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第三皇女の約束  作者: トカゲ


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第53章 名前


年配の男が。

部屋を出ていった。

扉が閉まる。

静かになった。

白い天井。

その端に。

知らない少女。

まだ。

いた。

さっき。

もう少しここにいると。

言っていた。

本当に。

いる。

アネクシアは。

少女を見ようとした。

目だけを。

動かす。

少し。

見える範囲が変わった。

少女の顔。

椅子。

窓。

それから。

また。

天井。

少しだけ。

嬉しかった。

できることが。

増えた。

「……目、動かせるんだ」

少女が言った。

気づかれた。

アネクシアは。

一度。

瞬きをした。

少女が。

少し考える。

「今のは、はい?」

違う。

普通の。

瞬き。

だった。

どうしよう。

今のが。

返事なのか。

ただの瞬きなのか。

決めていない。

少女も。

気づいたらしい。

「あ」

少し。

困った顔をした。

それから。

笑った。

「全部、返事に見えちゃうね」

そう。

それ。

アネクシアは。

もう一度。

瞬きをした。

少女が。

笑う。

「今のも?」

知らない。

ただの瞬き。

瞬きくらい。

普通に。

させてほしい。

「……難しいね」

少女は。

少し考えて。

「じゃあ、聞く時だけ」

アネクシアを見る。

「はいなら一回。いいえなら二回。これでいい?」

一回。

少女が。

頷いた。

「よかった」

決まった。

これなら。

少しは。

話せる。

聞きたいことは。

たくさんある。

ここは。

どこ。

あなたは。

誰。

お姉様は。

レティシアお姉様は。

エマは。

お父様は。

みんなは。

サウラは。

何が。

あったの。

でも。

どれも。

一回と。

二回では。

聞けない。

不便。

とても。

不便。

口を。

動かそうとする。

やっぱり。

動かない。

少女が。

こちらを見ている。

何か。

考えているようだった。

「……私のこと、分からないよね」

一回。

分からない。

少女は。

少しだけ。

目を伏せた。

悲しそうに。

見えた。

どうして。

知らない人なのに。

どうして。

そんな顔をするのだろう。

「そっか」

少女が。

顔を上げた。

「じゃあ」

少し。

間を置いて。

「ヴィオラ」

ヴィオラ。

「私の名前」

知らない。

名前。

「ヴィオラ・アークス」

アークス。

それも。

知らない。

覚えている。

名前では。

なかった。

「あなたは?」

聞かれて。

困る。

少女――

ヴィオラも。

すぐに気づいた。

「あ、ごめん」

また。

困った顔。

「聞けないね」

聞けない。

アネクシアは。

一度。

瞬きをした。

今度は。

返事ではない。

ただの。

瞬き。

ヴィオラが。

少し笑った。

「それは、普通の瞬き?」

分かってきた。

一回。

「そっか」

なんだか。

嬉しそうだった。

変な人。

でも。

嫌ではない。

ヴィオラ。

アークス。

知らない人。

知らない名前。

知らない場所。

知らないことばかり。

アネクシアは。

もう一度。

目を動かした。

窓。

椅子。

ヴィオラ。

天井。

少しずつ。

見える。

さっきより。

少しだけ。

この部屋が。

広くなった。

「疲れたら、目を閉じていいからね」

疲れていない。

でも。

目を閉じた。

少しして。

開く。

ヴィオラは。

まだいた。

名前を。

知った。

それだけ。

それだけなのに。

知らない人では。

なくなった気がした。


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