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間が悪すぎて人生詰みかけた伯爵令嬢、腹黒公爵令息の溺愛だけは回避できません❗️  作者: 恋せよ恋


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第13話 開かれたカーテンと、黒幕の影

「デイジー伯爵令嬢様、とってもよくお似合いですわ! 次はこちらのペールブルーのドレスをご着用ください!」


「ええ、ありがとう。……でも、ライアン様からいただいたドレスもたくさんあるのに、こんなに新調しなくてもいいのに……」



 王都の一角に佇む、王侯貴族御用達の高級仕立屋――オートクチュール『サロン・ド・ロザリア』。


 来たる建国記念舞踏会に向け、デイジーは侍女のマリーと護衛を伴い、仕立て上がったドレスの試着に訪れていた。


 前回の夜会では、ひょんなことからライアンの私室へ飛び込み、あわやファーストキスというところまで追い込まれた。


 幸いにも、護衛のルイスが絶妙なタイミングで現れたおかげで事なきを得たものの――。思い出すだけで、デイジーの頬は熱くなる。


(だ、だめよ。今日はドレスの確認に来たんだから、余計なことを考えちゃだめ!)


 デイジーは小さく頭を振った。


(舞踏会のパートナーに指名されてしまった以上、変なドレスを着てライアン様やヴァンサン公爵家に恥をかかせるわけにはいかないもの!)



「デイジー様、次のお召し物はこちらになります」


「ありがとう。じゃあ、着替えてくるわね」


 デイジーは試着室へ入り、マリーに手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ始めた。


 しばらくして――。


「マリー、コルセットの紐を少し緩めたいの。手伝って頂戴」


「承知いたしました!」


 マリーが後ろへ回った、その時だった。


 デイジーの足元で、ゆるめていたペチコートの裾が、靴のかかとに引っかかった。


「……あら?」


 ぐいっ。


「きゃっ!?」


 身体が前へ引っ張られる。


「お嬢様!?」


「だ、大丈夫よ!」


 慌てて手を伸ばしたデイジーの指先が、すぐ横にあった厚手のベルベットカーテンを掴んだ。


「これなら――!」


 倒れるのを防ごうと、夢中でカーテンを引っ張る。



 バチンッ!


「……え?」


 嫌な音がした。



 次の瞬間――。シャーッ!!


 カーテンを固定していた金具が外れ、仕切りが一気に横へ開いた。


 この店では、試着室と特別客用の応接室を厚手のベルベットカーテンで仕切っていた。


「きゃあああっ!?」


 支えを失ったデイジーの身体が、そのまま前へ転がり込む。


 ドサッ!


「いたたた……」


 床に手をついたデイジーが顔を上げる。



 そして――固まった。


「…………」


 そのカーテンの向こうには、仕立屋の特別客が商談や打ち合わせに使う小さな応接室が設けられていた。



 目の前にいたのは、ドレス姿の婦人でも、仕立屋の店員でもなかった。重々しい空気を漂わせた二人の男だった。


 一人は、社交界で黒い噂の絶えないヘラルド子爵。

 もう一人は、顔の半分をフードで隠した、赤い目の見知らぬ男。


 二人は、まるで時間が止まったかのようにデイジーを見つめている。



「「…………」」


 デイジーもまた、二人を見つめ返した。



「あ!……あの」


 沈黙に耐えきれず、デイジーが口を開く。



「試着室……間違えました?」


「そういう問題ではない!」


 ヘラルド子爵が怒鳴った。



「ひっ!」


 デイジーは飛び上がった。



 その拍子に後ろへ手をつき――。


 ドンッ!



「わっ!」


 すぐ横にあった小さな机に当たった。



 ガタンッ!


 机の上に置かれていた書類の束が大きく揺れ、何枚かが床へ滑り落ちた。



「しまった!」


 フードの男が慌てて手を伸ばした。



 だが――。デイジーがさらに足を滑らせた。



「きゃっ!」


 ドンッ!


 今度は腰が机に激突した。



 ガシャーンッ!!


 机の上に置かれていた小瓶が床へ落ち、粉々に砕け散った。



「なっ……!」


 黒い液体が床に広がる。



 フードの男の顔色が変わった。


「馬鹿な……!」



 その小瓶から漂う、鼻を刺すような異臭。


「毒薬だ……!」


「ど、毒!?」


 デイジーの顔から血の気が引いた。


「ご、ごめんなさい! 私、わざとじゃ……!」



「この女を始末する!」


 フードの男が懐から短剣を抜いた。



「ひぃぃぃっ!?」


 デイジーは悲鳴を上げ、その場から逃げようとする。



 しかし――。


 ドレスの裾を踏んだ。


「きゃっ!」


 ドサッ! また転んだ。



 その身体が床に散らばった書類を巻き込み――。


 バサバサバサッ! 

 大量の紙が宙へ舞い上がった。



「しまった!」


 ヘラルド子爵が叫ぶ。


 

「何事ですか!?」


 異変に気付いた店員たちが駆け寄ってくる。

 書類は、開いた扉から店内の廊下へ散乱していった。


「誰か! 警備兵を呼んで!」


「デイジー様!」


 廊下で待機していたロメオ家の護衛二人が、異変を察して駆け込んできた。

 その間にも、床には書類が散らばっていた。



「……これは?」


 一枚を拾い上げた店員が眉をひそめる。


「『第二次脅迫文書 対象は財務官――』?」


 別の紙を拾った店員も顔を強張らせる。


「こちらには、王宮の官僚の名前と……弱みまで書かれています!」



「何ですって!?」


 店内が騒然となった。



「返せ!」


 ヘラルド子爵が書類を奪おうとする。



 だが、その瞬間――。


「そこまでだ!」


 店の入口から、王都警備隊の声が響いた。店員が呼んだ警備兵が到着したのだ。


「王都警備隊だ! 全員、その場を動くな!」


「くっ……!」


 ヘラルド子爵が後ずさる。



 フードの男は周囲を見回した。


 そして――。


「ヘラルド子爵、失礼する」


「なっ!?」


 フードの男はヘラルド子爵を置き去りにすると、近くの窓を蹴り開けた。


「待て!」


 警備兵が追う。


 だが、男はそのまま窓から外へ飛び出し、人混みの中へと姿を消してしまった。



「くそっ……!」


 残されたヘラルド子爵は、警備兵に取り押さえられた。


「放せ! 私は子爵だぞ!」


「王宮官僚への脅迫文書と、毒薬の所持を確認している。話は詰所で聞かせてもらう」


「クソッ……!」


 こうして、ヘラルド子爵は連行されていった。



「うぅ……マリー……」


 騒ぎが収まった後。デイジーはソファに座り、半泣きになっていた。


「私……ただ、ドレスを着替えようとしただけなのに……」


「はい……」


 マリーも何とも言えない顔をしている。



(なんで……?)


 デイジーは頭を抱えた。


(私、転んでカーテンを引っ張っただけよね?)


 それなのに――。


 『国家を揺るがしかねない脅迫文書』。『禁制の毒薬』。そして、『謎の刺客』。


(なんで私が、貴族の闇取引を暴いてるのよーーーっ!?)



 数時間後。王宮、ライアンの執務室。


「……なるほど」


 ライアンは、ルイスから提出された報告書に目を通していた。


「ヘラルド子爵の逮捕後、すぐに屋敷の捜索も行わせたのだね?」


「はい」


 ルイスが深く頷く。


「屋敷から押収した書類を、先ほどの仕立屋で押収された脅迫文書と照合したところ、ヘラルド子爵が複数の王宮官僚を脅迫し、その見返りとして王宮内部の情報を集めていたことが判明しました」


「王宮内部の情報?」


「はい。特に重要なのが、警備隊の配置と交代時間に関する記録です」


 ライアンの目が細くなる。


「……建国記念舞踏会を狙っているのか」


「その可能性が高いかと」


 ルイスは続けた。


「さらに、ヘラルド子爵の執務室から、ローゼンベルク公爵家の紋章が入った封蝋付きの書簡も発見されました」


「……そうか」


「内容から判断して、ヘラルド子爵はローゼンベルク公爵派から毒薬と資金の提供を受け、その見返りとして王宮内部の情報を集めていたものと思われます」


 ライアンは書簡を手に取ると、しばらく無言で眺める。


「これで、ローゼンベルク公爵派が建国記念舞踏会を利用して何かを仕掛けようとしていることは、ほぼ間違いないだろう」


「はい」


「ただし、まだ公爵本人の直接関与までは証明できない」


「その通りです」


 ライアンは書簡を机に置いた。


「ならば、慎重に動く必要があるな」


 冷静な声だった。



 だが――。


「……ところで」


 ライアンの表情がわずかに変わった。


「デイジー嬢は?」


「ロメオ伯爵家へ戻られています」


「怪我は?」


「軽い打撲程度とのことです」


「そうか」


 ライアンはほっと息を吐いた。



 そして、数秒後。


「……やはり、足りないな」


「何がでしょう?」


「護衛だ」


 ライアンが立ち上がった。


「今まで私は、ロメオ伯爵家の護衛を増やせば十分だと思っていた。だが、今回の件で考えを改める」


 ルイスが目を見開く。


「まさか……」


「――第七影衛隊を動かす」


「えっ!?」


 ルイスが絶句した。


 第七影衛隊。

 ヴァンサン公爵家が密かに抱える、最精鋭の護衛部隊である。



「ですが、彼らは本来、ライアン様の身辺警護のための戦力です」


「だからこそだ」


 ライアンのアイスブルーの瞳が冷たく光る。


「ローゼンベルク公爵家が動いている。デイジー嬢が偶然とはいえ、その証拠を掴んでしまった以上、彼女が狙われる可能性は十分にある」


「では、ロメオ伯爵家の警備を――」


「それだけでは足りない」


 ライアンは静かに命じた。


「第七影衛隊に、デイジー嬢の護衛を命じろ」


「……承知しました」


 ルイスは一礼した。そして、ふと思い出したように付け加える。



「ちなみに……デイジー様には新たな護衛が付いたことをお知らせいたしますか?」


「いや」


 即答だった。


「彼女に事情を話せば、きっと『私が何とかしなくては』などと考えてしまう」


「……確かに」


「影から守れ」


「御意」


「ただし――」


 ライアンは一瞬だけ真顔になった。


「彼女に怖い思いをさせるな。血を見るようなことも避けろ」


「承知しました」


「それと」


「はい?」


「着替えを覗くな」


「……当然です」


 ルイスは真顔で答えた。


 だが、ライアンはそれでも念を押す。


「絶対にだ」


「はい」


「万が一、そんなことをしたら――」


「分かっております。命がありません」


「……話が早くて助かるよ」


 ライアンは満足そうに頷いた。


 

 その頃。そんな大きな陰謀が自分を中心に動き始めているとは夢にも思わないデイジーは、ロメオ伯爵家の自室で――。


「……もう、しばらく転びたくない」


 ベッドの上で、膝を抱えていた。


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