第14章 皇帝のお仕事
数日後。
アネクシアはエマと城下町へ出ていた。
「今日は買わないの?」
「見るだけでございます」
「前もそう言って買ったよね」
「アネクシア様が欲しがられたので」
「エマも食べたじゃん」
「味見でございます」
「半分」
「念入りな味見でございました」
市場はいつも通り賑わっていた。
野菜。
果物。
肉。
布。
焼き菓子。
人々の声があちこちから聞こえる。
アネクシアは果物を並べた店の前で止まった。
「高くなってる」
「お気づきになりましたか」
「前に来た時より高いよね?」
「ええ」
店主が苦笑した。
「最近は何でも上がってましてね」
「なんで?」
「そりゃ、運ぶのに金がかかるからですよ」
「運ぶの?」
「街道に出る魔物が増えたでしょう。護衛を増やさなきゃならないし、危ない道は遠回りだ」
隣で品物を見ていた客が口を挟む。
「こっちは食わなきゃならんのに、値段ばっかり上がる」
「陛下にでも言ってくれ」
「偉い人たちでなんとかしてくれりゃいいんだけどねえ」
怒鳴っているわけではない。
誰かを憎んでいるようにも見えない。
ただ、困っている。
それでも人々は品物を選び、金を払い、いつものように市場を歩いていた。
帰り道。
「ねえ、エマ」
「はい」
「お父様が値段を決めてるの?」
「いいえ」
「じゃあ、なんでお父様に言うの?」
エマは少し考えた。
「陛下なら何とかしてくださる、と皆様が思っているからではないでしょうか」
「何でも?」
「何でも、ではございません」
「じゃあ何を?」
「それは陛下にお尋ねになるのがよろしいかと」
「エマ分からない?」
「便利な言葉でございますね、それ」
城へ戻ったアネクシアは、そのまま父の執務室へ向かった。
机には今日も書類が積まれていた。
「お父様」
「どうした?」
「なんで物の値段が高くなってるの?」
父はペンを止めた。
「市場へ行ったのか」
「うん」
「そうか」
「お父様知ってた?」
「もちろんだ」
「なんで?」
「一つではない」
「いっぱい?」
「いっぱいだ」
父は指を折った。
「一部の地域では作物の出来が悪かった。それに、今年は街道沿いに出る魔物が少し多い」
「魔物?」
「ああ。商人は護衛を増やさなければならん。危険な道を避けて、遠回りすることもある」
「遠回りしたら?」
「時間がかかる。馬も人も、その分だけ必要になる」
「だから高くなるの?」
「それも理由の一つだ」
アネクシアは少し考えた。
それから、ふと顔を上げる。
「……だからセリシアお姉ちゃんも忙しいの?」
父が目を細めた。
「よく気づいたな」
「この前は西で、昨日は東だった」
「魔物による怪我人も増えている。討伐隊だけで対処できることばかりではないからな。あの子にも各地を回ってもらっている」
「大変?」
「ああ」
「お父様も?」
「ああ」
「みんな大変だね」
「そうだな」
アネクシアは机の上に積まれた書類を見る。
「じゃあ、お父様が『安くしろ』って言ったら?」
「簡単に安くなるなら、もう言っている」
「そっか」
父は少し笑った。
「値段だけを無理に下げれば、今度は商人が物を運ばなくなるかもしれん」
「売っても損するから?」
「そうだ」
「じゃあどうするの?」
「魔物を減らす。街道を安全にする。必要なら支援もする。それぞれを少しずつだ」
「時間かかる?」
「かかる」
「みんな待ってくれる?」
父は少しだけ黙った。
「待ってもらえるようにするのも、私の仕事だ」
「みんな、お父様ならなんとかしてくれるって思ってたよ」
「それが私の仕事だからな」
「できなかったら?」
「なぜできなかったのかを、皆に説明しなければならん」
「皇帝って大変だね」
「今頃気づいたか」
「うん」
「遅いな」
その日の夕食。
父は少し遅れたが、席には来た。
セリシアも戻っていた。
レティシアもいる。
「今日は全員いるね」
アネクシアが嬉しそうに言う。
「私はいつもいるぞ」
父が言う。
「最近いない」
「仕事だ」
「知ってる」
「なら許してくれ」
「考えとく」
セリシアが笑った。
レティシアも笑う。
食卓には、いつもの声が戻っていた。
国はまだ動いている。
市場には品物が並んでいる。
人々は明日の食事を考えている。
誰も、この国が終わるなどとは思っていない。
ただ、それぞれが。
昨日よりほんの少しだけ多くのものを、抱え始めていた。




