第11話 「わからない世界」
「あ、はい。わかりました…?」
ローレファルス先生からの思わぬ呼び出しに疑問を抱きつつも、私は了承した。
講義が終わり、手短にノートや教科書を鞄に片付けていると、ミィさんが歩み寄ってくる。
「…何かあった?」
「はい。後で研究室に来てほしいと言われまして」
「…ふーん」
私が鞄を持ち上げて立ち上がると、丁度ルーテリアさんとルイネさんも合流し、一緒に教室を出た。
「やっぱ怒られるんだ」
「Gだもんな」
「退学だったりして」
すれ違う生徒たちの心無い声が聞こえる。
(そんな事はないのは知ってる。だって、セリアだもん)
ミィさんが小さく呟いたような気がした。
「研究室ってどういう場所ですか?」
「…普通は説教」
「……でも今回は違う。研究者の目だった」
「でしたら、お茶でも持っていきましょうか」
「……現地で淹れればいい」
「ふふっ、それも良いですね」
ミィさんはコクリと頷いた。
私たちは教師専用区画へと向かう。ルーテリアさんによれば、学生は滅多に入れない場所らしい。
「ここ…でしょうか?」
指定された【上級魔法理論研究室】の扉をノックする。
「あのー、セリア・レインです」
「ふむ。入れ」
そっと扉を開け、入って良さそうな空気に任せて3人にも手招きする。
「4人で来たのか。セリア・レインだけに言ったはずだが」
「皆さんも一緒で構わない、という雰囲気でしたので?」
「ほう…。不思議なものだな。その通りだが、何か確信はあったのか?」
「怒っている方の空気ではありませんでしたので」
その言葉に先生はクスクスと笑い、「まぁいい。座れ」と全員を招き入れてくれた。
「失礼します」
私たちはソファに腰を下ろす。
「んじゃ、質問をするが…誰から習った」
「お師匠様ですね?」
「そのお師匠様ってのは?」
「村にいるお師匠様の事ですね?」
先生は眉間に指をあてて少し考える。何か変なことを言ったでしょうか…?
「違う、名前だ」
「えーと…クミホさんですね?」
「クミホ…」
(そんな名前のやつは聞けば絶対にわかる。だが一切、私の知識内に該当する名前がいない…)
「…。魔導師か? 治癒術師か? 精霊術師か?」
「全部違います」
「では何者だ」
「……村のみんなは、お師匠様って呼んでました。またはクミホさんと。それに、基本的に口外しないようにって言われてたので?」
「口外しないように…か」
先生は少し考え込み、これ以上踏み込むのはまずいと判断したのか話題を変えた。
「…まぁいい。今回は丁度いいからルーテリア、火を出せ」
「わかりましたわ。種火」
ルーテリアさんの指先から揺らめく炎が生じる。熱が広がり、空気が僅かに歪んだ。
「…魔力漏れは七%程度か。うん、よく修練されている。次にセリア、火を出してみろ」
「わかりました」
私はいつも通り、両手をそっと合わせる。
何かを包み、迎え入れるように。
静かに息を吐く。
ぽっ。
青い火が、そこに咲いた。
揺れない。
音もない。
熱も外へ漏れない。
まるで炎という形だけを借りた青い雫だった。
「「「「………。」」」」
「熱を感じませんわ……?」
ルイネさんが恐る恐る指を近付ける。
「熱くない……?」
「いや」
ローレファルス先生が静かに首を振った。
「存在はしている。外へ漏れていないだけだ」
先生はハッとしたように3人を見た。
「…ルーテリア、ルイネ、ミィ。お前たちも同じようにしてみるんだ」
「いやいやいや、うちらそんなん出来んて…?!」
「…詠唱しないと」
「流石に無理ですわね…」
私は首を傾げる。なぜ皆できないのでしょうか。
「ふむ…わかった。もう消して良いぞ」
先生は手元のノートにさらさらと今回の現象を書き込んだ。
「セリア、そのクミホ。お師匠様からどんなふうに教わった?」
「えーと…。まず朝一の習慣として、掃除、神棚に柏手を打つ、お茶を飲むってのをしてましたね? 後はお仕事としてお札を書いたり…。畑を耕したりですか」
「…神棚?神殿信仰でもしてたのか?」
「いえ、今日も無事なようにと言いつつ手を合わせてた感じですね?」
(信仰のようなものじゃないのか…)
「それで、札というのは今書けるか?」
「はい。いつもしてたのでできますよ。筆と墨はありますか?」
「鉛筆じゃ無理なのか。まぁわかった、用意しよう」
用意された道具を両手で受け取り、息を整える。
正座した状態から、一筆ずつ文字を入れていく。
(手始めにいつもしている安全祈願からしましょうか)
ゆっくりと模様を描き、中心に『安全祈願』と書き込む。じっと見つめられる中、お札を完成させた。
「ふぅ。できましたよ」
そっと筆を置いて見せる。
「それは何に使う」
「安全祈願です」
「効果は?」
「……安心できます?後は守ってくれる雰囲気でしょうか?」
「精神的なものか?」
「うーん…。それも違いますね?」
「では、どういう時に使うんだ?」
「家に貼ったりとか、神域と呼ばれる自然の付近に結界として張るとかでしょうか」
「結界…」
(結界魔法は知っている。だがこの会話を見るに、それだけではないか)
ゆっくりと
「…落ち着く」
ぼそっとミィさんが私の横で言う。
「ふふっ。よく言われます」
(…?落ち着く…?)
「なぁセリア。一つ思ったのだが、どういった場所でセリアのいう事をするんだ?」
「えーと…神棚が一段高い場所にあって、そこに御神仏である彫刻などを置いて…」
「神棚とは別に、お参りする場所があるんです。鈴を鳴らして、お賽銭を入れて、お祈りします。」
(知らない文化だな…。事象が起きるはずだが、聞くにそういった事もなさそうだ)
「…ふむ。ならば一つ実験だ。セリア、この3人に普段している日課をさせてみてくれ。1週間で良い」
「一日を通しての日課ですか?」
「そこで3人には朝、昼、夜、全部記録。魔力量。集中力。睡眠。魔力漏れ。些細なことは全部記述してくれ」
ルーテリアさん、ミィさん、ルイネさんに視線が集まる。
「へ、一週間全部!?」
「そこまで本格的にですの?」
「あぁ。何かしらがわかるかもしれないからな」
ルイネさんとルーテリアさんが驚きつつも少し考える。
「まぁ…先生命令なら仕方ありませんわ」
その言葉を聞いてもう一度軽くローレファルス先生は頷く。
「その実験の間は私の名の下にやってもらう。だから授業も終わったらそっちを優先してみてくれ」
先生は資料をファイルから取り出し、何かを書き込んでいく。
「え、良いんですの…?」
「ちょっと気になるけど…。ってなると食事とかもなるんかな!?」
目を輝かせながら前のめりになる。
「…セリアのが食べれるなら、する」
「…でも、起きれない」
「構わない。食材も調達をしよう。何かしらの結果が出る事を期待しているよ」
「あ、そうだ。あの、お茶を淹れてもいいですか?」
「お茶…?」
「はい。来る前に一緒に飲めたらって言ってたんです。」
「…ふむ。なら給湯室を貸そう。私の立ち合いの下で作ってみてくれ。」
「わかりました」
私は静かに頷き、皆さんと一緒に給湯室へ向かった。
今日も、いつも通りのお茶を淹れるだけ。
ただそれだけのことが、この世界ではどうしてこんなにも珍しいのでしょうか。
――続く。




