第77話 「疑問符」
──神話の理。
あらゆる存在が概念であり、思念体の世界。
触れるものはそれを感じ、靡くものは調和を愛した。
そこに一人の女神が訪れ、信託を与えん。
──序列を設け、この場に更なる秩序を。
いつしかその言葉は全てに浸透し、指標となっていった。
空の者が支配をし、律する世界に安息が訪れう。
それぞれの思念が響く場所は、まさに楽園だった。
──。
ローレファルスは神話書を読みながら少し考えていた。
「はぁ…」
ふと何を思ったのか、キナコの事について調べようと思っていたにも関わらずこんな一般教養である神話聖書を引っ張り出していた。
溜息をつきながら、指で頁をなぞる。
幼い頃から、何度も聞かされてきた言葉だった。
上位の者が下位の者を導き、強き者が弱き者を律する。
それが、この世界の秩序。
それを疑ったことなど、一度もなかった。
──今までは。
「……」
ふと、とある少女の姿が脳裏を過る。
──Gランク。
けれど、彼女の周囲には誰もが自然と集まっていた。
契約獣も。生徒も。そして、研究対象と線引きしていた自分ですら。
(──…どうでもいいか。まずはキナコだ)
今回禁書庫に来たのは絶滅種を調べる為だ、神話を見る為ではない。
少し歩いた所。本棚の一番奥に差し掛かった時、古めかしい埃の被った以前に存在したであろう動物などを纏めた本を見つけ出した。
「…これか。さて…極小使い魔──」
ポッと指先程の小さい光の玉を召喚する。本を読むにはこの程度の柔らかい明かりで良い。
「…リス…リス…──」
読み進めていくと、どれも今この世に居ては生態系が脅かされるような無茶苦茶な存在が何体も羅列していた。
一度歩けば地震を誘発させるのや、大海を制する超巨大な存在…今ではそういうのは無いが、近しい危険種というのはいるが、それらすらも生易しい文言が記されていた。
「…豊穣の種蓄栗鼠…。森を再生する習性があったが木の実を取り尽くされ絶滅…。これではないな」
「大樹喰の栗鼠…素材の為に乱獲…これも違う…」
1つ、また一つと内容を見ていく。
「…?」
ページをめくっていくと、一つの項目があった。
「 豊樹の精霊栗鼠…?」
「…どんぐり帽子のような愛らしい耳と、茶葉色のふさふさとした尻尾を持つ……」
読み上げながらセリアの横にいたキナコの造形を思い出す。
「…コイツか。絶滅種にいたとは…──」
「──魔力で発芽を促す小さな精霊獣…。警戒心が非常に強いが、森の減少により激減し、開発汚染などで絶滅したと考えられている…と」
深刻化してると言われてきている自然問題もあっての事なら、この文面も納得がいった。
「…およそ200年前までは、神聖なる森で見かけた…と」
200年前、という事はこの学園施設が設計されたくらいの年数ほどという事だ。
「200年…創設…となれば、校長が一番当たるか」
本を閉じ、本棚に戻した後、自身の推測で導かれたユージーン校長の所へと足を踏み出した。
──校長室の扉を叩く。
「ユージーン校長、いらっしゃいますか?」
シーン…と返事は無かった。
「──…はぁ、またどこかに行ったのか…。」
「全く、困ったものじゃな」
「いやぁ、全くで──校長ッ!?」
真横に居たユージーンその人に驚き、軽く肩が跳ねる。
「はっはっはっ、脅かし甲斐があるな、ローレファルス君は」
「はぁ…いつもいつも…」
その様子を見つつ、校長室へと互いに入っていく。
「それで、何用ですか?ローレファルス君」
ユージーンは紅茶を出しながらそう言う。
「はい。1年4組のセリア・レインの契約獣についてです」
ユージーンは「ふむ…?」と言いつつ椅子にゆっくりと腰掛ける。
「彼女がキナコと名付けて可愛がっているリスの事を、絶滅種が乗っている所でこれじゃないかと推測をしたら、丁度この学園創設前と合致していたので」
もらった紅茶を「どうも」と言いつつ、軽く口づけをするように飲んでから本題を出す。
「豊樹の精霊栗鼠。丁度200年前に絶滅認定をされたと記述がありましたが…ユージーン校長は見た事がありますか?」
「──そんな名前だったね。懐かしい」
「…やはりご存じだったのですね」
「名前までは憶えていなかったよ。ただ、見た目はよく似ていたと記憶している程度さ」
まるで彼は昔見た物語をゆっくり思い出すようにそう言う姿がそこにあった。
「…。このキナコ、豊樹の精霊栗鼠はどのような習性を持っているんでしょうか」
「…そうだね。プレゼントをくれる。自分のお気に入りの、ね」
「プレゼント…?」
首を傾げながらもその意味を考える。
「…そういえばリス…キナコからの貰い物を袋に集めてる、と言っていたな」
合点が行ったが、それだけでは説明がつかないのがいくつかあった。
「ですが、プレゼントと言ってもリス…魔力で発芽を促す小さな精霊獣と記述がありましたが、ソレが原因ですか?」
「そこまではわからないよ」
彼は「ただ──」と言いつつ紅茶を一口飲む。
「彼女はそんな大事なプレゼントをくれる程、信頼されているという事だ」
(──それが真実、だと思うのだが、何故だろう。)
その答えだけでは、何かが足りない気がした。
「──でしたら、あのリスの生息地は?」
「それもわからない。なんせ、私が10台前後の頃に数回見た程度だからねぇ」
彼の反応を見るに、キナコは豊樹の精霊栗鼠という名称のようだが、更にそれを考えると一つ懸念点が浮上する。
「彼女はGランクです。そんな彼女がその絶滅したという存在を使役しているとなれば──」
「間違いなく、貴族などに狙われるだろうね」
そう聞くとますます自身が嫌った”国益のための道具として見られていた過去”、そして現代ならではの危険性の現実味が沸き上がって来た。
「──ユージーン校長、我々は生徒の存在の為に奮闘する教師。もし貴族が囲い込もうとしたりした場合は実力行使をしても?」
「穏便にね、ローレファルス君。理解は出来るが、同じことでやったとしても、そこに生まれるのは争いだけだ」
「──ッ…。わかりました」




