴に歩み寄って片手をかざしながら、ライアが答える。レックスはヘイズの助けを得て立ち上がると、礼も言わずにライアの一挙手一投足に視線を向けている。
「ところで」
「何?」
ライアの動きをヘイズが遮る。ライアは気分を害したふうもなく、振り返る。
「さっきの地鳴り……発掘現場の奴らに聞こえたと思うか?」
『き、聞こえてたらこっちに来るかな?』
「ん〜……大丈夫じゃないかしら? 聞こえてたとしても、宝石掘りに夢中になってそうだから、こっちには来ないんじゃないかしら」
「それもそうか……」
と、彼らの会話を聞いていたレックスが例によって割り込んで来た。ヘイズはさっと身を引く。
「僕が先に聞いたんですよ! これは何なんですか? ライアさん……秘密めいた貴女も素敵です……でも、でも僕は知りたい! 貴女と少しでもお近付きになりたいんです! いけませんかっ?」
「い、イケナくはないと思うわ……」
ライアの手を両手で握り締め、凄まじい剣幕だ。……さすがのライアも表情が引きつっている。
「……どうせ巻き込むことになるんなら、今のうちに説明しておいたらどうだ? ライア」
ヘイズの助け舟。……この先、何かに『巻き込まれる』ことは確実らしい。ライアは諦めたような溜め息をつくと、空いている方の手でレックスの手を離すように促して、こちらに向き直る。
「……レックスに気を遣ったつもりなんだけど」
「どのタイミングでも結果は一緒だろ?」
「そうね」
言って軽く肩を竦める。
テフラの存在を知られてしまっているが、ライアがドラゴンであることをレックスは未だ知らない。どうやって諦めて貰おうか、彼女なりに考えていたらしい。
有無を言わさず同行を許さなければ良かったのだが、既にこんな所にまで一緒に居るのが変えられない事実。正体をバラして諦めて貰うにも、タイミングが無かったのだから仕方が無い。
「それにしても」
「ん?」
「やっぱり……見るとこ見てるのね?」
「……まあな」
ライアは自分の考えを見透かされていたような気分だったようで、少々複雑な、悔しそうな顔。ヘイズ自身はそこまで意識して観察していたワケでもないのだが。
『ヘイズはいっつもちゃんと見ててくれてるんだよね。悪戯もすぐバレるけど』
フードから顔を出したテフラも会話に混ざる。
「また僕を無視しないで下さいっ! やっぱり一緒に旅してたヘイズさんがお好きなんですかぁ!? 僕には入り込む余地もないと……っ?」
ライアとへイズの間に入り込んで喚くレックス。
ヘイズたちの間にあるのは、恋愛感情ではない。……多分。今後どうなるのか、それは誰にも分からないが、今の所、彼らの間に在るのは『旅の仲間』という意識。共通の敵と戦った時に出来た絆は、確実に彼らを結びつけている。
精霊よりも遥かに謎に包まれているのがドラゴンだ。ドラゴンという種族がどのように人間と関わってきたのか、それを紐解くための情報はあまりにも少ない。ドラゴンに変身能力が備わっていた事実は、ライアという存在によって明らかだが、ライアは人間と旅をしたがる『変わり者』。世に存在するドラゴンがすべてこんなんだとは思えない。……故に、ドラゴンが抱く感情を理解しようとする方が無理なのかも知れない。
ヘイズにいたっても相当の『変わり者』という解釈で間違いない。精霊と契約を交わすことができる人間は稀にいるが、ドラゴンに魅入られた者はそれよりも遥かに少ない。
人に姿を変えたライアという存在を傍に置き、彼女の表情や仕草でその感情までもを読み取る芸当。……これを無意識にやってのけるのが、ヘイズという男なのだ。とてもではないが、レックスが勝てる要素は皆無である。……何に『勝つ』のかについては言及しないで頂きたい。
ヘイズは溜め息を漏らしただけ。テフラもちょこんと顔を覗かせたまま、心なしか楽しげな顔になっている。
「まぁ、そういうことになるかしら? 『今は』って言っておいてあげるけど」
「『今は』……? じ、じゃあこれからの努力次第ですね!? 僕は諦めませんよっ!」
やはり根性だけはある。ライアは一度背筋を伸ばして、ふっと短く息を吐く。と、そこにはいつもの尊大な態度。
「好きにすると良いわ。ドラゴンを落とせるものならね?」
言って、ライアは改めて右手を暗い穴にかざす。不思議な音とリズムが彼女の口から零れ出る。レックスは彼女の言葉の最後、意味を考えている様子だったが、目の前の光景に思考を遮られて追求してくることはなかった。
「これは?」
ヘイズの問いにはテフラが答える。
『ドラゴン特有の術だよ。……そっか』
「ん?」
『声が聞こえるって言ってたでしょ? 僕には聞こえないって。それって、ドラゴンにしか聞こえないんだ』
「種族特有の何とか、ってやつか」
『うん』
ライアがかざしていた手の前に何かが現れた。闇とこちらとを隔てる壁だ。ただし、色はない。光の加減でその存在が分かる。
「あなたが引っこ抜いたのはこれの部品よ。……回して引っ張れって言えば良かったかしら」
言いながら、ライアはヘイズからドアノブを受け取ると、迷うことなくそれを差し込み、改めて回してから透明なドアを開ける。
「うわぁ……」
横から覗き込んだレックスが感動の声を上げる。
目の前にあった闇は消え、開かれたドアの向こうにはまったくの別世界が広がっていた。
「どういうことだ?」
『空間を操る術なの?』
「そう。これは『彼』の得意分野でね。……随分前に眠りについたはずなんだけど、どうやら外の騒ぎで起こされたらしいわ。強大すぎる魔力っていうのも考えものね……おちおち死んでもいられないなんて」
言葉から察するに、ライアの知り合いのことらしい。それも、既に死んでいる個体。強大な魔力故に、死してなお魂が滅びずそこに在るというのだろう。
ドアの奥へと踏み込む。足元には柔らかな草。太陽ではない、不思議と柔らかい光が溢れ、豊かな水の緩やかな流れが、遥か彼方に伸びている。……丘の中、まして岩の中ではない、別の空間がそこに広がっている。……レックスは何とも形容し難い表情を浮かべ、ライアに続く。
「遠い昔の景色をそのまま再現したのね」
「知り合いか?」
「んー……術行使を教えてくれた師、ってところね。……懐かしいわ」
「お前……」
「何?」
『年幾つだ?』と聞きそうになって、慌てて口を噤むヘイズ。そう聞かれることを察したライアも、気にしているのだろうか。
「ラ、ライアさん……この空間は……」
どこを見ているのか、夢見心地のその視線の先は定まらないレックス。かろうじて絞り出した声はかなり震え、それでも言いたいことの半分は言えたようだ。
「私たちの種族にはね、血統ごとに伝えられる秘術っていうのがあるのよ。これはコハクの一族が伝えて来た術」
「コハク……?」
「コハクっていや、大河の守り主としての伝説で知られてるが……?」
レックスの質問を引き継いで、ヘイズが問う。レックスとは正反対に冷静だ。ドラゴンが関与しているのならば、この程度の不思議体験は当たり前とでも思っているのだろう。
「そう、そのコハクよ」
「さっ、さっきのは聞き間違いかと……っ、お、思ってたんですけどももも……っ」
「物っ凄い顔してるぞ、お前」
「へ、ヘイズさんっ?! あなた知ってて……っ」
「何を言いたいのか大体分かるけど……俺が知らずにいたんだとしたら、余程の大間抜けか楽観主義者だろうな。っていうかここの入り口で言っただろ。聞いてたんじゃねーのかよ」
『お姉さんはドラゴンだよ、ブラックドラゴン!』
止めを指したのはテフラだ。相変わらずヘイズのフードに包まったまま、顔だけをひょこっと出して、いつか聞いたことがあるような台詞。
一応ライアの口からも伝えた筈だったのだが、聞き間違ったことにして聞き流そうと努力していたのだ。そんな努力が実を結ぶはずも無く、彼はとうとう真実を知ることになった。
「…………ううっ」
「大丈夫か?」
途端にその場にしゃがみ込むレックス。一応心配してヘイズが声をかけるが、そのマントを鷲掴んで引っぱり、その勢いを借りて一気に立ち上がる。
「ぐぇ」
奇妙な声を上げたのはヘイズの方で、レックスは何かに目覚めたようなアブない光をその目にたたえている。
「……そうか……そうだったんですね! 並みの女性ではないと思っていましたが……まさか人間ではなかったなんて……なんて魅力だ! ますます貴女というヒトを知りたくなりました!」
『………………』
「僕はどこまでも貴女についていきたい!」
夢見心地を通り越してアブない狂信者のような大袈裟な仕草で、ライアに向き直るレックス。
そんな彼を目の前にして、二人と一匹は言葉を失う。そして思った。
(……こいつ……タチ悪いぃ……!!)
この話のなかで、実はレックスが意外と人気を集めているようで……作者としてはかなり意外。びっくりです。
感想等ありましたら、ぜひ宜しくお願いします。




