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第三皇女の約束  作者: トカゲ


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第23章 三人の予定

「兄上」


「なんだ」


「クラウスがさっきから同じ紙を三回読んでる」


「知っている」


「気になるよな?」


「ならない」


「絶対なってるだろ」


「ならない」


 テオドールは机に肘をつき、向かい側に座るクラウスを見た。


 クラウスは何も聞こえていないふりをしている。


 手元には、ヴァレンティス家から戻ってきた書類。


 西街道の通行制限に関する確認書だった。


「なあ、クラウス」


「何だ」


「そこ、そんなに重要なところある?」


「ある」


「どこ?」


「全部だ」


「面白くない答えだなあ」


「面白さを求めて読む書類じゃない」


「じゃあなんで三回も読んでるんだよ」


「確認だ」


「何の?」


 クラウスが顔を上げた。


「テオドール」


「はい」


「暇ならそこの書類を運んでこい」


「話そらした」


「運べ」


「はいはい」


 テオドールが立ち上がる。


 その横で、ユリウスは黙々と別の書類を読んでいた。


「兄上はどう思う?」


「何がだ」


「クラウス」


「いつも通りだろう」


「嘘だろ」


「いつもより静かではあるな」


「兄上」


「なんだ」


「それ絶対分かってるやつじゃん」


「仕事をしろ、テオドール」


「兄弟が冷たい」


「兄弟だから言っている」


 テオドールはぶつぶつ言いながら、部屋の隅に積まれた書類を持ってきた。


 最近、この部屋に置かれる書類の量が増えている。


 クロイツェル家に持ち込まれる相談。


 法務院からの確認。


 皇帝から送られてくる案件。


 ヴァレンティス家から届く意見書。


 どれも、国を揺るがすようなものではない。


 けれど。


「また緊急?」


 テオドールが一番上の紙を見る。


「そう書いてあるな」


 ユリウスが答えた。


「最近多くない?」


「多い」


「前からこんなだった?」


「いや」


 今度はクラウスが答えた。


 テオドールは書類を机へ置く。


「じゃあまずい?」


「今すぐどうこうという話ではない」


 クラウスが紙を一枚取った。


「西街道の警備増強。東部での魔物討伐。商人からの通行制限への異議。どれも対応はされている」


「ならいいじゃん」


「対応されているから、今は問題になっていないだけだ」


「同じじゃない?」


「違う」


 クラウスは即答した。


「問題がないことと、問題に対応できていることは別だ」


「……難しいな」


「お前が考えなさすぎるだけだ」


「考えてるよ」


「何を」


「今日の昼飯」


「仕事をしろ」


 テオドールが笑う。


 ユリウスは書類から目を離さずに言った。


「最近は、“緊急”という言葉のついたものが増えた」


「兄上もそう思う?」


「ああ」


「じゃあやっぱりまずいじゃん」


「だからといって、騒ぐほどでもない」


「どっちなんだよ」


「どちらでもある」


「それ一番困るやつだ」


「そういうものだ」


 ユリウスは一枚、書類をめくった。


「陛下の判断は早い。ヴァレンティスの懸念も理解できる。父上も、法の範囲を外れることは許さないだろう」


「みんな正しい?」


「今のところはな」


「じゃあ解決する?」


「するさ」


 ユリウスは淡々と答えた。


「そのために、こうして仕事をしている」


「それもそうか」


 テオドールは椅子へ戻った。


 クラウスはまた例の書類に視線を落としている。


 テオドールが目を細めた。


「で」


「何だ」


「そこ、何が書いてあるの?」


「さっき説明しただろう」


「書類じゃなくて」


「?」


「その書き込み」


 クラウスの手が止まった。


「ヴァレンティス家で修正されたところ」


「……それがどうした」


「誰が直したの?」


「必要な修正がされた。それだけだ」


「誰が?」


「レティシア殿下だ」


「へえ」


「何だ」


「別に?」


「その顔をやめろ」


「どの顔?」


「今の顔だ」


 テオドールは隣のユリウスを見る。


「兄上」


「巻き込むな」


「クラウスがレティシア殿下の修正をずっと見てる」


「見れば分かる」


「兄上まで!」


「戻ってきた書類は確認するものだ」


「でも三回だぞ?」


 クラウスが深く息を吐いた。


「誤解しているようだが」


「うん」


「これは重要な書類だ」


「うん」


「ヴァレンティス家の見解が反映されている」


「うん」


「だから確認している」


「うん」


「それだけだ」


「そうかあ」


「何だ、その返事は」


「いや、別に」


「テオドール」


「怖い怖い」


 テオドールは笑いながら書類を一枚手に取った。


「でも、ちゃんと直して返してきたんだな」


「当然だ」


「クラウスが細かく書いたところも?」


「……必要な箇所は」


「へえ」


「だから何だ」


「いやあ、よかったね」


「何がだ」


「書類が」


「……ああ」


「書類がな?」


「そう言っている」


 ユリウスが小さく咳払いをした。


「遊ぶなら仕事が終わってからにしろ」


「兄上も絶対面白がってるだろ」


「私は何も言っていない」


「言ってないだけだろ」


 その時、扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 長くクロイツェル家に仕えているハンナが入ってくる。


「三人ともこちらにいらしたのですね」


「どうしたの?」


 テオドールが聞く。


「王城からお手紙が届いております」


「父上宛て?」


「いいえ」


 ハンナは一通の手紙を差し出した。


「皆様へ、でございます」


「俺たち?」


「はい」


 テオドールが受け取る。


 封を見て、すぐに笑った。


「アネクシア殿下だ」


「またか」


 クラウスが言う。


「嫌そうに言うなよ」


「嫌とは言っていない」


「じゃあ嬉しい?」


「開けろ」


「はいはい」


 手紙を開く。


 中には、短い文章。


 皆で盤上遊戯をする日を決めたい。


 父も来る。


 セリシアもレティシアも誘っている。


 三人も絶対来てほしい。


 最後に、大きな字で。


『ひまな日おしえて!』


 テオドールが吹き出した。


「暇な日って」


「殿下らしいな」


 ユリウスもわずかに口元を緩める。


「で?」


 テオドールが二人を見る。


「いつ暇?」


「暇ではない」


 クラウス。


「私もだ」


 ユリウス。


「俺は――」


「お前もだ」


「まだ言ってない!」


 テオドールの抗議に、ユリウスは書類へ視線を戻した。


「でも行くだろ?」


 テオドールが聞く。


「当然だ」


 ユリウスは即答した。


「兄上?」


「何だ」


「即答なんだ」


「以前言っただろう」


 ユリウスは手元の書類を揃える。


「時間が減るなら、作ればいい」


 テオドールが笑った。


「言ってたな」


「なら決まりだ」


「クラウスは?」


「行く」


「早いじゃん」


「何か問題か?」


「いや、別に」


「その言い方をやめろ」


 テオドールは笑いながら、自分の予定表を引っ張り出した。


「じゃあ合わせようぜ」


「今?」


「今やらないと忘れる」


「お前はな」


「兄上だって忙しいだろ」


「それはそうだ」


 三人で予定を並べる。


 ユリウスは父アルベルトに同行する日。


 クラウスは法務院。


 テオドールは外へ出る予定がいくつかある。


「ここは?」


「私は王城だ」


「俺は空いてる」


「私は法務院だ」


「じゃあダメ」


「翌日は?」


「父上と会合だ」


「俺は午前だけ」


「私は――」


 クラウスが予定を確認する。


「ヴァレンティス家との会合」


 テオドールが顔を上げた。


「へえ」


「何だ」


「何も?」


「その顔をやめろと言っている」


 ユリウスが予定表を指す。


「ここならどうだ」


 三人が見る。


「俺はいける」


「私も問題ない」


「……私も」


「じゃあここだな」


 テオドールが丸をつける。


「でも兄上、その日父上の手伝いって書いてあるけど」


「前日に回す」


「できるの?」


「できるようにする」


「クラウスは?」


「午前の仕事を少し早く始めればいい」


「俺は?」


「お前はそのままでいい」


「やった」


「ただし」


「何?」


「翌日の仕事を今日のうちに半分終わらせろ」


「なんで!?」


「時間を空けるとは、仕事がなくなるという意味ではない」


「兄上、厳しくない?」


「当然だ」


 テオドールは机に突っ伏した。


「暇ってどこにあるんだよ……」


「ない」


 クラウスが答える。


「ないの?」


「だから作るんだろう」


「クラウスまで兄上みたいなこと言い始めた」


「事実だ」


 テオドールは顔だけ上げた。


「まあいいや」


 予定表につけた丸を見る。


「これで三人とも行けるな」


「ああ」


「アネクシア殿下、喜ぶかな」


「喜ぶだろう」


 ユリウスが答える。


「陛下も来るんだよな?」


「手紙にはそう書いてある」


「勝てるかな」


「何の心配をしているんだ、お前は」


 クラウスが呆れる。


「いや、皇帝陛下と盤上遊戯だぞ?」


「だからどうした」


「負けても怖いし、勝っても怖くない?」


「普通にやればいい」


「クラウスはそういうところあるよな」


「どういうところだ」


「空気を読まない」


「読む必要のない空気は読まない」


「強いなあ」


 ユリウスが立ち上がった。


「話は終わりだ」


「もう?」


「予定は決まった」


「じゃあ休憩?」


「仕事に戻る」


「ですよね」


 三人はそれぞれの席へ戻る。


 書類はまだ積まれている。


 今日中に終わらせるもの。


 明日でもいいもの。


 自分でなければならないもの。


 誰かに任せられるもの。


 以前より、少しだけ増えた。


 それでも。


 予定表には、小さな丸が一つ増えた。


 三人とも同じ日。


「楽しみだな」


 テオドールが言った。


「何がだ」


 クラウスが聞く。


「みんなで遊ぶの」


「そうだな」


 今度は、ユリウスが答えた。


 テオドールは少し驚いてから笑った。


「兄上も楽しみなんだ」


「悪いか?」


「いや」


 テオドールは自分の書類を開いた。


「じゃあ、さっさと終わらせようぜ」


 三人の机に、また紙をめくる音が戻った。


 忙しくなった。


 それぞれにやることも増えた。


 けれど。


 同じ日に集まるくらいの時間は、まだ作れた。


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