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第三皇女の約束  作者: トカゲ


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第16章 暇な皇女

「暇」


 アネクシアは、机に頬をつけたまま言った。


「存じております」


 すぐそばで本を整理していたエマが答える。


「まだ何も言ってないよ?」


「おっしゃいました」


「心の中で」


「声に出ておりました」


「……ほんとに?」


「はい」


 アネクシアは少しだけ顔を上げた。


 エマはいつもと変わらない顔で、本を棚へ戻している。


「じゃあ、もう一回言うね」


「必要ございません」


「暇」


「存じております」


 やっぱり暇だった。


 午前の勉強はもう終わっている。


 魔法の練習も今日はない。


 少し前なら、こういう日は誰かのところへ遊びに行けばよかった。


「セリシアお姉ちゃん、今日は?」


「東の村へ向かわれています」


「また?」


「はい。昨日、街道の近くで魔物による被害があったそうです」


 最近、その答えをよく聞く。


 西だったり、東だったり。


 場所は違っても、セリシアが城にいないことは同じだった。


「じゃあ、レティシアお姉ちゃん」


「本日はヴァレンティス家へ」


「昨日も行ってなかった?」


「昨日も行っておられました」


「……一昨日は?」


「午後から行っておられましたね」


 アネクシアは再び机に頬をつけた。


「最近、全然遊べない」


「レティシア様にもご予定がございますから」


「分かってるけど」


 分かっている。


 レティシアは勉強しているのだ。


 税のことや、商人のこと。国の決まりをどう作るのか。


 以前、一緒に授業を受けた時も、アネクシアよりずっと多くのことを知っていた。


「じゃあ、クロイツェル家に行く」


「本日は難しいかと」


「なんで?」


「ユリウス様はアルベルト様に同行。クラウス様は法務院で見学。テオドール様も外出されているそうです」


「テオドールまで?」


「テオドール様まで、でございます」


 最後の砦まで陥落した。


「レオンハルト様は?」


「グランヴェル王国にいらっしゃいます」


「知ってた」


「では、なぜお尋ねに?」


「もしかしたら今日だけ近くにいるかもしれないでしょ」


「残念ながら、国境はそのような仕組みではございません」


「近いのに」


「近くても外国でございます」


 アネクシアは椅子の背もたれに身体を預けた。


 天井を見上げる。


「……みんな忙しいね」


 今度は、エマからすぐに返事が来なかった。


 ほんの少しだけ間を置いてから、


「皆様、それぞれのお役目がございますから」


「エマも?」


「もちろんでございます」


「じゃあ、エマもどっか行っちゃう?」


 エマが手を止めた。


「どこへ行けと?」


「お仕事」


「今しておりますが」


「本を片づけてるだけじゃん」


「アネクシア様のお部屋の整理は、立派な仕事でございます」


「じゃあ、それ終わったら?」


「次のお仕事がございます」


「何?」


「アネクシア様のお相手を」


「それ仕事なの?」


「大変なお仕事でございます」


「ひどい」


「重要なお仕事、と申し上げるべきでした」


「もっとひどくなった気がする」


 エマは何も答えず、最後の一冊を棚へ戻した。


 それから、アネクシアを見る。


「それで、何をなさいますか?」


「みんないないよ?」


「私がおります」


「……エマと二人で?」


「ご不満で?」


 少し考える。


「まあ、いっか」


「光栄でございます」


 まったく光栄そうには見えなかった。


     ◇


 二人で庭へ出た。


 少し風が強かったが、日差しは暖かい。


 以前、三人で城下町へ出た時のような大冒険ではない。


 ただ城の庭を歩くだけだ。


「ねえ、エマ」


「はい」


「みんな、もっと忙しくなるのかな」


「そうでしょうね」


 あっさりと答えられた。


「レティシア様も、セリシア様も。アネクシア様も、いずれは」


「私も?」


「皇女でございますので」


「……嫌だなあ」


「お仕事が?」


「忙しいのが」


 やりたいことはたくさんある。


 まだ読んでいない本もある。


 魔法だって、もっと上手くなりたい。


 グランヴェルにも行ってみたい。


 姉たちと、また城下町へ行きたい。


 クロイツェルの三人とも、まだ遊び足りない。


 時間なら、たくさんあると思っていた。


 なのに最近は、みんなの時間が少しずつ合わなくなっている。


「じゃあ、決めた」


「何をでしょう」


「みんなが暇になったら、また遊ぶ」


「皆様が同時に暇になる日を探すのは、なかなか難しそうですね」


「じゃあ、エマが探して」


「私がですか?」


「侍女でしょ?」


 エマは小さく息を吐いた。


「……承知いたしました」


「ほんと?」


「ええ。皆様のご予定を確認しておきます」


 アネクシアは笑った。


「約束ね」


「また約束を増やされるのですか?」


「ダメ?」


「いいえ」


 エマも、ほんの少しだけ笑った。


「では、覚えておきます」


 それで十分だった。


 今日みんながいないなら、また今度遊べばいい。


 明日が無理なら、その次の日。


 来週が無理なら、その次の週。


 その日はきっと来る。


「じゃあ今日は何する?」


「そうですね」


 エマは少し考え、


「先日の盤上遊戯などはいかがでしょう」


「二人で?」


「二人用の遊び方もございます」


「エマ、できるの?」


「侍女でございますので」


「それ絶対関係ないよね?」


 二人は城へ戻っていった。


 廊下にはいつもの使用人たちがいて、窓の外にはいつもの庭が見える。


 少し静かになっただけで、何も変わってはいない。


 少なくとも、アネクシアにはそう見えていた。


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