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第三皇女の約束  作者: トカゲ


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第24章 聖女の休み方


「ありません」


「そこをなんとか」


「なりません」


「マリア」


「なりません」


「まだ何も言ってないわ」


「何を仰るか分かっておりますので」


 セリシアは机の上に広げられた予定表を見つめた。


 びっしりと文字が並んでいる。


 東部への治療。


 教会での祈祷。


 王城での報告。


 婚約披露に向けた打ち合わせ。


 衣装の最終確認。


 グランヴェルから来る使者との面会。


 そして、その隙間を埋めるように書き込まれた、小さな予定。


「一日くらい空かない?」


「空きません」


「じゃあ、朝から夕方まで」


「何をなさるおつもりで?」


「アネクシアと遊ぶの」


「では空けましょう」


「空くの!?」


「空けます」


 即答だった。


「さっきまで無理って言ってたじゃない」


「一日のお休みは無理だと申し上げました」


「朝から夕方ならいいの?」


「調整いたします」


「……できるんだ」


「できるようにいたします」


 最近、どこかで聞いたような言い方だった。


「でも、無理しなくていいわよ?」


「どちらが仰っているのでしょう」


「私?」


「無理をなさっている方から無理をするなと言われましても」


「してないわよ」


「昨日のご就寝時刻を申し上げましょうか?」


「……何時だったかしら」


「申し上げましょうか?」


「いい」


「では、一昨日を」


「それもいい」


 マリアが予定表へ目を戻す。


「こちらの教会訪問を前日へ移します」


「でも先方が」


「すでに前日でも構わないと伺っております」


「聞いたの?」


「はい」


「いつ?」


「昨日でございます」


「なんで?」


「こうなると思っておりましたので」


 セリシアは黙った。


「マリアって、たまに怖いわよね」


「光栄でございます」


「褒めてないわ」


「存じております」


 予定表のいくつかが書き直される。


 朝から夕方まで。


 そこに、まとまった空白ができた。


「これで夕方までです」


「本当に?」


「はい」


「アネクシアと遊べる?」


「遊んでくださいませ」


「レティシアも来るって」


「伺っております」


「三人でお茶もしたいの」


「夕方まででしたら」


「クラウスたちも来るのよ」


「存じております」


「お父様も」


「存じております」


「……全部知ってる?」


「侍女でございますので」


「最近それ流行ってるの?」


「何のお話でしょう」


 絶対に知っている。


     ◇


 予定を一つ空けると、別の予定が入ってくる。


 それが最近のセリシアの日常だった。


「北部の村ですか?」


「はい。昨日、魔物が二体確認されたとのことです」


 報告に来た兵士が答える。


「負傷者は?」


「おりません」


「討伐は?」


「今朝、完了しております」


「よかった」


 セリシアは胸を撫で下ろした。


「では、私は行かなくても?」


「現地からも聖女様の派遣要請は出ておりません」


「そう」


 それなら大丈夫。


「ですが――」


 兵士が少し言い淀む。


「何?」


「別件でございます。東街道にて商隊が魔物に襲われ、二名が負傷したとの報告が」


「重傷?」


「一名が腕を負傷しております。命に別状はないとのことですが」


「場所は?」


「王都から馬で半日ほどです」


「なら――」


「セリシア様」


 横から声がした。


 マリアだった。


「何?」


「現地に治癒術師は?」


 兵士へ尋ねる。


「おります。すでに治療を始めております」


「では、緊急ではございませんね」


「はい」


「……でも」


 セリシアは言う。


「私が行った方が早く治せるわ」


「そうでしょう」


「なら行った方が」


「その方は、セリシア様がお越しにならなければ助からないのでしょうか?」


「それは……」


 違う。


 治癒術師がいる。


 命にも別状はない。


「では、お任せしてもよろしいのでは?」


「でも私なら」


「セリシア様」


 マリアは静かに言った。


「聖女様がお一人で、国中の怪我人を治すことはできません」


「……分かってるわ」


「本当に?」


「分かってる」


 少しだけ声が小さくなった。


 マリアが兵士を見る。


「現地には、必要があれば改めてご報告いただくようお伝えください」


「承知いたしました」


「重傷化した場合は、すぐに」


 セリシアが付け加える。


「必ず」


「はい」


 兵士が頭を下げ、部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


「……行かなくてよかったのかしら」


「はい」


「怪我してるのに?」


「治療を受けております」


「でも」


「セリシア様」


「分かってるってば」


 マリアが小さく息を吐いた。


「治せるからといって、すべてを治さなければならないわけではございません」


「難しいわね」


「そうでしょうか」


「だって、治せるのよ?」


「はい」


「私が行けば、痛い時間が短くなるかもしれない」


「そうですね」


「だったら行きたいじゃない」


「ええ」


 マリアは否定しなかった。


「ですから皆、セリシア様を聖女様とお呼びになるのでしょう」


「……何よ、それ」


「褒めております」


「本当に?」


「今回は」


「今回はって何?」


 マリアは答えなかった。


     ◇


 午後。


 グランヴェルから手紙が届いた。


 差出人を見ただけで、誰からか分かった。


「レオンハルト様ですね」


「そうみたい」


「お読みにならないので?」


「読むわよ」


「先ほどから封を眺めていらっしゃいますが」


「今から読むところだったの」


 封を開ける。


 婚約披露についての確認だった。


 到着予定。


 同行する者。


 当日の式次第。


 そんな話が並んでいる。


 その最後に、少しだけ違うことが書いてあった。


『アネクシア殿下は、まだ冬のグランヴェルを楽しみにしておられるでしょうか。三姉妹でお越しになるとの約束も、もちろん覚えています。おすすめの店については、少しずつ調べております』


 セリシアは笑った。


「覚えてる」


「何をです?」


「アネクシアとの約束」


 冬になったらグランヴェルへ。


 雪を見て、美味しいものを食べる。


 レオンハルトが案内する。


「ずっと楽しみにしてますよ、あの子」


「左様でございますか」


「最近はみんな忙しいって拗ねてるもの」


「拗ねていらっしゃるのですか?」


「少しだけね」


 手紙をもう一度見る。


「レティシアの予定も合わせないとね」


「そうですね」


「三人とも空けられるかしら」


「空けるしかございませんね」


「マリア、最近強くない?」


「以前からでございます」


「そうだった?」


「はい」


 セリシアは笑った。


「でも、その前に三人でどこか出かけたいな」


「グランヴェルへ行かれるより前に?」


「うん。私と、レティシアと、アネクシア」


 マリアは少し考えた。


「よろしいのでは?」


「予定、空く?」


「空けます」


「即答ね」


「必要な予定ですので」


「必要?」


「はい」


「遊ぶだけよ?」


「それが何か?」


 セリシアはマリアを見る。


「……マリアって、たまにすごくいいこと言うわよね」


「たまに、は余計でございます」


「じゃあ今度、三人で一日出かけようかしら」


「どちらへ?」


「それを考えるところから」


「王都でしたら、比較的調整しやすいかと」


「じゃあそうしましょう」


 アネクシアは喜ぶだろう。


 レティシアも――きっと来てくれる。


「三人で出かけるの、久しぶりかも」


「そうですね」


「何しようかな」


 少し楽しくなってきた。


 店を見て。


 お菓子を食べて。


 アネクシアが何か見つけて走り出して。


 レティシアが怒る。


 たぶん、そんな一日になる。


「マリアも来る?」


「もちろんでございます」


「仕事だから?」


「侍女でございますので」


「やっぱりそれ便利よね」


     ◇


 夕方になって、もう一件報告が届いた。


 西部の魔物。


 討伐完了。


 負傷者なし。


 街道は明日の朝から通常通行へ戻す予定。


「よかった」


 セリシアは報告書を閉じた。


「これなら大丈夫ね」


「はい」


 マリアも頷く。


 問題は起きている。


 以前より、少しだけ多い。


 けれど兵士がいる。


 治癒術師がいる。


 役人がいる。


 必要なら自分も行く。


 誰か一人ですべてをやらなくても、国は動いている。


「じゃあ今日は終わり?」


「いいえ」


「え?」


 マリアが別の紙を差し出した。


「婚約披露の招待客について、最終確認がございます」


「明日じゃ駄目?」


「明日は衣装の確認がございます」


「……じゃあ明後日」


「教会へお出かけです」


「その次」


「アネクシア様とのお約束が」


「あ」


 それは駄目だ。


「じゃあ今日やる」


「よろしいので?」


「うん」


 セリシアは紙を受け取った。


「だって、その日は空けたんでしょう?」


「はい」


「なら仕事入れちゃ駄目よ」


 マリアが一瞬だけ目を丸くした。


 それから、微笑む。


「承知いたしました」


 セリシアは招待客の一覧を開いた。


 仕事はまだある。


 明日もある。


 その次の日も。


 婚約披露も近づいている。


 その先にはグランヴェルでの生活がある。


 冬になれば、アネクシアたちを連れて遊びに行くのもいい。


 やりたいことは、たくさんあった。


「マリア」


「はい」


「三人で出かける日も、忘れないでね」


「もちろんでございます」


「約束よ」


「はい」


 セリシアは満足して、仕事へ戻った。


 忙しい日々は、まだしばらく続きそうだった。


 だからこそ。


 楽しみな予定も、その中に入れておけばいい。


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