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間が悪すぎて人生詰みかけた伯爵令嬢、腹黒公爵令息の溺愛だけは回避できません❗️  作者: 恋せよ恋


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第2話 間が悪い令嬢は、庭園の悲劇を許さない

「ほら! 今日の空気はとっても澄んでいて気持ちがいいわね、マリー!」


「はい、デイジーお嬢様。こちらの王立植物園でしたら、ゆっくり薔薇を楽しめますわ」


 あれから数日。川での『背中突き落とし事件』の衝撃も薄れ、デイジーは久しぶりに穏やかな心地で外を歩いていた。



 王都の北側に位置する王立植物園は、王都の貴族たちが社交の場として利用する庭園だ。ここならば、おそらく突風も吹かず、迷子もおらず、侍女のマリーもぴったりと横に控えている。


(よし……今日こそは何のトラブルも起きない! 平穏無事な一日を勝ち取るのよ!)


 デイジーは心の中で固くガッツポーズを決めた。



 しかし、彼女は知らなかったのだ。


 この王立植物園が、若い貴族たちが想いを伝え合う『愛の告白の名所』として知られているということを。


 そして――デイジー・ロメオの持つ凄まじい《《面倒ごとを引き寄せる力》》が、甘い愛の修羅場が大好物であるということを。



「マリー、あちらの赤薔薇のアーチが綺麗だわ。近くで見てみましょう」


「はい、お供いたします」


 新調した日傘を優雅に差し、デイジーがアーチへと近づいた、まさにその時だった。



「……だから、僕と婚約を前提に付き合ってほしいんだ、クラリス嬢!」


(ひっ……!?)


 アーチの陰から聞こえてきた悲壮感の漂う声に、デイジーの背筋が凍りついた。



 見つからないようにそっと足音を消し、樹木の影から覗き込む。


 そこには、『クラリス』と呼ばれた豪華なドレスを纏った勝ち気そうな令嬢と、やや仕立ての古い服を着た真面目そうな貴族令息が立っていた。


 デイジーの持ち前のゴシップ情報の知識が、瞬時に状況を把握する。



 『クラリス』と呼ばれた令嬢は、裕福だと評判のザイオン伯爵家の令嬢で、我儘なことで有名だった。確か、デイジーよりも二つほど年上だったはずだ。


 対する青年は、真面目だが下位貴族、スイス子爵家の嫡男ピエールだと思われる。


 どうやら青年は、ずっと片思いしていたクラリスに、どうしても想いを伝えたくて、一か八かで交際を申し込んでいるらしい。



(なんで!? どうして直接、交際を申し込むの!? 家を通しなさいよ!)



 クラリス嬢の顔には、隠しようもない冷ややかな呆れの色が浮かんでいた。

 今にも「あなたのような子爵令息と婚約なんて、お断りですわ!」と言い放ちそうな雰囲気がプンプンと漂っている。


(見なかったことに! 聞かなかったことに……!!)


 デイジーは冷や汗を流しながら、マリーの手を引いて爪先立ちで足音を殺して後退りを始めた。


 他人の甘酸っぱい、そして玉砕覚悟の告白の現場に遭遇するなど、愚の骨頂である。関わればろくなことにならない。



 そっと一歩、また一歩。


 しかし、運命の神様は、デイジー・ロメオに平穏などという文字を絶対に許さないのだった。



(あ、また……!?)


 ほんのわずかに伸ばした日傘の先端が、頭上に伸びていた薔薇の蔓に引っかかった。


「あっ」と思った瞬間には、もう遅い。跳ね返った枝が大きく揺れ、葉の裏にぶら下がっていた巨大な毛虫が、こちらめがけて落ちてきそうになった。



「いやぁぁぁぁっ!?」


 令嬢らしからぬ情けない悲鳴が、静かな庭園に響き渡った。



 毛虫が降ってくる恐怖に耐えかねたデイジーは、勢いよく前方に飛び出した。


 ――ドサッ!!



「な、なんだ!?」


「きゃああっ!?」


 まさにクラリスが口を開き、「お断り――」と言いかけたその絶妙な瞬間に、デイジーは薔薇のアーチから転がり出る形で、二人の真ん中に派手に躍り出たのである。



 膝を擦りむき、新調した日傘を放り出し、髪に薔薇の花弁を散らした状態で芝生の上にうつ伏せになる名門伯爵家の令嬢。


 その、デイジーの突然の登場に、告白していたピエールも、断ろうとしていたクラリスも、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。



(あ……終わった! またやってしまった……)


 デイジーは顔を上げられなかった。恥ずかしさと申し訳なさで、このまま地面に穴を掘って埋まりたい。



 重苦しい沈黙が流れる。


 ピエールが、恐る恐る口を開いた。


「え、ええと……ロメオ伯爵令嬢……とお見受けしますが……一体……?」


「も、申し訳ございません! 私、足を滑らせてしまいまして……! ホホホホホ! どうぞお構いなく、邪魔者は消え失せますので……!」


 デイジーは急いで立ち上がると、その場を逃げ出そうとした。



 しかしその時、ふと彼女の視界に、青年が背中に隠し持っていた『あるもの』が映り込んだ。それは、少しくたびれた赤・白・ピンクの薔薇を丁寧に束ねた花束と、古びた小さな木箱だった。


 木箱はしっかりと閉じられている。中に何が入っているのかは分からない。ただ、青年の指には、いくつもの小さな傷があるようだった。


 その手で、青年は薔薇と木箱を後ろ手に隠している。


 それだけで、彼が今日という日のために、一生懸命準備してきたことが伝わってくるようだった。


(まあ……なんて誠実な……)


 間の悪いことに、デイジーはその『健気すぎる準備』をばっちり目撃してしまったのである。



「あ、あの……!」


 立ち上がろうとしたデイジーの口から、無意識に言葉が漏れ出た。彼女の『間の悪さ』は、時に意図しない余計なお世話へと変貌する。


「令息がご自分で花束を用意されるなんて……。きっと、たくさんのお心を込められたのでしょうね」


「えっ……!?」


 青年は、みるみるうちに顔を赤くし、後ろ手に隠し持っていた花束と木箱を胸元に抱え直した。



 だが、その言葉に一番反応したのは、断る気満々だったクラリスだった。彼女は目を丸くし、ピエールの手元と、デイジーの顔を交互に見つめた。


 ロメオ伯爵家のデイジーといえば、社交界でも一目置かれる気品と審美眼の持ち主だ。そのデイジーが、目の前で派手に転んだというのに、青年の花束を心から褒めたのだ。


(え……? デイジー嬢が褒めるほどのものなの……? 派手な花束ばかり見ていたけれど)


「……あなたが、ご自分で?」


「うん。君が好きだと言っていた薔薇を、できるだけ綺麗なものを選んで……」


 クラリスの脳内で、急速な勘違いが巻き起こった。



「クラリス嬢……やっぱり、僕のような子爵令息がこんなものを贈っても、迷惑だったよね……ごめん」


 青年がしょんぼりと頭を下げ、引き下がろうとしたその時。



「ま、お待ちなさい!」


 クラリスが叫んだ。彼女の頬は朱に染まり、目には涙すら浮かんでいた。


「だ、誰が迷惑なんて言いましたの!? むしろ……とても、嬉しいですわ」


 実はクラリスも、以前からピエールのことが嫌いだったわけではなかった。ただ、家格も財力も違いすぎる。だからこそ、自分から気持ちを認めることができずにいた。



「えっ……!? じ、じゃあ……!?」


「はい! あなたとの交際をお受けいたしますわ!!」


「クラリス嬢……!!」


 思わぬ返事に、ピエールは感極まってクラリスの手を固く握りしめた。二人の間に、ピンク色の甘いオーラが立ち込める。



 ……地面にへたり込んだままのデイジーと、青ざめたマリーだけを置き去りにして。


(えええええええええっ!?)


 デイジーは心の中で絶叫した。


(絶対に断る流れだったよね! なんで!? どうしちゃったの!? クラリス嬢!)



 あの高飛車なクラリス嬢が、なぜか「はい」と言って泣いている。私が余計な一言、ただの感想を挟んだせいで、彼女の将来が歪んでしまった気がする。


「ありがとうございます、デイジー嬢。あなたは幸運の女神だ!」


「感謝しますわ、デイジー様!」


「い、いえ……お役に立てたのなら、何よりですわ」


 引きつった笑顔で、手を繋いで去って行く二人を見送ったデイジーは、魂が口から抜け出たような顔で薔薇のアーチにへたり込んだ。



(まただ……。私、ただ毛虫から逃げようとして飛び出しただけなのに……なんでこうなるの……!?)


 ◇


「……くっ、ふふ……あはははは!」


 公爵邸の執務室。先ほどの一部始終の全貌が記された報告書を手に、ライアン・ヴァンサンは肩を震わせて笑っていた。


「ライアン様、笑いすぎです。気品が損なわれますよ」


 呆れ顔の侍従ルイスがそう窘めるのも無理はない。

 ライアンの手元には、彼が放った専属の密偵たちが集めた『デイジー嬢の報告書』が届いていた。


「いや、素晴らしい。実に素晴らしいよ。こんな見事な割り込み方があるか? 断られることが確実な告白現場の雰囲気を、毛虫への悲鳴だけで完璧に粉砕してしまうとは」


 ライアンは瞳を輝かせ、報告書に描かれたデイジーの似顔絵を愛おしげに見つめた。



「ですがライアン様。いくら我が公爵家の誇る密偵とはいえ、他家のご令嬢の行動を詳細に監視し続けるのは難しすぎます」


「何を言うルイス。デイジー嬢の安全を見守るためには不可欠なことだろう?」


 ライアンは涼しい顔で言い放つ。


 そう――ヴァンサン公爵家の諜報部隊の総力を挙げた情報戦と、ライアンの恐るべき執着でデイジーの行動を追いかけていたのだ。


「彼女は無自覚だ。自分の行動がどれほどの奇跡を引き起こしているのか、全く分かっていない。……そこがたまらなく……愛おしいな」


「ライアン様……目が本気になっておられますが」


「当然だろう? 彼女の周りには常に『退屈』がない。……それに、あの恐ろしいまでの間の悪さと、それをすべて好転させる幸運の女神のような結果。彼女を我が手中に収めれば、我が家にどんな未来がもたらされるか……考えただけでゾクゾクする」


 そう言いながらも、ライアンの胸の奥底では、計算高いたくらみとは別の熱が静かに渦巻いていた。


(知りたい。次はどんな予測不能なハプニングで、俺の予想を裏切ってくれるのだろうか? もう一度、あの驚愕に染まった顔が間近で見たい)


 ただ、それだけの衝動だった。


 ライアンはフッと鼻で笑うと、上着をはおって席を立つ。


「ルイス。密偵からの次の報告は?」


「……たった今、ロメオ令嬢が『今度は中庭の迷路庭園に向かった』と連絡が入りました」


「よろしい。では――彼女を遠くから眺めるとしよう」


「……はい。お供いたしますよ、ライアン様」


 ヴァンサン公爵家の次期当主は、獲物を逃がさない肉食獣のような優美な笑みを浮かべ、ゆっくりとテラスを後にした。


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