第47章 深淵・後編
『私だ』
◇
「…………?」
◇
アネクシアは。
◇
意味が。
分からなかった。
◇
「サウラが?」
◇
『ああ』
◇
「なにが?」
◇
『流れている』
◇
「…………」
◇
胸に。
手を置く。
◇
何も。
感じない。
◇
さっきまでの。
◇
脈動も。
◇
熱も。
◇
ない。
◇
「でも」
◇
「止まったよ?」
◇
『お前はな』
◇
「…………?」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
「アネクシア?」
◇
「サウラが」
◇
少し。
考える。
◇
「自分だって」
◇
「……何が?」
◇
「分かんない」
◇
『私の力だ』
◇
「あ」
◇
「サウラの力だって」
◇
「…………」
◇
セリシアの。
表情が変わる。
◇
「どういうこと?」
◇
『私にも』
◇
短い。
沈黙。
◇
『分からない』
◇
「また?」
◇
『ああ』
◇
「…………」
◇
また。
◇
サウラにも。
◇
分からないことが。
◇
増えている。
◇
どくん。
◇
「――っ」
◇
アネクシアが。
胸を押さえる。
◇
「アネクシア!」
◇
「大丈夫」
◇
「どこが痛いの?」
◇
「違う」
◇
痛くない。
◇
苦しくも。
ない。
◇
ただ。
◇
身体の中を。
◇
何かが。
通った。
◇
自分ではない。
◇
でも。
◇
知らないものでもない。
◇
「……サウラ?」
◇
『いる』
◇
「今の」
◇
『私だ』
◇
「なんで?」
◇
『分からない』
◇
「止められる?」
◇
『やっている』
◇
「止まってないよ?」
◇
『分かっている』
◇
「…………」
◇
少しだけ。
◇
怖くなった。
◇
サウラが。
止めようとしている。
◇
なのに。
◇
止まらない。
◇
それが。
◇
怖かった。
◇
「お姉様」
◇
「ここにいるわ」
◇
すぐに。
◇
返ってくる。
◇
「手」
◇
「ええ」
◇
握る。
◇
強く。
◇
温かい。
◇
「…………」
◇
大丈夫。
◇
お姉様が。
いる。
◇
どくん。
◇
今度は。
◇
床が。
沈んだ。
◇
「――!」
◇
石床に。
◇
亀裂。
◇
一本。
◇
二本。
◇
走る。
◇
「アネクシア!」
◇
セリシアが。
◇
妹を。
抱き寄せる。
◇
白い光。
◇
すぐに。
広がる。
◇
封印。
◇
残した術式を。
◇
確かめる。
◇
「…………」
◇
壊れていない。
◇
術式は。
残っている。
◇
正しく。
◇
アネクシアの魔力を。
抑えている。
◇
「なら……」
◇
なぜ。
◇
床が。
割れた。
◇
『言っただろう』
◇
サウラの声。
◇
『それは』
◇
『私を封じていない』
◇
「お姉様」
◇
「サウラが」
◇
アネクシアが。
息を呑む。
◇
「封印されてないって」
◇
「…………!」
◇
セリシアが。
理解する。
◇
当然だった。
◇
あの術は。
◇
アネクシアを。
守るために。
◇
アネクシアの魔力を。
封じたもの。
◇
その中にいる。
◇
別の存在まで。
封じるためのものではない。
◇
「なら」
◇
セリシアが。
手を伸ばす。
◇
「あなたも――」
◇
『やめろ』
◇
「え?」
◇
アネクシアが。
止める。
◇
「サウラが、やめろって」
◇
「どうして?」
◇
『お前では足りない』
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
言えなかった。
◇
でも。
◇
セリシアには。
分かった。
◇
「そう」
◇
手を。
下ろす。
◇
「分かったわ」
◇
悔しくない。
◇
そんなはずは。
なかった。
◇
それでも。
◇
できないことに。
力を使えば。
◇
守れるものまで。
守れなくなる。
◇
なら。
◇
今は。
◇
妹を。
守る。
◇
◇
「全員離れろ!」
◇
レオンハルトの。
声が響く。
◇
王城。
◇
また。
揺れた。
◇
「殿下!」
◇
「城壁から離せ!」
◇
「まだ中に――」
◇
「分かっている!」
◇
振り返る。
◇
王城。
◇
さっきまで。
◇
薄くなっていた。
雲。
◇
その中心が。
◇
また。
黒くなっている。
◇
「…………」
◇
セリシア。
◇
行かなければ。
◇
足が。
前へ出る。
◇
その時。
◇
城から。
◇
紫色の光が。
◇
空へ。
走った。
◇
「――っ!」
◇
衝撃。
◇
レオンハルトが。
腕で顔を覆う。
◇
風。
◇
瓦礫。
◇
悲鳴。
◇
「伏せろ!」
◇
◇
「お姉様!」
◇
窓が。
◇
砕けた。
◇
セリシアが。
アネクシアを。
◇
庇う。
◇
白い障壁。
◇
破片が。
弾かれる。
◇
「怪我は?」
◇
「ない!」
◇
「よかった」
◇
「お姉様は?」
◇
「平気」
◇
「ほんと?」
◇
「ええ」
◇
嘘ではない。
◇
まだ。
◇
立てる。
◇
まだ。
◇
守れる。
◇
「サウラ!」
◇
『いる』
◇
「止めて!」
◇
『やっている』
◇
「もっと!」
◇
『やっている!』
◇
「…………!」
◇
初めて。
◇
サウラの声が。
強くなった。
◇
怒っている。
◇
違う。
◇
焦っている。
◇
「サウラ?」
◇
『おかしい』
◇
「なにが?」
◇
『身体が』
◇
言葉が。
◇
途切れる。
◇
『私を』
◇
どくん。
◇
『拒んでいない』
◇
「…………?」
◇
『だから』
◇
紫色。
◇
アネクシアの。
身体から。
◇
溢れる。
◇
『流れる』
◇
「じゃあ」
◇
アネクシアが。
震える。
◇
「私が止めれば?」
◇
『できない』
◇
「なんで?」
◇
『私の力だからだ』
◇
「じゃあサウラが!」
◇
『止められない』
◇
「…………」
◇
その一言で。
◇
ようやく。
◇
本当に。
怖くなった。
◇
「お姉様」
◇
手を。
◇
探す。
◇
「お姉様」
◇
「ここよ」
◇
握られる。
◇
温かい。
◇
「怖い」
◇
「ええ」
◇
セリシアが。
◇
妹を。
抱きしめる。
◇
「怖いね」
◇
「うん」
◇
「でも」
◇
頭を。
◇
撫でる。
◇
「一人じゃないわ」
◇
「…………うん」
◇
「私がいる」
◇
「うん」
◇
『…………』
◇
「サウラも」
◇
アネクシアが。
◇
少しだけ。
笑う。
◇
「いる」
◇
『いる』
◇
「うん」
◇
三人。
◇
それだけは。
◇
分かった。
◇
◇
次の瞬間。
◇
音が。
◇
消えた。
◇
「…………?」
◇
風も。
◇
瓦礫も。
◇
遠くの。
声も。
◇
何も。
◇
聞こえない。
◇
ただ。
◇
紫色の光だけが。
◇
世界を。
満たしていく。
◇
『アネクシア』
◇
「なに?」
◇
『聞け』
◇
サウラの声。
◇
静かだった。
◇
『もう』
◇
『抑えられない』
◇
「…………」
◇
「どうなるの?」
◇
『分からない』
◇
「また?」
◇
『ああ』
◇
「そっか」
◇
怖い。
◇
それでも。
◇
笑いそうになった。
◇
「サウラでも」
◇
「分からないこと」
◇
「いっぱいあるね」
◇
『…………そうだな』
◇
セリシアが。
アネクシアを。
◇
さらに。
強く抱く。
◇
白い光。
◇
封印術が。
輝く。
◇
壊れていない。
◇
消えていない。
◇
妹を。
◇
守ろうと。
働き続けている。
◇
その外側を。
◇
サウラの力が。
満たしていく。
◇
『…………』
◇
サウラが。
◇
見る。
◇
自分たちの。
外。
◇
見えるもの。
◇
崩れた部屋。
◇
砕けた窓。
◇
紫色の光。
◇
そして。
◇
アネクシアを。
抱いている。
◇
一人の。
人間。
◇
『危険だ』
◇
「なにが?」
◇
『あの女が』
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
◇
顔を上げる。
◇
セリシア。
◇
「お姉様が?」
◇
『このままでは』
◇
その先を。
◇
聞く前に。
◇
世界が。
◇
紫に。
染まった。
◇
「――お姉様!」
◇
手。
◇
握っていた。
◇
確かに。
◇
握っていた。
◇
温かかった。
◇
『離せ』
◇
「嫌!」
◇
『アネクシア』
◇
「嫌!」
◇
「アネクシア!」
◇
セリシアの。
声。
◇
「大丈夫!」
◇
聞こえる。
◇
「私はここにいるから!」
◇
いる。
◇
ちゃんと。
◇
いる。
◇
「お姉様!」
◇
「大丈夫よ!」
◇
『…………』
◇
サウラには。
◇
分かった。
◇
このままなら。
◇
あの人間は。
死ぬ。
◇
そして。
◇
アネクシアは。
◇
泣く。
◇
それは。
◇
知っている。
◇
だから。
◇
考えるより。
◇
先に。
◇
動いた。
◇
「――え?」
◇
手が。
◇
軽くなった。
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
◇
自分の手を。
見る。
◇
何も。
◇
ない。
◇
「お姉様?」
◇
前を見る。
◇
いない。
◇
「…………?」
◇
いた。
◇
今。
◇
ここに。
◇
「お姉様?」
◇
返事が。
◇
ない。
◇
「どこ?」
◇
立ち上がろうとする。
◇
足に。
力が入らない。
◇
「お姉様」
◇
紫色の。
世界。
◇
どこにも。
◇
いない。
◇
「サウラ」
◇
『いる』
◇
「お姉様は?」
◇
『…………』
◇
「ねえ」
◇
『飛ばした』
◇
「…………」
◇
「どこに?」
◇
『分からない』
◇
「…………」
◇
「戻して」
◇
『できない』
◇
「戻してよ」
◇
『アネクシア』
◇
「約束したの」
◇
声が。
震える。
◇
「すぐ戻るって」
◇
「約束したのに」
◇
立とうとする。
◇
できない。
◇
手を。
◇
伸ばす。
◇
誰も。
いない。
◇
「お姉様」
◇
返事は。
ない。
◇
その代わり。
◇
身体の奥で。
◇
白い光が。
残っていた。
◇
セリシアが。
◇
残した。
封印。
◇
消えていない。
◇
まだ。
◇
アネクシアを。
守っている。
◇
「…………」
◇
でも。
◇
お姉様は。
いない。
◇
「サウラ」
◇
『いる』
◇
「どうして」
◇
『死ぬところだった』
◇
「…………」
◇
『だから』
◇
『遠ざけた』
◇
「…………そっか」
◇
言葉だけが。
◇
出た。
◇
理解は。
◇
できなかった。
◇
ただ。
◇
いない。
◇
それだけが。
◇
分かった。
◇
紫色の光が。
◇
少しずつ。
薄れていく。
◇
力が。
◇
抜ける。
◇
「眠い」
◇
『そうか』
◇
「うん」
◇
目を。
◇
開けていられない。
◇
「お姉様」
◇
もう一度。
◇
呼ぶ。
◇
返事は。
◇
なかった。
◇
「…………」
◇
「起きたら」
◇
声が。
◇
小さくなる。
◇
「探さなきゃ」
◇
『ああ』
◇
「一緒に?」
◇
『いる』
◇
「…………うん」
◇
それなら。
◇
少しだけ。
◇
安心した。
◇
瞼を。
◇
閉じる。
◇
最後に。
◇
感じたのは。
◇
自分の中にいる。
サウラと。
◇
身体を包む。
◇
セリシアの。
封印だった。
◇
◇
アネクシアは。
◇
眠った。
◇
次に。
◇
目を開けるまで。
◇
長い。
◇
長い。
◇
時間が。
必要だった。




