第二十四章 それぞれの選択
「中田くん! 目を開けてくれ!」
ヒロミチの叫びが崩壊する祭壇に響く。傍らでセバスが両手をかざし、最上級の回復奥義『アクア・ルネッサンス・ヒール』を放っていた。
青く澄んだ光が中田の体を包み、ケイイチに貫かれた胸の傷は見る間に塞がっていく。肉体的な損傷は、セバスの美しき魔力によって完全に修復された。しかし、中田の瞳は閉ざされたまま、その呼吸は深く静かな眠りについたように穏やかだった。
「……傷は治りました。ですが、彼の魂が、深い絶望の毒に当てられ、意識の奥底に沈んでしまっています。いつ目覚めるかは……彼自身の生命力に懸けるしかありません」
セバスの悲痛な宣告に、ヒロミチは中田の手を強く握りしめた。
「逃がさない……ケイイチッ!!」
親友を傷つけられた怒りに震えるヒロミチが、逃走を図る尺田の背中に向けて『フェロモン・ゲイ・バースト』を放つ。
しかし、死に体のはずのケイイチは、自らの血を触媒にした禁忌の転移術を使い、間一髪でその一撃を回避した。
「……ククッ、愛も……情熱も……すべて道連れだ……」
血の跡を残しながら、尺田は祭壇の闇の向こうへと消えていった。
だが、ケイイチの限界は近かった。アンチゲイ団の本拠地を抜け、冷たい月明かりの下に辿り着いた時、彼の体からは止めどなく鮮血が溢れ出していた。トモヒロの『ビッグバン・ラブ・アタック』は、彼の五臓六腑をすでに粉砕していたのだ。
雪の降り始めた荒野で、ケイイチは力尽き倒れ込んだ。その目の前に、一対の巨大な影が落ちる。
ゆっくりと顔を上げると、そこには虹色のオーラを静かに湛えたトモヒロが立っていた。
「……トモ……ヒロ……。笑いに……来たのか……」
「いいえ、ケイイチ。あなたを一人で逝かせはしないわ。それが、ユウスケ師匠の弟子としての、私の最後の愛よ」
トモヒロの表情には、いつもの陽気な高笑いはない。そこにあるのは、かつての友に対する深い慈しみと、決別を告げる格闘家としての顔だった。
「さらばよ、友よ。あなたの孤独な氷、私が溶かしてあげる」
トモヒロの拳が、優しく、しかし確実な力でケイイチの心臓を突いた。
「……ああ、温かい……な……」
それが、かつての天才・ケイイチの最期の言葉だった。アンチゲイ団の首領は、トモヒロの腕の中で静かに息を引き取った。
数日後。戦いは終わり、アンチゲイ団の本拠地は崩れた。
ヒロミチは、眠り続ける中田の傍らに座っていた。
「中田くん。君が守ってくれたこの命で、僕はもっと強くなるよ。君がいつか目を覚ましたとき、驚くくらい……最高のゲイになってみせる」
大亀は道場の再建に励み、小林は中田の意識を呼び戻すための香を焚き、コレナガは再び愛を信じるための修行を始めた。セバスは「美しき世界を再び見守る」と告げ、旅立っていった。
トモヒロは、夕陽に染まる道場の縁側に座り、ヒロミチの背中を見つめていた。
最強の座をめぐる戦いは、一つの大きな節目を迎えた。しかし、ヒロミチの真の覚醒と、眠れるライバルとの再戦の日は、まだこれからの物語である。
「愛は終わらない。何度でも、花開くのよ」
トモヒロの言葉が、風に乗って未来へと運ばれていった。
第1部 完




