第25章 みんなの一日
「遅い!」
アネクシアは言った。
「まだ約束の時間より前だぞ」
ユリウスが答えた。
「でも私が先に来てた」
「それは殿下が早かっただけでは?」
クラウスが言う。
「違うよ」
「何が違うんです?」
「私が来た時が始まる時間なの」
「初めて聞きました」
「今決めた」
「横暴だなあ」
テオドールが笑う。
「アネクシア殿下、皇帝向いてるかも」
「そう?」
「褒めるな、テオドール」
「なんで?」
「今のは褒めてないからです」
「クラウス、最近細かくない?」
「以前からです」
そんな話をしているうちに、庭の向こうから二人の少女が歩いてきた。
「アネクシア」
「お待たせ」
「お姉様!」
アネクシアが走る。
「走らないの!」
レティシアが言った。
「庭だからいいの!」
「そういう問題じゃないでしょう」
「セリシアお姉様!」
「はいはい」
セリシアが両腕を広げる。
そのまま飛び込もうとして。
「セリシア様」
後ろからマリアの声。
「分かってるわ」
セリシアは一歩前へ出て、勢いよく飛び込んできたアネクシアを受け止めた。
「もう。朝から元気ね」
「だって今日みんな暇なんでしょ?」
一瞬。
全員が黙った。
「……暇ではないわね」
レティシア。
「私も暇ではないかな」
セリシア。
「私もです」
ユリウス。
「同じく」
クラウス。
「俺は――」
「お前もだ」
「まだ言ってないだろ!」
テオドールの抗議に、アネクシアは首を傾げた。
「じゃあなんでいるの?」
「空けたからよ」
レティシアが答えた。
「何を?」
「時間」
「時間って空けられるの?」
「空けられるわ」
「どうやって?」
「他の日にできることは他の日にする。早くできることは早くする。それでも駄目なものは――」
「諦める?」
「諦めない」
「じゃあどうするの?」
「頑張るのよ」
「レティシアお姉様、それ説明になってないよ」
「あなたも大きくなれば分かるわ」
「それずるいやつ」
「覚えたわね」
セリシアが笑う。
「でも今日はいいでしょう?」
「うん!」
アネクシアは辺りを見回した。
「お父様は?」
「陛下は少し遅れるそうです」
エマが答える。
「仕事?」
「はい」
「来る?」
「必ず、と」
「そっか」
なら大丈夫だ。
「じゃあ先に始めよ!」
「何を?」
セリシアが尋ねる。
「遊ぶ!」
「それは知ってるわ」
「何して?」
「いっぱい!」
「だから何を――」
「まず走る!」
「走るの?」
レティシアの顔が引きつった。
「うん!」
「私、この服なんだけど」
「着替えればいいじゃん」
「今から?」
「うん」
「……本気?」
「レティシア」
セリシアが肩に手を置いた。
「諦めましょう」
「さっき諦めないって話したばかりなんだけど」
◇
「なんで私まで!」
「全員だから!」
「私は侍女よ!」
「全員!」
エマが走っている。
アネクシアはその後ろを追っている。
さらに後ろからテオドール。
「エマさん速くない!?」
「侍女でございますので!」
「それ絶対関係ない!」
庭の反対側ではクラウスが立っていた。
「クラウス!」
「何です?」
「逃げて!」
「なぜ私が――」
「捕まえた!」
「殿下」
「クラウス遅い!」
「ルールを説明してください」
「捕まったら負け!」
「それを最初に言ってください!」
今度はクラウスが追う側になる。
「ちょっと待って!」
「待ちません」
「クラウス本気じゃん!」
「やる以上は真面目にやります」
「大人げない!」
「私はまだ大人ではありません!」
「確かに!」
アネクシアが笑いながら逃げる。
その先にユリウスがいた。
「ユリウス助けて!」
「断ります」
「なんで!?」
「私も逃げているので」
「兄上!」
「クラウス。勝負に私情を持ち込むな」
「持ち込んでいません!」
少し離れた場所では、セリシアが笑っていた。
「楽しそうね」
「セリシアお姉様も!」
「私は見てる」
「全員!」
「え?」
「全員でやるの!」
「私も?」
「うん!」
「……聖女なのよ?」
「今日はお姉様でしょ?」
セリシアが止まった。
「……そうね」
靴を確認する。
裾を少し持ち上げる。
「じゃあ逃げようかしら」
「セリシア」
レティシアが呆れた顔をする。
「あなたまで?」
「今日くらいいいじゃない」
「私は走らないわよ」
「レティシアお姉様!」
「走らない」
「お姉様!」
「絶対に――」
「捕まえた」
テオドールが肩に触れた。
「……」
「えっと」
「テオドール」
「はい」
「覚えてなさい」
「怖い!」
レティシアが走り出した。
「お姉様速い!」
「待ちなさいテオドール!」
「なんで俺だけ!?」
「捕まえたからよ!」
「そういう遊びだろ!?」
庭に笑い声が響いた。
◇
「何をしている」
その声で、全員が止まった。
「お父様!」
アネクシアが手を振る。
父が庭の入口に立っていた。
その後ろには護衛が二人。
父は庭を見る。
髪を乱したレティシア。
息を切らしているクラウス。
芝の上に座り込んだテオドール。
珍しく頬を赤くしているユリウス。
楽しそうなセリシア。
そして。
なぜか一番平然としているエマ。
「……何をしている」
もう一度聞いた。
「遊んでる!」
「それは見れば分かる」
「お父様も!」
「私も?」
「うん!」
「私は今来たばかりだが」
「だから今から!」
「陛下」
ユリウスが息を整えながら言う。
「お気をつけください」
「何にだ」
「殿下はルールを始めてから説明されます」
「ユリウス!」
「事実でしょう」
「お父様なら大丈夫!」
「何が大丈夫なんだ」
「皇帝だから!」
「皇帝を何だと思っている」
父がため息をつく。
「それで、私は何をすればいい」
「逃げて!」
「誰から」
「クラウス!」
「なぜ私なんです!?」
「今クラウスが鬼だから!」
「陛下を追いかけろと?」
「うん!」
クラウスの顔が固まった。
テオドールが腹を抱えて笑う。
「クラウス、頑張れ」
「笑ってないで代われ!」
「俺もう捕まったから」
「関係ない!」
「クラウス」
父が言った。
「はい」
「遊びなんだろう?」
「……はい」
「なら来い」
「陛下!?」
父が走った。
「お父様速い!」
「陛下!?」
「クラウス追って!」
「本当にやるんですか!?」
「クラウス遅い!」
「殿下まで!」
また笑い声が上がった。
◇
昼には全員が疲れていた。
「もう走らない」
レティシアが宣言した。
「えー」
「絶対に走らない」
「じゃあ次は盤上遊戯」
「それならいいわ」
「お菓子も!」
「それも賛成」
庭に大きな机が用意された。
菓子。
果物。
お茶。
その中央に盤上遊戯。
「人数多くない?」
テオドールが言う。
「組めばいいの」
「どうやって?」
「私とお父様」
「待て」
「セリシアお姉様とレティシアお姉様」
「ちょっと待ちなさい」
「三兄弟」
「俺たちだけ三人?」
「エマとマリア」
「私どもも参加するのでございますか?」
「全員!」
アネクシアは胸を張った。
「今日は全員で遊ぶ日だから!」
「そういう日だったのね」
セリシアが笑う。
「今知ったの?」
「今知ったわ」
「言ったよ?」
「遊ぶとは聞いたけど」
「同じじゃん」
「違うと思うわ」
「同じだよ」
「そう?」
「そう!」
「では同じということで」
「セリシアは甘やかしすぎよ」
レティシアが言う。
「今日くらいいいでしょう?」
「あなた最近そればっかりね」
「便利なのよ」
盤上遊戯が始まった。
◇
「お父様、そこ違う!」
「分かっている」
「分かってない!」
「考えているんだ」
「遅い!」
「アネクシア」
「なに?」
「少し黙っていろ」
「なんで!?」
隣ではセリシアとレティシアが揉めていた。
「こっちでしょう?」
「違うわ。先にこちら」
「でもアネクシアなら絶対そこに置くわよ」
「アネクシアを基準に考えないで」
「なんで?」
「本人まで入ってこないで!」
向かい側では。
「クラウス、そこ」
「分かっています」
「いや絶対こっち」
「テオドールは黙っていろ」
「兄上は?」
「私はクラウスに任せる」
「ずるくない?」
「お前が余計なことを言うからだ」
「俺だけ仲間外れじゃん!」
さらにその横。
「エマ」
「はい」
「そこへ置いてよろしいのでしょうか?」
「問題ございません」
「でもユリウス様がこちらを見ておりますよ」
「見せておけばよろしいのです」
「怖いですね」
「マリア様ほどでは」
「あら」
二人が微笑み合う。
「侍女組が一番怖くない?」
テオドールが呟いた。
「今気づいたの?」
アネクシアが答えた。
◇
結局、誰が一番強かったのかは分からなかった。
途中で組み合わせが変わった。
アネクシアが勝手にルールを追加した。
テオドールが抗議した。
クラウスがルールを文章にしようとして止められた。
父が一度だけ本気になった。
レティシアも本気になった。
セリシアは途中から勝敗よりお菓子を食べていた。
エマとマリアは最後まで妙に強かった。
「楽しかった!」
夕方。
アネクシアは満足していた。
「疲れたわ」
レティシアが答える。
「またやろうね」
「……少し間を空けて」
「なんで?」
「体力が戻るまでよ」
「レティシアお姉様弱い」
「あなたが元気すぎるの!」
「セリシアお姉様は?」
「もちろん」
「兄上たちは?」
「私は構いません」
ユリウス。
「予定が合えば」
クラウス。
「俺はいつでも」
テオドール。
「お前は仕事をしろ」
「なんで!?」
「お父様」
アネクシアが父を見る。
「また来る?」
「ああ」
「仕事あっても?」
「時間を作る」
「じゃあ約束ね」
「ああ」
父が頷いた。
アネクシアは笑った。
みんな忙しい。
それは変わらない。
明日になれば、父はまた朝から皇帝の仕事をする。
セリシアは聖女として出かける。
レティシアはヴァレンティス家へ行く。
三兄弟にも、それぞれの仕事がある。
エマもマリアも働く。
でも。
忙しいから、一緒にいられないわけではなかった。
暇になるまで待たなくてもいい。
会いたいなら、そのための時間を作ればいい。
「次は何しようかな」
「もう次の話?」
セリシアが笑った。
「うん」
「せめて明日にしなさい」
「じゃあ明日考える」
「そういう意味じゃないんだけど」
みんなが笑った。
アネクシアも笑う。
今日は、ちゃんと全員で遊べた。
約束した日が来て。
約束した人たちが来て。
やりたかったことを、全部やった。
それだけで十分だった。




