↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三皇女の約束  作者: トカゲ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/101

第21章 お父様の予定

「アネクシア様」


「なに?」


「本日のご予定が決まりました」


 朝食を終えたばかりのアネクシアは、エマの言葉に顔を上げた。


「予定?」


「はい」


「今日、何かあったっけ?」


「ございます」


 エマはいつもの調子で答えた。


「お父上とのご予定が」


「お父様?」


 アネクシアは目を瞬いた。


「今日?」


「本日でございます」


「お仕事は?」


「ございます」


「あるの?」


「ございます」


「じゃあ無理じゃない?」


「無理ではないから予定になっているのでございます」


「……そっか」


 言われてみれば、その通りだった。


「何するの?」


「それは皇帝陛下にお尋ねくださいませ」


「エマは知らないの?」


「存じておりますが」


「じゃあ教えてよ」


「お楽しみというものがなくなります」


「別にいいよ」


「私はよくありません」


「なんで?」


「侍女でございますので」


「それ絶対関係ないよね?」


「そろそろお支度を」


 逃げた。


 最近、エマはこの方法を覚えた気がする。


     ◇


 父が待っていたのは、執務室ではなかった。


 城の南側にある、小さな庭だった。


 庭といっても、普段アネクシアが遊ぶ場所よりずっと狭い。


 木が数本。


 花壇が一つ。


 その中央に、白い丸机と椅子が置かれている。


 父はその一つに座っていた。


「お父様」


「来たか」


「うん」


 アネクシアは父の向かいに座った。


 机にはお茶と、小さな焼き菓子が並んでいる。


「今日はお仕事ないの?」


「ある」


「あるんだ」


「ああ」


「じゃあ大丈夫なの?」


 父はお茶へ伸ばしかけた手を止めた。


「大丈夫にした」


「そんなことできるの?」


「皇帝だからな」


「皇帝って便利だね」


「そうでもない」


 父が苦笑する。


「むしろ不便なことの方が多い」


「じゃあ、どうやって大丈夫にしたの?」


「朝のうちに済ませられるものは済ませた。今日でなくてもいいものは明日に回した。私でなくても判断できるものは、それぞれの担当に任せた」


「それで終わり?」


「終わってはいない」


「ダメじゃん」


「仕事というものは、そう簡単にはなくならん」


 なんだ。


 それでは結局、いつもと同じではないか。


 アネクシアがそう思っていると、父が笑った。


「だが、今日はこの時間を空けた」


「私のため?」


「ああ」


「ほんとに?」


「そのために空けたんだ」


 なんだか少しだけ嬉しくなった。


 アネクシアは焼き菓子を一つ取った。


「じゃあ、今日は何するの?」


「何がしたい?」


「決めてないの?」


「お前の予定だからな」


「お父様の予定じゃないの?」


「私の予定でもある」


「どっち?」


「両方だ」


「そんなのあり?」


「ある」


 皇帝はずるい。


 なんでもありにできる。


「じゃあ、お茶したあと庭歩く」


「ああ」


「そのあと盤上遊戯」


「……あれか」


「知ってる?」


「テオドールが持ち込んだものだろう」


「そう。お父様できる?」


「やったことはない」


「じゃあ私が教えてあげる」


「頼む」


 父に何かを教える。


 それは少し楽しそうだった。


     ◇


 お茶を半分ほど飲んだ頃。


 一人の文官が庭へ入ってきた。


 父がそちらを見る。


「どうした」


「陛下。西街道より報告が届いております」


 アネクシアは焼き菓子を持ったまま、父を見た。


「急ぎか?」


「いえ。ただ、昨日も同地域で魔物が確認されておりますので」


「見せろ」


 文官が差し出した紙を、父が受け取る。


 さっきまでとは少しだけ顔が違った。


 お父様の顔ではなく、皇帝の顔。


 アネクシアは黙って焼き菓子を食べた。


「討伐隊は?」


「すでに現地へ向かっております。街道の通行についても、一部区間のみ迂回を指示しております」


「負傷者は」


「現在のところ報告はございません」


「なら、そのまま進めろ。追加の護衛が必要なら西部の隊から回せ」


「承知いたしました」


「商人への連絡は?」


「担当部署から出しております」


「分かった」


 父は紙を返した。


「続報があれば持ってこい」


「はい」


 文官が去っていく。


 アネクシアはその背中を見送った。


「最近、多いね」


「何がだ?」


「魔物」


「ああ」


 父は否定しなかった。


「少し多いな」


「大丈夫なの?」


「今のところはな」


「今のところ?」


「魔物が出れば討伐する。街道が危険なら迂回させる。怪我人が出れば治療する。それぞれ仕事をする者がいる」


「セリシアお姉様も?」


「ああ。随分と働かせてしまっているが」


「お姉様、最近ずっと忙しいよ」


「知っている」


「レティシアお姉様も」


「そうだな」


「お父様も」


「私は前からだ」


「じゃあ、みんな忙しいじゃん」


「そういうことになるな」


 アネクシアは少し考えた。


「なんで?」


「何がだ?」


「魔物がちょっと増えただけで、なんでみんな忙しくなるの?」


 父が少しだけ目を細めた。


「そうだな」


 すぐには答えなかった。


 どう説明するか考えているようだった。


「例えば、魔物が街道に出る」


「うん」


「兵を増やす」


「うん」


「兵を増やせば金がかかる」


「うん」


「街道を迂回すれば、商人が荷物を運ぶのに時間がかかる」


「うん」


「時間がかかれば、運ぶための金も増える」


「……うん」


「そうすれば、町で売る物の値段にも影響する」


「魔物一匹なのに?」


「一匹なら大したことはない」


「じゃあ大丈夫じゃん」


「一匹ならな」


「あ」


 分かった。


「それが何回もあるから?」


「そうだ」


 最近、報告が増えている。


 セリシアが城にいない日も増えた。


 父の机には、いつも書類が積まれている。


「じゃあ、いっぱい魔物を倒せば終わる?」


「それで終われば簡単なんだがな」


「終わらないの?」


「倒す者にも休みは必要だ。兵を一か所に集めれば、別の場所が手薄になる。使える金にも限りがある」


「面倒だね」


「面倒だ」


 父が笑った。


「国というものは、大抵面倒なんだ」


「じゃあ、お父様が全部決めたら早いんじゃない?」


「早いだろうな」


「じゃあそうすれば?」


「それは駄目だ」


 答えは早かった。


「なんで?」


「私が間違えた時、止める者がいなくなる」


 アネクシアは父を見る。


「お父様も間違えるの?」


「間違える」


「皇帝なのに?」


「皇帝だから間違えない、などということはない」


「ふうん」


 それは当たり前のような気もした。


 でも、少し不思議でもあった。


「だからヴァレンティスがいるの?」


「ああ」


「最近、お父様と喧嘩してる?」


「していない」


「でもレティシアお姉様、よくヴァレンティスのお屋敷に行ってるよ」


「それは必要だからだ」


「意見が違うんでしょ?」


「違うこともある」


「それって喧嘩じゃないの?」


「違う」


 父はお茶を一口飲んだ。


「意見が違うことと、相手が嫌いなことは別だ」


「じゃあ、どっちが正しいの?」


「どちらも正しいこともある」


「そんなの困らない?」


「困る」


 父は即答した。


 アネクシアは笑った。


「困るんだ」


「非常に困る」


「皇帝なのに?」


「皇帝だから困るんだ」


 よく分からない。


 でも、お父様が困っていることだけは分かった。


「それでも決めないといけないの?」


「ああ」


「大変だね」


「そうだな」


「やっぱり皇帝って不便じゃん」


「さっきそう言っただろう」


「あ、そうだった」


 二人で笑った。


     ◇


 その後、二人で庭を歩いた。


 父は途中で二度、仕事の話をされた。


 一度目は明日でいいと言った。


 二度目はその場で短く指示を出した。


 どちらも、すぐに終わった。


 国は動いている。


 魔物は少し増えている。


 仕事も増えている。


 意見が合わないこともある。


 けれど、何かが止まっているわけではなかった。


 兵士は魔物を倒しに行く。


 商人は街道を通る。


 セリシアは怪我人を治す。


 レティシアは勉強している。


 クロイツェルの人たちは法について考える。


 父は皇帝の仕事をする。


 そして今日は、アネクシアと一緒に庭を歩いている。


「ねえ、お父様」


「なんだ」


「国って、ずっと大丈夫なの?」


 父は少し考えた。


「ずっと、か」


「うん」


「何も起きないとは言えない」


「大丈夫じゃないじゃん」


「そうではない」


 父は歩みを止めた。


「何も起きないようにするだけが、国の仕事ではない」


「じゃあ何するの?」


「何か起きた時に、それでも動けるようにしておく」


「今みたいに?」


「ああ」


 魔物が出ても、兵士が向かう。


 怪我人が出ても、治してくれる人がいる。


 道が使えなければ、別の道を使う。


 誰か一人が全部をやるわけではない。


「じゃあ大丈夫?」


「この程度ならな」


「そっか」


 それならいい。


 アネクシアはまた歩き出した。


     ◇


「お父様、弱い」


「初めてだからな」


「さっき皇帝だから何でもできるみたいなこと言ってたのに」


「言っていない」


「言ってたよ」


「時間を作れるとは言った」


「同じじゃない?」


「全く違う」


 盤の上で、父の駒を一つ取る。


「これで三つ」


「……本当に初めてか?」


「何回もやってるもん」


「そうか」


「テオドールはもっと強いよ」


「なら今度教えてもらおう」


「じゃあみんなでやろうよ」


「ああ」


「セリシアお姉様も、レティシアお姉様も」


「ああ」


「ユリウスもクラウスもテオドールも」


「随分多いな」


「エマも」


「エマもか」


「強いよ」


「そうなのか?」


「侍女だから」


「……関係あるのか?」


「ないと思う」


 父が笑った。


 アネクシアも笑った。


「じゃあ次は、みんなでね」


「ああ」


「お父様もちゃんと来てね」


「分かった」


「約束?」


 父は少しだけ考えてから、頷いた。


「約束しよう」


「絶対ね」


「ああ」


 窓の外では、いつもの城が見えていた。


 人が歩いている。


 馬車が門を通っていく。


 遠くから鐘の音が聞こえた。


 今日も国は動いている。


「よし。じゃあ次」


「待て。まだ終わっていないだろう」


「もう私の勝ちだよ」


「最後までやれ」


「お父様、負けず嫌い?」


「途中で投げ出すなと言っている」


「負けず嫌いなんだ」


「アネクシア」


「はいはい」


 アネクシアは笑いながら、次の駒に手を伸ばした。


 父と過ごす時間は、まだ残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。