第45章 深淵・前編
暗い。
◇
昼なのに。
◇
窓の外は。
夜のようだった。
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
空を見る。
◇
雲。
◇
黒い。
◇
その中心が。
自分だということは。
◇
もう。
分かっていた。
◇
「サウラ」
◇
『いる』
◇
「これ」
◇
胸に。
手を置く。
◇
「どうしたらいい?」
◇
返事は。
すぐには。
来なかった。
◇
「サウラ?」
◇
『考えている』
◇
「分からないの?」
◇
『分からない』
◇
「…………」
◇
少し。
驚いた。
◇
何でも。
分かる人だと。
◇
なんとなく。
思っていた。
◇
「未来は?」
◇
『見えない』
◇
「そっか」
◇
未来が。
見えない。
◇
それが。
どういう意味なのか。
◇
今のアネクシアには。
分からなかった。
◇
「アネクシア」
◇
セリシアが。
両手を握る。
◇
「大丈夫」
◇
「うん」
◇
「私がいるから」
◇
「うん」
◇
頷く。
◇
それだけで。
◇
少し。
安心した。
◇
どくん。
◇
身体の奥で。
また。
◇
何かが。
脈打った。
◇
今度は。
◇
光らなかった。
◇
「…………?」
◇
何も。
起きない。
◇
紫色の光も。
出ない。
◇
床も。
揺れない。
◇
「止まった?」
◇
アネクシアが。
セリシアを見る。
◇
「…………」
◇
セリシアは。
答えなかった。
◇
妹の手を。
握ったまま。
◇
目を閉じている。
◇
「お姉様?」
◇
「静かに」
◇
「うん」
◇
魔力を見る。
◇
セリシアは。
慎重に。
◇
妹の中を。
探る。
◇
さっきまで。
◇
外へ。
溢れていた。
◇
それが。
ない。
◇
「…………」
◇
消えた?
◇
違う。
◇
まだ。
ある。
◇
深い。
◇
あまりにも。
深い。
◇
触れようと。
意識を伸ばす。
◇
その先に。
◇
何かがいる。
◇
サウラ。
◇
おそらく。
◇
でも。
それだけではない。
◇
その周りに。
◇
アネクシアの。
魔力。
◇
静かに。
◇
流れている。
◇
「……流れてる」
◇
「え?」
◇
「あなたの魔力」
◇
「うん」
◇
「さっきより」
◇
セリシアが。
眉を寄せる。
◇
「ずっと綺麗に」
◇
「よかった?」
◇
「…………」
◇
分からない。
◇
だから。
◇
「まだ分からないわ」
◇
「そっか」
◇
妹は。
それ以上。
◇
聞かなかった。
◇
◇
「セリシア!」
◇
声。
◇
廊下から。
◇
セリシアが。
振り返る。
◇
「……レオンハルト?」
◇
足音。
◇
近づく。
◇
そして。
◇
扉が。
開いた。
◇
「無事か!」
◇
「ええ」
◇
レオンハルトが。
部屋へ入る。
◇
顔に。
血。
◇
片目を覆う。
布。
◇
それでも。
◇
足は。
止まらなかった。
◇
「あなた」
◇
セリシアの顔が。
険しくなる。
◇
「休んでいるように言ったでしょう」
◇
「休んでいた」
◇
「どこが」
◇
「城へ来るまでは」
◇
「それは休んでいるとは言わないわ」
◇
「そうか?」
◇
「そうよ」
◇
アネクシアが。
二人を見る。
◇
「…………」
◇
少しだけ。
◇
いつもの。
お姉様に戻った。
◇
そんな気がした。
◇
「アネクシア」
◇
レオンハルトが。
こちらを見る。
◇
「怪我は?」
◇
「ないよ」
◇
「本当か?」
◇
「うん」
◇
そこで。
◇
レオンハルトが。
止まった。
◇
「…………」
◇
瞳。
◇
紫色。
◇
以前とは。
違う。
◇
「どうしたの?」
◇
「いや」
◇
レオンハルトは。
それ以上。
聞かなかった。
◇
「外は?」
◇
セリシアが聞く。
◇
「まだ混乱している」
◇
「魔物は?」
◇
「勢いは落ちた」
◇
「避難は?」
◇
「続けている」
◇
短く。
◇
必要なことだけ。
答える。
◇
「それと」
◇
レオンハルトが。
窓を見る。
◇
「あれは何だ?」
◇
暗雲。
◇
城を中心に。
広がっている。
◇
「……アネクシアよ」
◇
セリシアが。
答えた。
◇
「アネクシア?」
◇
「おそらく」
◇
レオンハルトが。
もう一度。
少女を見る。
◇
小さな身体。
◇
黒を基調に。
銀の混じった髪。
◇
紫色の瞳。
◇
その少女と。
◇
王都を覆う。
空。
◇
「…………」
◇
結びつかない。
◇
だが。
◇
セリシアが。
冗談を言う状況でもない。
◇
「止められるのか?」
◇
「止めるわ」
◇
迷いのない。
答え。
◇
「方法は?」
◇
「探している」
◇
「分かった」
◇
それだけだった。
◇
できるのか。
とは。
◇
聞かなかった。
◇
「俺にできることは?」
◇
セリシアが。
少し考える。
◇
「人を」
◇
窓の外を見る。
◇
「できるだけ城から離して」
◇
「分かった」
◇
レオンハルトが。
すぐに。
踵を返す。
◇
「レオンハルト」
◇
「なんだ?」
◇
「無茶はしないで」
◇
「…………」
◇
少しだけ。
笑った。
◇
「それは」
◇
「お互い様だろう」
◇
「…………」
◇
「行ってくる」
◇
「ええ」
◇
扉が。
閉まる。
◇
アネクシアが。
それを見る。
◇
「お姉様」
◇
「なに?」
◇
「心配?」
◇
「ええ」
◇
「好きだから?」
◇
「…………」
◇
「アネクシア」
◇
「なに?」
◇
「今それを聞く?」
◇
「だめ?」
◇
「…………」
◇
セリシアは。
◇
ほんの少し。
◇
笑った。
◇
「後でね」
◇
「約束?」
◇
「ええ」
◇
妹の手を。
◇
もう一度。
握る。
◇
「約束」
◇
◇
レオンハルトは。
廊下を走る。
◇
「残っている者を外へ!」
◇
「動けない者を優先しろ!」
◇
「西側へ回せ!」
◇
兵士たちが。
動く。
◇
まだ。
◇
できることがある。
◇
なら。
◇
やる。
◇
それだけだった。
◇
◇
部屋では。
◇
セリシアが。
もう一度。
◇
アネクシアの魔力へ。
触れていた。
◇
さっきより。
◇
静か。
◇
流れも。
整っている。
◇
「…………」
◇
なら。
◇
なぜ。
◇
雲は。
消えない。
◇
むしろ。
◇
濃くなっている。
◇
「サウラ」
◇
アネクシアが。
小さく呼ぶ。
◇
『いる』
◇
「お姉様が」
◇
セリシアを見る。
◇
「なんとかしてくれるって」
◇
『そうか』
◇
「うん」
◇
『なら』
◇
サウラは。
◇
それを。
当然のことのように。
◇
『任せればいい』
◇
「うん」
◇
セリシアには。
◇
その会話は。
聞こえない。
◇
ただ。
◇
妹が。
安心したように。
◇
笑ったのだけが。
見えた。
◇
「大丈夫よ」
◇
だから。
◇
セリシアも。
笑った。
◇
「絶対に」
◇
もう一度。
◇
魔力へ。
手を伸ばす。
◇
深く。
◇
深く。
◇
さっきより。
さらに。
◇
奥へ。
◇
「…………?」
◇
そこで。
◇
初めて。
◇
気づいた。
◇
流れが。
綺麗になったのではない。
◇
外へ。
◇
出ていない。
◇
「……そんな」
◇
アネクシアの中へ。
◇
戻っている。
◇
さっきから。
◇
ずっと。
◇
止まることなく。
◇
戻り続けている。
◇
「お姉様?」
◇
セリシアは。
答えない。
◇
静かだった。
◇
あまりにも。
◇
静かだった。
◇
だから。
◇
気づくのが。
遅れた。
◇
抑えられているのではない。
◇
消えたのでもない。
◇
ただ。
◇
溜まっている。
◇
アネクシアという。
◇
小さな器の。
◇
もっとも。
深いところへ。
◇
際限なく。
◇
「アネクシア」
◇
「うん?」
◇
セリシアが。
◇
妹の手を。
◇
強く。
握った。
◇
その奥で。
◇
何かが。
◇
また。
◇
脈打った。




