第38章 帰還
その頃。
王都の外では。
セリシアが。
ようやく。
王都を。
視界に捉えていた。
◇
セリシアは。
馬を止めなかった。
◇
煙。
◇
いくつも。
上がっている。
◇
城壁の一部は。
崩れていた。
◇
遠くからでも。
分かる。
◇
街が。
傷ついている。
◇
「セリシア!」
◇
後ろから。
レオンハルトの声。
◇
「分かってる!」
◇
馬を。
走らせる。
◇
帰る。
◇
帰らなければ。
◇
妹のところへ。
◇
◇
王都へ入る。
◇
知っている街だった。
◇
当然だ。
◇
生まれてから。
ずっと。
◇
ここで。
暮らしてきた。
◇
少し前にも。
◇
三人で。
歩いた。
◇
レティシアと。
◇
アネクシアと。
◇
何を食べるか。
迷った。
◇
店を見た。
◇
笑った。
◇
同じ道だった。
◇
なのに。
◇
「……っ」
◇
建物が。
崩れている。
◇
道には。
瓦礫。
◇
兵士が。
走っている。
◇
「西へ!」
◇
「西門はまだ使える!」
◇
「怪我人を先に!」
◇
動いている。
◇
まだ。
◇
みんな。
動いている。
◇
「聖女様!」
◇
声。
◇
セリシアが。
振り返る。
◇
倒れている人。
◇
血。
◇
「止める!」
◇
馬から。
飛び降りる。
◇
「セリシア!」
「この人だけ!」
◇
手を。
かざす。
◇
光。
◇
傷が。
閉じていく。
◇
「次!」
◇
もう一人。
◇
光。
◇
「セリシア」
◇
レオンハルトが。
呼ぶ。
◇
「分かってる」
◇
まだ。
行かなければ。
◇
でも。
◇
目の前に。
いる。
◇
助けられる。
◇
なら。
◇
「もう一人だけ!」
◇
光。
◇
また。
◇
一つ。
◇
◇
「行け」
◇
レオンハルトが。
言った。
◇
「え?」
「ここは俺が見る」
◇
片目を。
布で覆ったまま。
◇
立っている。
◇
「でも、その目」
「後だ」
◇
「…………」
「君にしかできないことをやれ」
◇
セリシアが。
唇を噛む。
◇
「死なないで」
◇
「約束しただろ」
◇
「…………」
◇
「ちゃんと治してもらう」
◇
レオンハルトが。
笑う。
◇
「だから行け」
◇
「……うん」
◇
セリシアが。
立ち上がる。
◇
「絶対よ!」
「ああ!」
◇
走る。
◇
城へ。
◇
◇
その途中。
◇
「セリシア様!」
◇
聞き慣れた。
声。
◇
「マリア!」
◇
いた。
◇
服は。
汚れている。
◇
頬にも。
煤。
◇
でも。
◇
立っている。
◇
「よかった……!」
◇
思わず。
駆け寄る。
◇
「ご無事で」
◇
「それはこっちの台詞よ!」
◇
マリアの周りには。
怪我人。
◇
侍女。
◇
兵士。
◇
子供もいる。
◇
「王城は?」
◇
「避難を続けています」
◇
「お父様は?」
「まだ城内に」
◇
「アネクシアは?」
◇
マリアが。
ほんの少し。
◇
黙った。
◇
「地下へ避難されたと」
◇
「レティシアは?」
◇
「王城へ戻られたと聞いております」
◇
「…………」
◇
胸が。
ざわつく。
◇
「行く」
◇
「はい」
◇
「マリアも」
◇
「こちらは私どもにお任せください」
◇
「でも」
「セリシア様」
◇
いつもの。
◇
少しだけ。
厳しい声。
◇
「今は」
◇
怪我人を見る。
◇
「それぞれが」
◇
セリシアを見る。
◇
「できることを」
◇
「…………」
◇
セリシアが。
頷く。
◇
「終わったら休んで」
「セリシア様も」
◇
「約束」
◇
マリアが。
少しだけ。
困った顔をする。
◇
「……はい」
◇
「絶対よ」
「はい」
◇
セリシアは。
走った。
◇
振り返らなかった。
◇
マリアなら。
◇
大丈夫。
◇
そう。
◇
思った。
◇
◇
王城。
◇
扉は。
開いていた。
◇
「…………」
◇
静か。
◇
おかしい。
◇
ここは。
◇
いつも。
誰かがいた。
◇
兵士。
◇
侍女。
◇
文官。
◇
誰かが。
歩いていた。
◇
声が。
あった。
◇
今は。
◇
足音だけ。
◇
「アネクシア!」
◇
返事はない。
◇
「レティシア!」
◇
走る。
◇
地下へ。
◇
◇
階段の前。
◇
一人。
◇
兵士が。
倒れていた。
◇
「しっかりして!」
◇
膝をつく。
◇
手を。
かざす。
◇
光。
◇
「……聖女……様」
◇
「喋らないで」
◇
「地下……」
◇
「地下に何があるの?」
◇
「第三……皇女殿下が……」
◇
「アネクシアが?」
◇
兵士が。
息を吸う。
◇
「魔力が……」
◇
苦しそうに。
◇
「あまりにも……」
◇
「分かった」
◇
光を。
強くする。
◇
「もういい。喋らないで」
◇
「……申し訳……」
◇
「謝らないで」
◇
「城を……」
◇
「大丈夫」
◇
セリシアは。
言った。
◇
「まだ終わってない」
◇
兵士の呼吸が。
少しだけ。
落ち着く。
◇
セリシアは。
立ち上がった。
◇
また。
◇
魔力を。
使った。
◇
そんなことは。
◇
考えなかった。
◇
助けられるから。
◇
助けた。
◇
それだけだった。
◇
◇
地下へ。
◇
一段。
◇
また。
一段。
◇
「…………」
◇
分かる。
◇
魔力。
◇
アネクシア。
◇
知っている。
◇
妹の。
魔力。
◇
でも。
◇
違う。
◇
大きすぎる。
◇
深すぎる。
◇
何かが。
重なっている。
◇
「アネクシア……?」
◇
走る。
◇
通路には。
亀裂。
◇
壁が。
崩れている。
◇
天井から。
落ちた瓦礫。
◇
焼けたような。
跡。
◇
何が。
起きた。
◇
分からない。
◇
外からの衝撃か。
◇
魔力か。
◇
その両方か。
◇
ただ。
◇
ここでも。
何かが。
壊れた。
◇
「アネクシア!」
◇
曲がる。
◇
そして。
◇
見つけた。
◇
「…………」
◇
黒色。
◇
長い髪。
◇
紫色の。
瞳。
◇
小さな身体。
◇
座っている。
◇
「……アネクシア?」
◇
少女が。
顔を上げた。
◇
「…………」
◇
「お姉……様?」
◇
声。
◇
間違えない。
◇
アネクシア。
◇
「アネクシア!」
◇
駆け寄ろうとして。
◇
止まる。
◇
見えた。
◇
その。
すぐそば。
◇
「…………え?」
◇
人。
◇
倒れている。
◇
金色の。
髪。
◇
「レティ……シア?」
◇
返事はない。
◇
「レティシア」
◇
近づく。
◇
「レティシア!」
◇
膝をつく。
◇
触れる。
◇
冷たい。
◇
「…………」
◇
手を。
かざす。
◇
光。
◇
「大丈夫」
◇
光。
◇
「大丈夫だから」
◇
傷へ。
◇
光を。
注ぐ。
◇
「治せるから」
◇
光。
◇
「ねえ」
◇
反応が。
ない。
◇
「レティシア」
◇
もっと。
◇
光。
◇
「遊びに行くんでしょう?」
◇
声が。
震える。
◇
「今度は」
◇
光。
◇
「何を食べるか」
◇
光。
◇
「まだ」
◇
光。
◇
「決めてないでしょう?」
◇
「お姉様」
◇
小さな声。
◇
「…………」
◇
セリシアの手が。
止まる。
◇
分かっている。
◇
治癒は。
◇
傷を。
治す。
◇
命を。
◇
戻すものではない。
◇
「…………」
◇
それでも。
◇
もう一度。
◇
光。
◇
「お願い……」
◇
返事は。
◇
なかった。
◇
◇
「……エマは?」
◇
セリシアが。
顔を上げる。
◇
アネクシアが。
何も言わない。
◇
「アネクシア」
◇
視線。
◇
追う。
◇
壁際。
◇
倒れている。
◇
侍女服。
◇
「…………」
◇
「エマ」
◇
立つ。
◇
足が。
うまく。
動かない。
◇
「エマ?」
◇
近づく。
◇
その手が。
◇
アネクシアの方へ。
◇
伸びていた。
◇
「…………」
◇
触れる。
◇
冷たい。
◇
「エマ」
◇
光。
◇
「起きて」
◇
光。
◇
「アネクシアが」
◇
光。
◇
「いるのよ」
◇
光。
◇
「あなた」
◇
声が。
崩れる。
◇
「侍女でしょう……?」
◇
光。
◇
何も。
◇
起きない。
◇
◇
「……お姉様」
◇
アネクシアの声。
◇
セリシアが。
振り返る。
◇
「ごめんなさい」
◇
「何が?」
◇
「分かんない」
◇
「…………」
◇
「急に」
◇
アネクシアが。
自分の胸を。
押さえる。
◇
「また」
◇
震える。
◇
「力が出て」
◇
「…………」
◇
「止めようとしたの」
◇
黒を基調に。
銀の混じった髪が。
揺れる。
◇
「でも」
◇
エマを見る。
◇
「エマが」
◇
唇を。
噛む。
◇
「手を離さなくて」
◇
「…………」
◇
「レティシアお姉様も来て」
◇
倒れている。
姉を見る。
◇
「大丈夫って」
◇
声が。
小さくなる。
◇
「私だって」
◇
「…………」
◇
「アネクシアだって」
◇
涙。
◇
「言ってくれて」
◇
「それから?」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
首を振る。
◇
「分かんない」
◇
「…………」
◇
「すごい音がして」
◇
「…………」
◇
「怖くて」
◇
「…………」
◇
「気づいたら」
◇
それ以上。
◇
言えなかった。
◇
「私のせい?」
◇
セリシアが。
妹を見る。
◇
答えが。
出てこない。
◇
違う。
◇
そう。
言いたかった。
◇
でも。
◇
何が起きたのか。
◇
セリシアにも。
分からない。
◇
だから。
◇
「分からない」
◇
アネクシアの。
顔が。
歪む。
◇
「でも」
◇
セリシアが。
立つ。
◇
「今」
◇
一歩。
◇
妹へ。
◇
「決めなくていい」
◇
「…………」
◇
「分からないことを」
◇
もう一歩。
◇
「今」
◇
アネクシアの前へ。
◇
「全部、自分のせいにしなくていい」
◇
「でも……」
◇
その時。
◇
アネクシアの身体から。
◇
紫色の光が。
◇
溢れた。
◇
「――っ!」
◇
空気が。
震える。
◇
床。
◇
壁。
◇
天井。
◇
全部が。
軋む。
◇
「来ないで!」
◇
アネクシアが。
叫ぶ。
◇
「お姉様!」
◇
魔力。
◇
熱。
◇
圧力。
◇
セリシアの髪が。
揺れる。
◇
「来ないで!」
◇
「嫌」
◇
一歩。
◇
「危ない!」
◇
「嫌よ」
◇
もう一歩。
◇
「私」
◇
アネクシアが。
震える。
◇
「変なの!」
◇
「うん」
◇
「目が!」
◇
「綺麗よ」
◇
「力も!」
◇
「それは」
◇
セリシアが。
少しだけ。
困る。
◇
「ちょっと困るわね」
◇
「…………」
◇
アネクシアが。
目を見開く。
◇
「だから」
◇
セリシアは。
◇
魔力の中へ。
◇
踏み込んだ。
◇
「一緒に考える」
◇
「…………」
◇
「どうすればいいか」
◇
手を。
伸ばす。
◇
「分からないなら」
◇
妹の身体を。
◇
抱きしめた。
◇
「一緒に考えればいい」
◇
「お姉……様」
◇
「私は」
◇
強く。
◇
抱く。
◇
「あなたが何になったのか」
◇
黒の中に。
◇
銀の混じった髪を。
◇
撫でる。
◇
「まだ分からない」
◇
「…………」
◇
「何が起きたのかも」
◇
「…………」
◇
「どうすれば元に戻せるのかも」
◇
「…………」
◇
「分からない」
◇
それでも。
◇
「でも」
◇
これは。
◇
分かる。
◇
「あなたは」
◇
妹を見る。
◇
「アネクシアよ」
◇
「…………」
◇
「私の」
◇
声が。
震える。
◇
「妹よ」
◇
「…………」
◇
アネクシアの。
瞳から。
◇
一粒。
◇
落ちる。
◇
「お姉様」
◇
「うん」
◇
「お姉様……」
◇
「うん」
◇
それから。
◇
ようやく。
◇
アネクシアは。
◇
泣いた。
◇
セリシアは。
◇
妹を。
抱きしめた。
◇
帰ってきた。
◇
約束どおり。
◇
この国へ。
◇
この城へ。
◇
妹のところへ。
◇
確かに。
◇
帰ってきた。
◇
けれど。
◇
アネクシアの口から。
◇
あの日の続きは。
◇
最後まで。
◇
出てこなかった。




