第42章 受肉・後編
「約束?」
◇
「うん」
◇
アネクシアは。
女を見る。
◇
「あなた」
◇
少し。
考える。
◇
「すごく強いんでしょ」
「ああ」
◇
「どれくらい?」
◇
女は。
考えた。
◇
「分からない」
「…………」
「比較したことがない」
「そっか」
◇
アネクシアは。
妙に。
納得した。
◇
この人なら。
そうなんだろう。
◇
「じゃあ」
◇
聞く。
◇
「この国を壊せる?」
◇
セリシアの表情が。
変わった。
◇
「アネクシア?」
◇
「ああ」
◇
女は。
簡単に答えた。
◇
「世界は?」
◇
「アネクシア」
◇
「できる?」
◇
女は。
少しだけ。
考えた。
◇
「時間はかかる」
◇
できる。
◇
そういう意味だった。
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
目を閉じる。
◇
やっぱり。
◇
怖い。
◇
でも。
◇
だから。
◇
「じゃあ」
◇
目を開ける。
◇
「私の大切な人がいる間は」
◇
セリシアを見る。
◇
床に横たわる。
レティシアを見る。
◇
エマを見る。
◇
そして。
◇
遠く。
◇
この城の。
向こうにいる。
◇
人たちを。
◇
思う。
◇
「この世界を壊さないで」
◇
「…………」
◇
女は。
アネクシアを見る。
◇
「なぜ」
◇
「嫌だから」
◇
「…………」
◇
「私」
◇
アネクシアが。
自分の胸に。
手を置く。
◇
「ここで生きてるから」
◇
前の世界では。
◇
急に。
終わった。
◇
まだ。
終わっていないと。
思った。
◇
そして。
◇
ここで。
◇
もう一度。
始まった。
◇
「お姉様がいる」
◇
セリシアを見る。
◇
「お父様もいる」
◇
声が。
少しだけ。
震える。
◇
「レティシアお姉様も」
◇
動かない姉を見る。
◇
「エマも」
◇
動かない侍女を見る。
◇
「みんな」
◇
言葉が。
止まる。
◇
もう。
◇
いない人も。
いる。
◇
それでも。
◇
大切だったことは。
◇
消えない。
◇
「だから」
◇
女を見る。
◇
「私が大切だと思う人がいる間は」
◇
「壊すな?」
「うん」
◇
「それだけか」
◇
「それだけ」
◇
「分かった」
◇
あまりにも。
簡単だった。
◇
「…………え?」
◇
「分かった」
◇
「いいの?」
「ああ」
◇
「もっと」
◇
アネクシアが。
困る。
◇
「なんか聞かないの?」
「何を」
「条件とか」
「今聞いた」
「そうだけど」
◇
女は。
首を傾げる。
◇
「約束なのだろう」
◇
「……うん」
◇
「なら守る」
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
女を見る。
◇
嘘を。
言っているようには。
見えなかった。
◇
そもそも。
◇
この女が。
嘘をつくところを。
想像できなかった。
◇
「でも」
◇
アネクシアが。
続ける。
◇
「いつか」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
「私の大切な人が」
◇
少し。
考える。
◇
「みんな、いなくなったら」
◇
「…………」
◇
「その後は」
◇
アネクシアが。
小さく。
笑った。
◇
「好きにしていいよ」
◇
「アネクシア」
◇
セリシアの声。
◇
「だって」
◇
アネクシアは。
姉を見る。
◇
「その頃には」
◇
当たり前のことを。
言うように。
◇
「私もいないでしょ?」
◇
セリシアが。
何も言えなくなる。
◇
人は。
いつか死ぬ。
◇
アネクシアも。
◇
セリシアも。
◇
そのはずだった。
◇
「分かった」
◇
女が言った。
◇
「約束する」
◇
術式は。
なかった。
◇
光も。
◇
証も。
◇
何も。
なかった。
◇
ただ。
◇
一人の少女が。
頼んで。
◇
一人の女が。
答えた。
◇
それだけだった。
◇
「……よし」
◇
アネクシアが。
息を吐く。
◇
「じゃあ」
◇
少しだけ。
表情が緩む。
◇
「お願い」
「ああ」
◇
女が。
一歩。
近づく。
◇
「あ」
◇
アネクシアが。
声を上げた。
◇
「待って」
◇
女が。
止まる。
◇
「今度は何だ」
◇
「名前」
◇
「…………」
◇
「そういえば」
◇
アネクシアが。
今さら気づいたように。
◇
「あなた、名前なんていうの?」
◇
「名前」
「うん」
◇
女は。
答えた。
◇
「サウラ」
◇
「サウラ」
◇
アネクシアが。
繰り返す。
◇
「そう」
「ああ」
「サウラ」
◇
もう一度。
◇
「覚えた」
◇
サウラは。
少女を見る。
◇
「お前は」
◇
「え?」
「名前」
◇
「あ」
◇
アネクシアが。
少し笑う。
◇
「アネクシア」
◇
「アネクシア」
◇
サウラが。
その名を。
初めて呼ぶ。
◇
「うん」
◇
そこで。
◇
アネクシアは。
少しだけ。
迷った。
◇
「でも」
◇
「?」
◇
「もう一個ある」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
「もう一つ?」
「うん」
◇
アネクシアは。
胸へ手を置く。
◇
ずっと。
◇
誰にも。
言わなかった。
◇
言う必要も。
なかった。
◇
この世界では。
◇
自分は。
アネクシアだった。
◇
それで。
よかった。
◇
でも。
◇
「柊渚」
◇
久しぶりに。
◇
その名前を。
◇
口にした。
◇
「ヒイラギ」
◇
サウラが。
繰り返す。
◇
「ナギサ」
◇
「うん」
◇
「それも、お前の名前か」
◇
「前の私」
◇
アネクシアが。
答える。
◇
「ここに来る前の」
◇
「…………」
◇
「私、一回死んでるの」
◇
セリシアが。
息を止めた。
◇
サウラは。
ただ。
少女を見る。
◇
「そうか」
◇
「驚かないの?」
◇
「珍しい」
◇
サウラは。
少しだけ。
考える。
◇
「だが」
◇
紫色の瞳が。
アネクシアを見る。
◇
「お前はここにいる」
◇
「…………」
◇
「なら」
◇
サウラにとっては。
それで。
十分だった。
◇
「それでいい」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
笑った。
◇
「やっぱり変な人」
◇
「人ではない」
◇
「もうそれいいよ」
◇
「そうか」
◇
サウラが。
再び。
一歩近づく。
◇
「サウラ」
◇
「何だ」
◇
「よろしく」
◇
「…………」
◇
サウラが。
止まった。
◇
「何を」
◇
「こういう時は」
◇
アネクシアが。
手を差し出す。
◇
「よろしくって言うの」
◇
「なぜ」
◇
「これから一緒にいるんでしょ?」
◇
「ああ」
◇
「じゃあ、よろしく」
◇
サウラは。
差し出された手を見る。
◇
誰かに。
◇
こうして。
手を差し出されたことが。
◇
あっただろうか。
◇
「…………」
◇
分からない。
◇
だから。
◇
同じように。
◇
手を出した。
◇
触れる。
◇
小さな手。
◇
温かい。
◇
「よろしく」
◇
少し。
考えて。
◇
「柊渚」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
目を丸くする。
◇
「そっち?」
◇
「駄目か」
◇
「駄目じゃないけど」
◇
少し。
◇
嬉しかった。
◇
「久しぶりに呼ばれた」
◇
「そうか」
◇
「うん」
◇
握った手を。
◇
離さないまま。
◇
サウラが。
アネクシアを見る。
◇
「始める」
◇
「うん」
◇
セリシアが。
妹の肩へ手を置いた。
◇
「アネクシア」
◇
「大丈夫」
◇
「…………」
◇
「お姉様」
◇
アネクシアが。
姉を見る。
◇
「私」
◇
胸に。
手を置く。
◇
「ちゃんと私だから」
◇
「…………うん」
◇
セリシアが。
頷いた。
◇
「絶対よ」
◇
「うん」
◇
サウラの身体が。
◇
少しずつ。
◇
光へ。
変わる。
◇
銀。
◇
紫。
◇
二つの色が。
◇
アネクシアへ。
◇
流れ込む。
◇
「……っ」
◇
身体が。
熱い。
◇
でも。
◇
さっきまでとは。
違う。
◇
暴れていた力が。
◇
少しずつ。
◇
静まっていく。
◇
行き場を失っていた。
膨大な魔力が。
◇
深く。
◇
沈んでいく。
◇
サウラが。
消えていく。
◇
目の前から。
◇
でも。
◇
いなくなるわけではない。
◇
「サウラ?」
◇
『いる』
◇
声。
◇
今度は。
◇
外からではない。
◇
すぐ。
近く。
◇
自分の中。
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
胸に手を当てる。
◇
「ほんとだ」
◇
『ああ』
◇
「近い」
◇
『そうか』
◇
「近すぎない?」
◇
『そばにいる』
◇
「そういう意味じゃないと思う」
◇
『他に何がある』
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
少し考えた。
◇
「まあ、いっか」
◇
『そうか』
◇
「うん」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
黒を基調に。
◇
銀の混じった髪。
◇
紫色の瞳。
◇
変わっている。
◇
髪も。
◇
瞳も。
◇
それでも。
◇
「アネクシア?」
◇
「うん」
◇
妹が。
振り返る。
◇
いつもの。
◇
少し困ったような。
顔。
◇
「私だよ」
◇
セリシアの肩から。
◇
力が抜けた。
◇
「……うん」
◇
妹を。
抱きしめる。
◇
「あなたは」
◇
強く。
◇
「アネクシアよ」
◇
「うん」
◇
その身体の。
◇
ずっと。
深いところで。
◇
もう一人が。
◇
それを。
聞いていた。
◇
約束をした。
◇
名前を知った。
◇
名前を教えた。
◇
そして。
◇
一つの身体に。
◇
二人がいる。
◇
それが。
◇
どれほど長く。
続くのか。
◇
まだ。
◇
二人とも。
◇
知らなかった。




