第41章 受肉・前編
光が。
アネクシアを包んだ。
◇
「始めるわ」
セリシアの手が。
妹の額に触れる。
「……うん」
「少し痛いかもしれない」
「大丈夫」
「無理だったら言って」
「お姉様もね」
「え?」
「無理だったら言って」
「…………」
セリシアは。
少しだけ笑った。
「分かった」
◇
目を閉じる。
◇
感じる。
アネクシアの中。
◇
大きい。
◇
あまりにも。
大きい。
◇
今まで。
何度も。
妹の魔力には触れてきた。
怪我をした時。
熱を出した時。
魔法を教えた時。
◇
知っている。
◇
はずだった。
◇
「…………」
違う。
◇
大きさだけではない。
◇
深い。
◇
どこまで続いているのか。
分からない。
◇
そして。
◇
その奥に。
何かがいる。
◇
セリシアが。
目を開ける。
◇
女は。
まだ。
そこにいた。
◇
何もしていない。
◇
ただ。
アネクシアを見ている。
◇
「…………」
「何だ」
「何もしないで」
「ああ」
「絶対に」
「ああ」
「近づかないで」
「分かった」
「…………」
素直すぎる。
◇
それが。
逆に。
怖い。
◇
だが。
今は。
アネクシア。
◇
セリシアは。
もう一度。
目を閉じた。
◇
閉じる。
◇
溢れ出している魔力を。
少しずつ。
◇
内側へ。
◇
「……っ」
「アネクシア?」
「大丈夫……」
「痛い?」
「ちょっと」
「ごめんね」
「いいよ」
◇
光が。
強くなる。
◇
暴れていた魔力が。
少しずつ。
小さくなる。
◇
「…………」
できる。
◇
セリシアは。
そう思った。
◇
このまま。
◇
ゆっくり。
◇
一つずつ。
◇
閉じていけば。
◇
「お姉様」
「なに?」
「ちょっと楽になった」
◇
セリシアが。
目を開ける。
「ほんと?」
「うん」
「よかった……」
◇
笑った。
◇
本当に。
◇
よかった。
◇
間に合った。
◇
帰ってこられた。
◇
この子を。
助けられる。
◇
そう。
思った。
◇
「あと少し」
「うん」
◇
さらに。
深く。
◇
光を。
沈める。
◇
「…………っ」
◇
セリシアの身体が。
揺れた。
◇
「お姉様?」
「大丈夫」
◇
続ける。
◇
光が。
少し。
弱くなる。
◇
「…………」
◇
もう一度。
◇
強く。
◇
「――っ」
視界が。
揺れた。
◇
「お姉様!」
「大丈夫!」
◇
治癒。
◇
何人。
治した。
◇
結界。
◇
何度。
張った。
◇
王都へ戻る途中。
◇
帰ってきてから。
◇
怪我人を見つけるたび。
手を伸ばした。
◇
魔物が迫るたび。
壁を作った。
◇
逃げる人がいれば。
道を作った。
◇
できたから。
◇
やった。
◇
まだ。
できると思ったから。
◇
やった。
◇
その全部が。
◇
今。
◇
足りない。
◇
「……駄目」
◇
セリシアが。
呟いた。
◇
「お姉様?」
「もう少しなのに……」
◇
閉じられる。
◇
方法は。
間違っていない。
◇
あと少し。
◇
あと。
ほんの少し。
◇
魔力が。
あれば。
◇
「――っ!」
アネクシアが。
身体を折った。
「アネクシア!」
「痛……!」
◇
閉じかけた魔力が。
◇
再び。
◇
溢れた。
◇
「待って!」
セリシアが。
押さえる。
「もう一度!」
◇
光。
◇
弱い。
◇
「お願い……!」
◇
光が。
魔力を包む。
◇
だが。
◇
押し返される。
◇
「……なんで」
◇
分かっている。
◇
足りない。
◇
それだけ。
◇
「お姉様」
「まだ!」
「もういいよ」
「よくない!」
「でも!」
◇
アネクシアが。
姉の手を握った。
◇
「お姉様が倒れちゃう」
「倒れない!」
「嘘」
「嘘じゃない!」
「手」
◇
「…………」
◇
「震えてる」
◇
セリシアが。
自分の手を見る。
◇
震えていた。
◇
「…………」
◇
「いっぱい助けたんでしょ?」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
「ここに来るまで」
◇
「…………うん」
◇
「じゃあ」
◇
アネクシアが。
苦しそうに。
◇
それでも。
笑った。
◇
「よかった」
◇
「何がよ……」
◇
「お姉様が」
◇
息を。
整える。
◇
「聖女で」
◇
「…………」
◇
「よかった」
◇
セリシアが。
唇を噛んだ。
◇
「でも」
◇
光を。
消さない。
◇
「私は」
◇
妹の額に。
もう一度。
手を置く。
◇
「あなたのお姉ちゃんでもあるの」
◇
「うん」
◇
「だから」
◇
光。
◇
もう一度。
◇
「諦めない」
◇
アネクシアの中で。
魔力が。
膨れ上がる。
◇
黒を基調に。
銀の混じった髪が。
浮かぶ。
◇
紫の瞳が。
光る。
◇
「――っ!」
◇
セリシアの光が。
弾かれた。
◇
「お姉様!」
◇
セリシアの身体が。
床へ倒れる。
◇
「お姉様!」
「……大丈夫」
◇
起き上がろうとする。
◇
腕に。
力が入らない。
◇
「大丈夫じゃない!」
◇
アネクシアが。
姉へ手を伸ばす。
◇
その手から。
◇
紫色の光が。
漏れた。
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
自分の手を見る。
◇
怖い。
◇
自分のものなのに。
◇
自分のものではないような。
◇
力。
◇
「…………」
◇
そして。
◇
女を見る。
◇
ずっと。
◇
そこにいる。
◇
何もしていない。
◇
言われた通り。
◇
一歩も。
近づいていない。
◇
ただ。
◇
見ている。
◇
「ねえ」
◇
女が。
アネクシアを見る。
◇
「何だ」
◇
「あなたなら」
◇
アネクシアが。
自分の胸を押さえる。
◇
「なんとかできるでしょ」
◇
「できる」
◇
即答だった。
◇
「…………」
◇
「…………」
◇
「できるの!?」
◇
セリシアが。
床から顔を上げた。
◇
「ああ」
「だったら最初から言ってよ!」
「お前の封印で足りると思った」
「あなたねぇ!」
「お姉様」
「ごめん!」
◇
セリシアが。
息を整える。
◇
「……どうするの」
◇
女は。
アネクシアを見る。
◇
「私が入る」
◇
「…………」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
首を傾げる。
◇
「どこに?」
◇
「お前に」
◇
「…………」
◇
「…………え?」
◇
セリシアが。
立ち上がろうとした。
◇
「待って」
◇
「何だ」
◇
「待って待って待って」
◇
なんとか。
壁に手をついて。
立つ。
◇
「今、何て言ったの?」
「私が入る」
「どこに」
「少女に」
「駄目!」
◇
即答だった。
◇
「なぜ」
「なぜじゃない!」
◇
セリシアが。
アネクシアの前へ。
もう一度。
立つ。
◇
「この子に何をするつもり?」
「受肉する」
◇
「…………」
◇
「じゅ」
◇
アネクシアが。
聞き慣れない言葉を。
繰り返そうとして。
◇
「受肉?」
「ああ」
「何それ」
「この世界に身体を持つ」
「私の?」
「ああ」
◇
アネクシアが。
自分を見る。
◇
「……一緒に?」
「ああ」
◇
「私、いなくなる?」
◇
「ならない」
◇
女は。
迷わなかった。
◇
「お前はお前だ」
◇
「あなたは?」
「私だ」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
眉を寄せる。
◇
「よく分かんない」
「そうか」
「説明してよ」
◇
女は。
少し考えた。
◇
「一つの身体に」
◇
言葉を探す。
◇
「二人いる」
◇
「…………」
◇
「ずっと?」
◇
「分からない」
◇
「またそれ」
◇
「未来では」
◇
女が。
続ける。
◇
「お前のそばにいる」
◇
「…………」
◇
「なら」
◇
「なら?」
◇
「問題ない」
◇
「問題あるわよ!」
◇
セリシアだった。
◇
「なんで未来にいるからって大丈夫になるの!」
「いるからだ」
「説明になってない!」
◇
アネクシアが。
少しだけ。
笑った。
◇
「お姉様」
「何?」
「この人」
◇
女を見る。
◇
「たぶん、ずっとこんな感じだよ」
◇
「嫌な予感しかしないわ」
◇
女は。
何も言わなかった。
◇
否定する理由が。
なかった。
◇
「それで」
◇
アネクシアが。
聞く。
◇
「あなたが入ったら」
◇
自分の身体。
◇
溢れる魔力。
◇
「これ、止まる?」
◇
「ああ」
◇
「お姉様が」
◇
セリシアを見る。
◇
「もう頑張らなくても?」
◇
「ああ」
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
考えた。
◇
怖い。
◇
知らない。
◇
この女が。
何なのか。
◇
何を考えているのか。
◇
何も。
分からない。
◇
名前すら。
知らない。
◇
でも。
◇
セリシアは。
もう。
限界だった。
◇
外では。
まだ。
誰かが。
逃げている。
◇
そして。
◇
この力が。
また暴れたら。
◇
「…………」
◇
アネクシアは。
女を見る。
◇
「分かった」
◇
「アネクシア!」
◇
「でも」
◇
アネクシアが。
続けた。
◇
「その前に」
◇
女を見る。
◇
「約束して」
◇
「約束?」
◇
女は。
初めて。
◇
その言葉を。
◇
アネクシアに。
返した。




