第50章 知らない人
足音が止まった。
すぐ近くに、誰かがいる。
アネクシアには、その姿を見ることができなかった。
顔を動かせない。
視界にあるのは、相変わらず白い天井だけだった。
衣擦れの音がする。
何かを置く音。
そして、また声がした。
「――――」
聞こえる。
やっぱり、聞こえる。
何を言っているのか、まだうまく頭に入ってこない。
けれど、女の人の声だった。
足音が近づく。
視界の端に、人の顔が入った。
知らない人だった。
女の人は、アネクシアを覗き込んでいる。
目が合った。
「…………」
女の人の動きが止まった。
アネクシアも見つめ返す。
誰だろう。
聞こうとした。
「――」
やっぱり声は出なかった。
女の人の目が、大きく開く。
手に持っていた布が落ちた。
「――っ!」
何かを言った。
今度は少し大きな声だった。
けれど、アネクシアがその言葉を理解するより早く、女の人は立ち上がった。
足音が遠ざかる。
扉が開く。
そのまま、廊下を走っていく音がした。
静かになった。
アネクシアは天井を見た。
何だったのだろう。
知らない人だった。
こちらを見て。
驚いて。
どこかへ行ってしまった。
何か悪いことをしただろうか。
考えてみる。
目を開けていただけだ。
たぶん。
もう一度、身体を動かそうとしてみた。
やっぱり動かない。
指も。
声も。
何も変わっていなかった。
アネクシアは、しばらく天井を見つめた。
それから、ふと思い出す。
サウラ。
心の中で呼んだ。
返事はない。
もう一度。
サウラ。
何も聞こえなかった。
いつもなら、何か返ってくる。
どうでもよさそうな返事だったり。
呆れたような返事だったり。
勝手に話し始めることだってある。
けれど、今は何もない。
サウラ?
返事はなかった。
アネクシアは、また天井を見た。
白い。
さっきから、そればかり見ている。
少しくらい違うものが見たい。
そう思っても、顔は動かなかった。
仕方なく、天井を見る。
どれくらい経っただろう。
遠くから足音が聞こえた。
一人ではない。
さっきより多い。
こちらへ近づいてくる。
アネクシアは天井を見たまま、その音を聞いていた。




