↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美醜逆転世界の最弱お世話係 ~世界一醜いと蔑まれる最強美女たちに拾われた僕、なぜか全員から溺愛されています~  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/19

Sランクの師匠が、「逃げろ」と言った

――ズン。


――ズン。


足元から伝わる振動が、もはや微かな揺れではなく、明確な地鳴りへと変わっていた。

奥から吹いてくる風も変だ。

湿った土。

腐った肉。

そして血。

いくつもの悪臭を煮詰めたような空気が、迷宮の奥から流れ込んでくる。

「師匠……」

ショートソードを握る手に汗が滲む。

「これ、何が……」

「分からん」

セレスティアが短く答えた。

「え?」

思わず横を見る。

師匠が――分からない?

Sランクの師匠が?

「剣を構えろ」

いつもの冷淡な声。

でも、何かが違う。

「何か来る」

セレスティアの右手は、すでに長剣の柄へ添えられていた。

その横顔から、さっきまで僕へ向けていた呆れも余裕も消えている。

僕も慌ててショートソードを構えた。

【夜目Lv1】を意識する。

暗闇の向こう。

何かが――。

「ギィィィィィッ!」

絶叫。

次の瞬間、無数の足音が通路へ雪崩れ込んできた。

「うわっ!?」

ゴブリン。

ポイズントード。

見たことのない岩のような鱗を持つトカゲ型の魔物。

十匹どころじゃない。

何十匹もの魔物が、互いを押し退け、踏みつけながら走ってくる。

「師匠!」

剣を構える。

「待て!」

「えっ!?」

「よく見ろ!」

言われて気づいた。

魔物たちは――僕たちを見ていない。

目の前に獲物がいるのに。

襲ってこない。

ゴブリンが僕のすぐ横を駆け抜ける。

ポイズントードが転がるように続く。

別の魔物が転倒した仲間を踏みつけ、そのまま出口を目指す。

ただ逃げている。

「…………」

魔物たちの顔を見る。

そこにあるものを理解した瞬間、背中が冷たくなった。

恐怖。

こいつらは全員。

何かに怯えている。

「何から……」

僕が呟いた、そのとき。

「グガアアアアアアッ!!」

轟音。

魔物の群れが吹き飛んだ。

「っ!?」

通路の壁を削りながら、巨大な影が飛び出してくる。

三メートル近い巨体。

赤黒く膨れ上がった筋肉。

手には、僕の身体ほどもある巨大な剣。

鬼のような魔物だった。

「なんだ、あれ……」

さっきまで戦っていた魔物とは、明らかに違う。

見るだけで分かる。

強い。

僕なんかでは相手にならない。

それでも。

確認する。

【鑑定】。


【鑑定不能】


「…………っ」

心臓が強く跳ねた。

その文字を見た瞬間。

夜の森が蘇った。

ブラックウルフ。

母さん。

血。

何もできなかった僕。

【鑑定不能】。

あのときと同じだ。

僕より遥かに強い。

今の僕なら少しは戦える。

レベルも上がった。

スキルだって増えた。

それでも――届かない。

「……っ」

足が震える。

逃げたい。

怖い。

でも。

僕はショートソードを両手で握った。

あの夜とは違う。

何もできないまま立っているだけは嫌だ。

「アレン」

師匠の声。

「下がれ」

「でも」

「そいつはお前が戦う相手ではない」

その言葉で、逆に理解した。

やっぱり。

強い。

師匠が僕を戦わせようとすらしないほどに。

巨鬼がこちらへ迫る。

僕は身構えた。

ところが。

「……え?」

巨鬼は僕の横を通り過ぎた。

襲ってこない。

師匠にも目を向けない。

口から泡を飛ばし、前を走るゴブリンを蹴散らしながら、ただひたすら入口へ向かって走っていく。

「…………」

その顔を見てしまった。

怯えている。

あれほど巨大な魔物が。

僕には【鑑定】すらできない怪物が。

子供みたいに怯えきった顔で――逃げている。

「嘘だろ……」

剣を握る手から、力が抜けそうになる。

僕には鑑定できない。

戦うことすら許されないほど強い魔物。

そいつが逃げている。

だったら。

そいつを追い立てているものは――何だ?

魔物の群れが通り過ぎた。

静寂。

残されたのは、荒い呼吸を繰り返す僕と。

剣の柄へ手を置いたまま、暗闇を睨むセレスティアだけ。


――ズン。


足音。


――ズン。


さっきより近い。

曲がり角の向こう。

いる。

何かが。

「師匠……」

セレスティアは答えない。

迷宮の奥から冷たい風が流れてきた。

いや。

冷たいんじゃない。

そう感じているだけだ。

身体が震えている。

壁に生えた発光苔が、チカチカと明滅した。

一つ。

また一つ。

光が消える。

暗闇が近づいてくる。

何かが通るたびに、苔が萎れるように黒ずんでいく。

「…………」

喉が鳴った。

そして。

暗闇の中から。

ずるり。

何かが這い出した。

最初に見えたのは――腕だった。

人間の腕。

一本。

二本。

違う。

もっとある。

白い腕。

黒ずんだ腕。

細い腕。

太い腕。

無数の腕が床や壁へ指を食い込ませ、何か巨大なものを引きずっている。

「……なん、だよ……あれ」

身体は黒い泥のようだった。

輪郭が定まらない。

蠢くたび、形が変わる。

その中心。

巨大な一つの目だけが、暗闇の中で開いた。

目が。

合った。


――ゾワッ。


「――っ!?」

【危険察知Lv1】。

今までとは違った。

敵の攻撃方向を知らせるような感覚じゃない。

頭の中で、何かが絶叫している。


逃げろ。


逃げろ。


逃げろ。


勝てない。


死ぬ。


「は……っ」

呼吸ができない。

剣を持つ手が震える。

足が動かない。

鑑定。

そうだ。

鑑定すれば――。

意識を集中する。


【鑑定不能】


それだけ。

名前すら分からない。

種族も。

レベルも。

何も。

「…………」

そのとき。

チャキン。

硬質な音が響いた。

隣を見る。

セレスティアが剣を抜いていた。

初めて見る師匠の武器。

細身の白刃が、僅かな光を受けて青白く輝く。

今まで一度だって必要としなかった。

ブラックウルフも。

シャドウバイパーも。

僕には見えないほど簡単に殺してきた人。

その師匠が。

両手で剣を握っている。

正眼。

腰を落とす。

完全な戦闘態勢。

「……師匠?」

返事はない。

セレスティアは怪物から一瞬たりとも目を離していない。

「アレン」

「はい」

声が違う。

いつもの冷たい声じゃない。

「私が合図したら、入口まで戻れ」

「でも――」

「振り返るな」

「師匠は?」

「いいから聞け」

初めてだった。

師匠の声に。

焦りが混じっている。

「お前では、あれの攻撃を一度も受けられない」

「…………」

「掠っただけで死ぬ」

怪物の腕が動いた。

セレスティアが僕の前へ出る。

背中が僕を隠した。

「師匠……」

「アレン」

剣を構える。

「三つ数える」

「待ってください」

「一」

「師匠!」

「二」

黒い怪物が動く。

無数の腕が床へ食い込む。

来る。

「三」

セレスティアが叫んだ。


「走れ!」


同時に。

世界が弾けた。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。