変わりゆく日常(5)
意外と居心地は悪くなかった。
ただ、香瑠が言った言葉の端々が気になってしまったが、それはわざとだろうと悠人は考えていた。
香瑠はどうやら純一が努力してきたことを知っているようだし、それがあの時、本人が語った通り悠人の為であるということも理解しているようだった。
香瑠と慎二はパートナーだと、純一が言った。
だからこの三人でよく食事に行く事があるという。
偶然の人との繋がりが面白いようにつながっていると、晴樹はしみじみと言った。
彼は彼でこの出会いを楽しんでいるようだった。
フルーツティーの底に溜まった果物をストローで引っ張り出しながら、悠人は微かに香る甘い匂いに酔いそうだった。
その香りはもちろん隣りから漂う香りだ。香水のように身体に纏っているように香る甘い匂い。
少しだけのぼせたような気分で、悠人にしては大人数での会話を楽しんでいた。
食事を終えて純一と慎二は仕事へ戻る為に別方向へと帰ると言った。途中のコンビニで少し買い出しをして帰るらしい。
「ほーら、今日は俺が夜ちょっと仕事頑張らないといけないんでぇ」
慎二がニヤニヤと笑いながら言うのを見て、純一はムッした顔で睨みつけた。
「言ってもちょっとだろ、ちょっと。しかもメール待ちだろ、ほとんど」
「頑張ってぇ」
気の抜けた香瑠の声だったが、慎二はイイ笑顔で答えた。
「頑張るー」
そんなやり取りを見ていた悠人は視線を感じて純一の方を見た。
小さく口元に笑みを浮かべると悠人は言った。
「また後で。終わったら、連絡して」
「あ、うん。する、連絡」
その反応をみて香瑠は小さく笑うと、晴樹の方を向いた。
「んじゃあ、行こうかぁ」
店へと帰る道を歩きながら、香瑠は悠人に話掛けた。
「まだ、六條さんと付き合ってもないの?」
「え? あー……」
悠人は思わず晴樹の方を見た。見られた方は、首を傾げる。
「まだっていうか、俺なんかには勿体ない……不釣り合いだと思って、その」
「なんでぇ? でもキミも好きなんでしょう?」
そう言われると思わず言葉に詰まって、悠人は黙り込んだ。だがソレが十分肯定と伝わる。
「大体、釣り合う釣り合わないとか関係なくない? ねぇ?」
香瑠の矛先が晴樹に向かう。
そして晴樹はその言葉に同意らしくて頷いた。
「俺も、そう思うよ。第一、あの六條さんは悠人をずっと好きだったわけでしょう?」
「でもアイツは、多分勘違いしてるだけなんだよ。昔の……その、まだ自分がαだって気づく前に、俺が不注意でヒートになって、アイツを……その」
歩きながら小さく呟くと香瑠は言った。
「なるほど。その時のことがあったから、あの人不感症なんだ」
「ふ、不感症?」
肩を震わせて笑いながら香瑠は頷いた。
「そう。あの人、俺がまだ噛んでもらう前にヒートになってやっばいときにさぁ、マジ全然平気だったんだよ」
「噛んでもらうって、え?」
晴樹が声を上げると、香瑠は人差し指で項のあたりを軽く叩いた。
「さっきの慎二ってやつにね。まーだその覚悟がないっつーか。そんな時に俺がヒートになっちゃってねぇ。でも慎二がすぐに来られなくって、打ち合わせかなんかで。代わりに六條さんが強めの薬持ってきてくれたの。でもそうなるとヤバくねって言ったんだけど。あの人、大丈夫だからって。まぁ、本当に大丈夫だったんだけどねぇ」
視線が悠人に向く。
「番が居れば、ヒートつってもまだ楽なんだけどさぁ。いないときって、マジ手当たり次第に何でもイイから欲しくなるつーか。だから、もちろん俺は薬持って来てくれた六條さんにねだったんだけどね。もちろん、彼はぜーんぜんそんな気ないし。平気だし。顔色ひとつ変えずにいつも通りに接して、薬飲ませてくれて。そしたらちょっと落ち着くじゃん? なんで平気なのかって聞いたら、自分はずっとそうなんだってさ」
悠人は視線を逸らした。逃げるように。
「どんなΩがいても、自分には全然フェロモンの匂いもしないし、惹かれもしないって」
人通りの少ない道を歩きながら、あけすけな話をする。
香瑠の言葉はどれも純一が言っていた言葉と同じだ。
晴樹は少し心配そうに悠人の方をみやった。
「それで、そのあと俺が揶揄って不感症って言ってたんだけど。そのおかげで俺も助かったんだけどねぇ。そしたら、この前久々にアノ匂いがしたってめっちゃ喜んでてさぁ」
「アノ匂い?」
悠人は知っているソレについて、晴樹が問う。
「うん。甘い匂い。六條さんはキンモクセイの匂いつってたかなぁ。そしたら、ずっと好きだった人とやっと会えたって」
悠人は歩きながら自嘲を浮かべた。
「でも、さっきの話聞いてても、やっぱ俺は似合わないと思うんですよアイツに。だってみんなやりたい事あって、頑張ってきているでしょう? アイツもそうだし。それが例え俺に会いたいとか、探すとか、色々理由の根源が俺だつっても、努力したのは本人だし。その努力と、才能があったのはアイツ自身だし」
「それでぇ?」
「それで、だから何もない俺にアイツはもったいない。もっと似合う人がいるでしょう。もっとどこかにいるハズでしょう、そんな匂いする奴なんて」
「ふぅん」
唸るように香瑠は息を吐いた。
その頃には店に着いていて、看板を外して鍵を開けながら香瑠は言った。
「確かに一筋縄ではいかないんだねぇ、キミ」




