岩と穴
発掘現場は、大きく弧を描きながら丘の周縁を辿っていた。遠い昔、ここにはゆったりとした水の流れがあったのだろう。だがそれは、今は見る影も思いを馳せるカケラすら残されていなかった。ただ、黄色い大地が続く場所に大河があったのだろうことが想像できるだけだ。
「これ……どこまで続くんだ?」
似たような景色を見るのに早くも飽きてきたヘイズがぼやく。
「太古の昔に河があったのよ? これだけの規模が続くなら、発掘現場も大陸を横断するわね。まぁ、宝石が出ればの話でしょうけど」
感心しているのか呆れているのか、ライアが地面を観察しながら言う。発掘現場やその作業員の観察というよりは、大地の過去に思いを馳せているように見える。
「素敵です……ライアさん……。遠い大地の記憶が見えているようですね……」
微熱に浮かされているようなレックスの台詞は見事にスルーされたが、彼の言っていることは正しかった。……ただ、ヘイズたちにとっては当然の解釈だったのだから、スルーされても仕方ない。
「あんたみたいな節穴には見えないかもね」
「……え?」
レックスに向けた台詞だが、視線は進行方向と右手にある丘の剥き出しになった岩肌に向いている。
いつの間にか一行は、丘を半周ほど回った所まで来ていた。簡易テントが立ち並ぶ場所は、すでに丘に隠れて見えない。三人(と一匹)は、発掘現場を通り過ぎ、道らしい道もなくなりかけた丘を少し登った所にいた。
ライアに導かれるようにして歩いた先は、三方を高い岩肌に囲まれた、一見して行き止まり。丘は岩石が主なようで、僅かな土にしがみつくように草や低木があるのだが、この辺りはそれも殆ど見られず、穴に落ちた気分だ。
「この岩に何があるってんだ? ……穴空いてるな……中に何か……」
「やっぱり良く見えるのね?」
「片目だから余計に見えるのかもな」
苦笑しながらヘイズがライアの隣に並ぶ。彼が見つけたのは、岩肌に穿たれた拳大の穴。怪力自慢が拳をめり込ませたような、深い穴だ。
「そ、その穴に何かあるんですかっ? ちょっと、ヘイズさん! 僕にも見せて下さいよっ」
「あ? ああ……悪い」
……一体何に謝っているのか疑問を抱きながらも、ヘイズは勢いに押されて場所を譲る。狭い道なので彼ら三人が並ぶのは無理。当然、場所を入れ替わるにも岩肌に触れるし、レックスの青白い顔が暑苦しい。
「うわぁ……何ですかこの穴? ライアさん、僕にも分かるよう教えてくれませんか?」
「…………まあ、いいわよ。理解できるかどうかは保証できないけど」
鬱陶しさに負けた様子の呆れ顔で、ライア。
「って言っても言葉での説明は面倒ね。レックス、あなたこの中に腕入れる勇気はあるかしら?」
「え? ええっ? いや、でも」
穴とライアの顔を見比べながら、鬱陶しいほどに困惑するレックス。ライアはレックスの視線を避けるようにヘイズへと視線を移す。ヘイズはいつでもライアの要求に応える準備はできているようだ。その視線のやり取りに気付いたレックスは、ヘイズへの対抗心を燃やしつつ、やはり迷っている。
「……分かりました! やってみます! 貴女のためにっ!」
『………………』
ヘイズとライアの沈黙。レックスは愛の証を見せるなどと喚きつつ、腕まくりをして一気に穴の中へその手を突っ込んだ!
「…………~~~!」
「どうした?」
後ろから覗き込んだヘイズが問う。見る間にレックスの顔の青さが増していく。声も出ず、その代わりに冷たい汗が噴き出す。
「……ひ」
「ひ?」
「ひうぅええぁああっ!!」
「うるせえっ!」
スパンっ!
思わずレックスの頭に平手打ちをかますヘイズ。
「ちょっ! ライアさんっ! これ何ですかあぁっ? ぬるぬるしてますぅ!」
「ああ……そんなことか」
ライアはこめかみを押さえ、喧しいレックスの声から逃げるように顔を逸らしてヘイズに助けを求める。ヘイズもどう助け舟を出そうかと頭を抱える。……取り敢えず、半泣きになっているレックスに向き直ると、彼は未だ穴の中に腕を突っ込んだままの微妙な前屈みの状態で、反対側の腕を岩壁について固まっている。
「ここここれ……何ですか……っ?」
「いや、これって言われても見えねえし。まずはその手を引き抜いてみたらどうだ?」
「……あ」
「………………」
「まったく、情けないわね。ま、普通の男ならそんなもんかしら?」
「……ぐっ……そ、そんなことはない……です、よ……!」
「お?」
根性だけは認めてもらおうと、一度は引っ込めようとした腕を再び元の位置に戻す。ふと、レックスが何とも言えない微妙な表情を見せる。
「……?」
「何かあったのか?」
「はい……ライアさん、これは?」
ヘイズの問いかけに答えるも、視線はライアに向いている。……なかなかの根性。
「押し込めるなら押してみて。掴めるものなら掴んで引き抜くのよ」
「は、はい……」
抽象的ではあるが確実な指示。困惑顔のレックスだったが、言われた通りに穴の中を探る。
「これは……掴めました! 掴みましたよ、ライアさん! 引き抜きますっ! ……あれ?」
振り向いたレックスの傍には誰もいなかった。いつの間にか距離を取ったヘイズとライアに不審な顔を向けるが、時すでに遅し。
「ちょっ……皆さん? これ……あれぇっ?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ
ぬるぬるの苔だらけになったその手にドアノブのような物体を掴み、壁と穴とヘイズとライアを見比べオロオロするレックス。彼の後ろから聞こえてくるのは地鳴りのような音。微かだが辺りが揺れているような気もする。
「ライア……」
「ん?」
「ここにいて大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫よ。あたしがトラップの巻き添えになるなんて考えられる?」
「ああ、ないな」
『何なの?』
「レックスが引っこ抜いたアレが何かの鍵だったみたいだな」
フードの隙間から顔だけを覗かせるテフラに答える。
「その通りよ……さすがね。あなたも少し下がりなさい」
言うとライアはレックスの首根っこを捕まえて引っ張る。オロオロしたまま引きずられ、情けない顔をさらすレックスに溜め息だけを返して、ライアはレックスを地面に転がすように穴から引き剥がした。と、ほぼ同じタイミングで一際大きな音が鳴り響いた。音と一緒に放出された眩い光に一瞬視界を遮られる。
「……? 何だ?」
『うわぁ……大きな穴……中真っ暗だよ、ヘイズ』
「また真っ暗な穴かよ……嫌な予感しかねえな」
彼らの目の前に、ひと一人が余裕で通れるくらいの四角い穴が、真っ暗な中身を覗かせていた。




