第十章 山での戦闘
セバスに圧倒的な力の差を見せつけられたヒロミチと大亀は、自分たちを鍛え直すべく、雲を突くような巨峰「マッスル・マウンテン」の登山道に挑んでいた。
「はぁ、はぁ……。ヒロミチさん、この山、空気が薄いだけじゃねえ……。なんだか、妙に甘い香りがしませんか?」
大亀が鼻をひくつかせながら、大粒の汗を拭う。
確かに、辺りに立ち込める濃霧の中には、官能的な香木の香りが混じっていた。
「気を付けて、大亀くん。誰か……来るよ」
ヒロミチが身構えた瞬間、霧の中から無数の「薄い布」が飛来し、大亀の巨体をがんじがらめに縛り上げた。
「うふふ、大きな坊や。そんなに力んじゃ、筋肉が可哀想よ?」
霧の奥から現れたのは、タイトな忍装束に身を包み、狐のような仮面をつけた小柄な男だった。
男は仮面をずらし、妖しく光る瞳で二人を舐めるように見た。
「私の名は小林。この山の守護者にして、愛の迷い子を導く導師……。あなたたちの『愛』、本物かどうか試させてもらうわね」
「大亀くんを放せ!」
ヒロミチが踏み込むが、小林の動きは異常なほどに速く、そして軽やかだった。
シュルシュルと音を立てて伸びる布の結界が、ヒロミチの進路を次々と塞いでいく。
「おっと、そっちは行き止まりよ」
小林が指先を動かすたびに、霧が生き物のように形を変え、ヒロミチの視界を奪う。
ヒロミチが放つ「ゲイ・リベレーション」の波動も、小林が纏う特殊な布によって霧散させられてしまう。
「何だ……? 攻撃が当たらないどころか、感覚が狂わされる!」
一方、大亀も苦戦していた。
「くそっ、この布、ちぎってもちぎってもキリがねえ! それに、なんだか力が抜けていく……」
「それは『脱力・シルク』。強すぎる筋肉の緊張を解きほぐし、骨抜きにしてしまう愛の拘束具よ」
小林は蝶のように舞いながら、二人の周囲を旋回する。
「私は圧倒的な力はないけれど、相手をじわじわと『その気』にさせるのが得意なの。さあ、あなたたちの心、全部私に預けちゃいなさいな」
ヒロミチは霧の中で目を閉じた。
(落ち着け……。視覚に頼るから惑わされるんだ。小林さんの動きには、必ず独特のリズムがある。愛の鼓動を……感じ取るんだ)
小林の指先が、ヒロミチの耳元をかすめる。
「あら、諦めちゃった? つまらない男……」
「……いいえ、まだこれからです」
ヒロミチの身体から、静かだが濃密な「真実の愛」のオーラが立ち昇り始めた。
小林の幻惑術に対し、ヒロミチがどのような「答え」を出すのか。
そして、拘束された大亀はこの窮地を脱することができるのか。
標高三千メートルの断崖絶壁で、愛の試練が激しさを増していく。
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