第44章 暗雲
「……あれはなんだ?」
◇
レオンハルトが。
空を見上げる。
◇
王都の上空。
◇
雲が。
集まっている。
◇
さっきまで。
なかったはずの。
雲。
◇
風に。
流されているのではない。
◇
一つの場所へ。
◇
集まっている。
◇
「…………」
◇
レオンハルトが。
目を細める。
◇
その中心。
◇
王城。
◇
「城の方角か」
◇
胸の奥に。
嫌なものが。
落ちた。
◇
そこには。
◇
「……セリシア」
◇
彼女がいる。
◇
戻ると。
言っていた。
◇
妹のところへ。
◇
なら。
◇
あの雲の下に。
セリシアはいる。
◇
「殿下?」
◇
近くにいた兵士が。
レオンハルトを見る。
◇
「ここを頼む」
◇
「どちらへ?」
◇
「王城だ」
◇
即答だった。
◇
「ですが――」
◇
「確認するだけだ」
◇
そう言って。
◇
レオンハルトは。
歩き出す。
◇
空では。
◇
雲が。
まだ。
◇
王城へ。
集まり続けていた。
◇
「…………」
◇
嫌な予感がする。
◇
それだけで。
◇
向かう理由には。
十分だった。
◇
◇
「アネクシア!」
◇
紫色の光が。
揺れる。
◇
セリシアは。
妹へ伸ばした手を。
止めなかった。
◇
「お姉様」
◇
アネクシアが。
こちらを見る。
◇
紫色の瞳。
◇
その奥に。
◇
いつもの。
妹がいる。
◇
「動かないで」
◇
「うん」
◇
素直に。
頷く。
◇
そのことが。
◇
なぜか。
セリシアには。
怖かった。
◇
「苦しくない?」
◇
「うん」
◇
「痛いところは?」
◇
「ないよ」
◇
「怖くは?」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
少し考える。
◇
「分かんない」
◇
「分からない?」
◇
「怖いはずなんだけど」
◇
胸に。
手を置く。
◇
「怖くない」
◇
「…………」
◇
「変だよね」
◇
困ったように。
笑う。
◇
その笑い方は。
◇
アネクシアだった。
◇
だから。
◇
余計に。
分からない。
◇
「サウラ」
◇
アネクシアが。
何もないところへ。
呼びかける。
◇
「これ、止められる?」
◇
『難しい』
◇
「そっか」
◇
「……なんて?」
◇
「難しいって」
◇
「難しい?」
◇
「うん」
◇
それだけ。
◇
まるで。
今日の夕食が。
少し遅くなるとでも。
言われたように。
◇
アネクシアは。
頷いた。
◇
「アネクシア」
◇
「なに?」
◇
「あなた」
◇
言葉が。
続かなかった。
◇
変わった。
◇
そう。
言ってしまえば。
簡単だった。
◇
でも。
◇
何が。
変わったのか。
◇
分からない。
◇
髪は。
まだ。
黒が多い。
◇
顔も。
声も。
◇
妹のもの。
◇
それなのに。
◇
何かが。
違う。
◇
どくん。
◇
床が。
揺れた。
◇
「――っ」
◇
今度は。
小さくない。
◇
天井から。
砂が落ちる。
◇
セリシアが。
アネクシアを抱き寄せる。
◇
「お姉様?」
◇
「大丈夫」
◇
「うん」
◇
「…………」
◇
また。
◇
素直に。
信じる。
◇
セリシアは。
妹を抱く腕に。
力を込めた。
◇
「サウラ」
◇
アネクシアが。
呼ぶ。
◇
『いる』
◇
「これ」
◇
自分の胸を見る。
◇
「どうなってるの?」
◇
少し。
間があった。
◇
『お前の力が増えたわけではない』
◇
「じゃあ?」
◇
『通る場所が変わった』
◇
「…………?」
◇
『今までのお前は』
◇
サウラが。
言葉を探す。
◇
『自分の中だけで』
◇
『力を巡らせていた』
◇
「うん」
◇
『今は』
◇
その声が。
◇
少しだけ。
遠くなった。
◇
『私がいる』
◇
「…………」
◇
『道が増えた』
◇
「道?」
◇
『ああ』
◇
どくん。
◇
紫色の光が。
また。
強くなる。
◇
『お前の力が』
◇
『今までとは違う流れ方をしている』
◇
「止められない?」
◇
『今は』
◇
短い。
答え。
◇
『難しい』
◇
「そっか」
◇
また。
◇
同じ返事。
◇
「アネクシア」
◇
セリシアが。
妹の頬へ。
手を添える。
◇
「私を見て」
◇
「見てるよ」
◇
「ゆっくり息をして」
◇
「うん」
◇
吸う。
◇
吐く。
◇
吸う。
◇
吐く。
◇
紫色の光が。
少し。
弱くなる。
◇
「そう」
◇
セリシアが。
微笑む。
◇
「上手よ」
◇
「子供じゃないよ」
◇
「子供でしょう?」
◇
「むぅ」
◇
いつもの。
アネクシア。
◇
その瞬間だけ。
◇
セリシアの顔にも。
笑みが戻った。
◇
そして。
◇
どくん。
◇
「――っ!」
◇
光が。
弾けた。
◇
窓が。
震える。
◇
外から。
◇
低い音。
◇
雷ではない。
◇
もっと。
長く。
◇
空そのものが。
唸っているような。
◇
音。
◇
◇
「急げ!」
◇
レオンハルトが。
瓦礫を越える。
◇
王城へ。
◇
近づくほど。
◇
空が。
暗くなる。
◇
まだ。
昼のはずだった。
◇
それなのに。
◇
城の上だけ。
◇
夜が。
降りてきたようだった。
◇
「殿下!」
◇
後ろから。
兵士が追いつく。
◇
「雲が――」
◇
「見えている!」
◇
止まらない。
◇
城門。
◇
崩れた壁。
◇
負傷者。
◇
逃げてくる人々。
◇
「城内に人は!」
◇
「まだ残っています!」
◇
「出せる者から出せ!」
◇
「はい!」
◇
レオンハルトは。
城を見る。
◇
雲の中心。
◇
そこから。
◇
何かが。
広がっている。
◇
目には。
見えない。
◇
それでも。
◇
肌が。
分かる。
◇
「…………」
◇
あの女が。
王都へ来た時とは。
◇
違う。
◇
あれは。
◇
外から。
来た。
◇
これは。
◇
中から。
◇
「セリシア……」
◇
レオンハルトが。
城内へ。
踏み込んだ。
◇
◇
「お姉様」
◇
「なに?」
◇
「外」
◇
アネクシアが。
窓を見る。
◇
暗い。
◇
「夜?」
◇
「違うわ」
◇
セリシアも。
見る。
◇
黒い雲。
◇
王城を。
覆っている。
◇
「…………」
◇
その中心が。
◇
どこなのか。
◇
もう。
考える必要もなかった。
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
黒を基調に。
銀の混じった髪。
◇
紫色の瞳。
◇
その周囲を。
揺れる。
◇
紫色の光。
◇
「アネクシア」
◇
「うん」
◇
「もう一度」
◇
両手で。
妹の手を包む。
◇
「私と一緒に」
◇
「うん」
◇
「ゆっくり」
◇
息を。
吸う。
◇
吐く。
◇
吸う。
◇
吐く。
◇
光が。
◇
一瞬。
◇
弱くなった。
◇
「できてる」
◇
「ほんと?」
◇
「ええ」
◇
セリシアが。
笑う。
◇
「大丈夫」
◇
「うん」
◇
アネクシアも。
笑った。
◇
その時。
◇
『違う』
◇
サウラが。
言った。
◇
「え?」
◇
『弱くなっていない』
◇
「…………」
◇
『内側に』
◇
どくん。
◇
『戻っただけだ』
◇
アネクシアの。
笑顔が。
◇
止まった。
◇
外では。
◇
暗雲が。
◇
王都を。
◇
覆った。




