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第三皇女の約束  作者: トカゲ


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第13章 みんな忙しい

「暇」


 窓辺に頬杖をついて、アネクシアは言った。


「本日は午前のお勉強を終えられたばかりですが」


 エマが答える。


「だから暇なの」


「では午後のお勉強を」


「それは暇じゃなくて勉強」


「よくお分かりで」


 アネクシアは椅子の上で身体を伸ばした。


「セリシアお姉ちゃんは?」


「東の村へ向かわれています」


「この前は西じゃなかった?」


「そうですね」


「レティシアお姉ちゃんは?」


「ヴァレンティス家へ」


「また?」


「またでございます」


「お父様は?」


「お仕事です」


「クロイツェルの三人は?」


「本日はご自宅かと」


「レオンハルトは?」


「グランヴェルでございます」


 アネクシアは机に突っ伏した。


「みんな最近、忙しくない?」


「皆様、それぞれお役目がございますので」


「エマは?」


「アネクシア様のお相手でございます」


「暇?」


「大変忙しゅうございます」


「なんで?」


「今まさに」


「ひどい」


 昼食の席も、少し広く感じた。


 父はいない。


 セリシアもいない。


 レティシアもいない。


 大きな食卓に、アネクシアだけが座っている。


 料理はいつもと変わらない。


 給仕もいつもの人たちだ。


 ただ、席が空いている。


 それだけだった。


     ◇


 その頃。


 レティシアはヴァレンティス家の書斎にいた。


 机の上には、税や領地についての資料が並んでいる。


 商人。

 街道。

 物資。

 領地ごとの収入。


 どれも以前から勉強していることだった。


「ここは?」


 教師が指した場所を、レティシアは迷わず答える。


「前年より収入が減っています。ただし、生産量そのものではなく輸送費が増えた影響が大きいと思います」


「その通りです」


 次の資料。


 それも答える。


 また次。


 それも。


「さすがでございます」


「ありがとう」


 レティシアは微笑んだ。


 当然だった。


 ずっと勉強しているのだから。


 休憩に入り、リディアが茶を運んできた。


「お疲れさまでございます」


「ありがとう」


「本日は早いですね」


「いつもと同じよ」


 レティシアは茶を一口飲む。


「アネクシアは何をしているかしら」


「午前はお勉強と伺っております」


「そう」


「お戻りになりますか?」


 レティシアは少し考えた。


「もう少しだけ」


「かしこまりました」


 リディアが下がろうとする。


「ねえ、リディア」


「はい」


「アネクシアって、不思議よね」


「と申しますと?」


「あの子、何も知らないの」


「まだお小さいですから」


「そうね」


 レティシアは笑った。


「でも、知らないから何でも聞くでしょう?」


「はい」


「この前も先生に褒められていたわ。いいところに気づいたって」


「そうでしたか」


「私は答えを知っていたのに」


 言ってから、レティシアは黙った。


 リディアも何も言わない。


「……変なこと言ったわね」


「いいえ」


「アネクシアが褒められるのは嬉しいのよ」


「存じております」


「本当に」


「はい」


 レティシアはカップを見る。


「じゃあ私、何が嫌なのかしら」


 リディアは少し考えた。


「すべてのことに、すぐ答えを出す必要はないのではないでしょうか」


「それ、アネクシアに言ったら怒りそうね」


「殿下は疑問を放置されませんので」


 レティシアが小さく笑った。


「そうね」


 その日の夕方。


「レティシアお姉ちゃん!」


 戻ってきたレティシアを見つけ、アネクシアが廊下を走ってきた。


「走らないの」


「今日暇だった」


「勉強したでしょう?」


「したけど暇だった」


「意味が分からないわ」


「明日は?」


「午前は予定があるわ」


「午後」


 レティシアは少し考える。


「午後なら」


「遊ぼう」


「いいわよ」


「約束」


 差し出された小指を見る。


 レティシアも自分の小指を絡めた。


「約束」


 アネクシアが笑う。


 レティシアも笑った。


 妹が好きだ。


 それは何も変わらない。


 妹も自分を好きでいてくれる。


 それも分かっている。


 だから。


 胸の中にある小さなものは、まだそこに置いておけばいい。


 まだ、それが何なのかを決める必要はなかった。


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