ライバル?候補
ギルドの円卓に座っていたのは、身の丈ほどもある大剣を背負った女性ハンターだった。
彼女が立ち上がった途端、周囲の男たちから小さなため息が漏れる。
無理もない。この世界の基準で言えば、彼女は間違いなく「美女」なのだ。
僕より頭一つ以上高い長身。鎧の上からでも分かる鍛え抜かれた身体に、丸太のように太い腕。角張った輪郭と力強い眉が、いかにも歴戦の戦士らしい迫力を醸し出している。
「あの腕……たまらないな」
「一度でいいから抱き締められてえ……」
周囲から聞こえてくる声に、僕はなんとも言えない気持ちになった。
僕の感覚では、どう見ても屈強な女性格闘家である。
もちろん、それが悪いわけではない。人懐っこそうだし、頼りになりそうだ。
ただ、女性として好みかと聞かれれば、まったく違う。
ちらりと隣を見る。
細身の身体。白磁のような肌に、さらりと流れる金色の髪。フードの奥から覗く整った横顔。
僕には、どう考えてもセレスティアの方が綺麗に見えた。
「あなたがアレンね?」
女性が、にかっと笑う。
「私はミレイ。Dランクよ。突然呼び出してごめんなさいね」
差し出された大きな手を、僕も握り返した。
「初めまして。それで、僕に何か?」
「単刀直入に言うわ。昨日の《始まりの迷宮》で、あんたの動きを見てたの」
「昨日の……?」
「あの魔物の大暴走よ。あんた、逃げるだけで精一杯だったくせに、周りをずっと見てたでしょ。それに、転んだ新人をゴブリンから庇ってた」
言われて思い出す。
魔物が雪崩のように押し寄せてきたとき、僕は【危険察知】と師匠に叩き込まれた教えを頼りに、必死で生き残ろうとしていた。その途中で、逃げ遅れたハンターを助けた覚えもある。
「あれは……身体が勝手に動いただけです」
「それができる奴は意外と少ないのよ。自分が死にそうなときなんて、普通は他人を見る余裕なんかないもの」
ミレイさんは僕の肩を豪快に叩いた。
「痛っ」
「あ、ごめん。でね――アレン、私と組まない?」
「僕と?」
「ちょうど前衛をもう一人探してたの。腕っ節はまだまだだけど、周りが見える奴なら育つわ」
パーティか。
僕は少し考えた。
これまで戦い方を教えてくれたのはセレスティアだけだ。ハンターとして生きていくなら、自分と近い立場の仲間と連携して戦う経験も必要になる。
「分かりました。僕もパーティでの戦いを経験してみたいです」
「…………は?」
背後から、ひどく低い声がした。
振り返る。
セレスティアが僕を見ていた。
「えっと……師匠?」
「今、なんと言った?」
「ミレイさんと組んでみようかと。パーティ戦の経験にもなると思いますし」
「…………」
セレスティアの青い瞳が僕からミレイさんへ移る。
長い沈黙。
「駄目ですか?」
「……好きにしろ」
それだけ言って、セレスティアは顔を背けた。
止められると思っていたので、少し意外だった。
「ところでアレン」
ミレイさんが僕の耳元へ顔を寄せ、声を潜める。
「このエルフ、誰?」
「ああ。僕の師匠です」
「……師匠?」
ミレイさんの目が丸くなる。
「それって、もしかして――」
「余計な詮索はするな」
セレスティアの冷たい声が飛んできた。
「わ、分かったわよ」
さすがのミレイさんも少し怯んだらしい。
けれどすぐに僕へ視線を戻すと、不思議そうに首を傾げた。
「それにしても、あんた変わってるわね」
「僕がですか?」
「私が声をかけると、大抵の男は目も合わせられなくなるのよ。なのに、あんたは普通に話すのね」
言いながら、ミレイさんは僕の顔を覗き込んでくる。
近い。
けれど、別に緊張はしなかった。
「これから一緒に戦うんですよね?」
「ええ」
「だったら普通に話した方がいいじゃないですか。命を預け合うんですから」
「……そっか」
ミレイさんが一瞬だけ目を丸くする。
それから、さっきまでとは少し違う、柔らかな笑みを浮かべた。
「やっぱり、あんた面白いわ」
その横で、衣擦れの音がした。
振り向くと、セレスティアが腕を組み直したところだった。
なぜか眉間に、薄く皺が寄っている。
* * *
数時間後。僕たちはルクスから少し離れた岩山で、ホブゴブリンの討伐依頼に挑んでいた。
「アレン、右から三体!」
「はい!」
ミレイさんが大剣を横薙ぎに振るい、正面の二体をまとめて押し返す。
強い。
速いというより、重い。
彼女が一歩踏み込むだけでホブゴブリンの意識が一斉にそちらへ向く。
だからこそ、僕にも隙が生まれる。
岩陰を回り込み、右側から来た一体へ接近する。
ホブゴブリンの棍棒が持ち上がった。
武器を見るな。
肩、腰、足。
昨日、死にかけながら覚えたことを思い出す。
右肩が沈む。
来る。
僕は半歩外へ逃げ、振り下ろされた棍棒をかわした。
すぐには斬らない。
敵の体勢が完全に崩れたのを確認してから、脇腹へ鋼のショートソードを突き込む。
「ギャッ!」
引き抜いて距離を取る。
倒れない。
やっぱりゴブリンよりずっと頑丈だ。
「いい判断!」
横からミレイさんの声。
直後、大剣がホブゴブリンの身体を吹き飛ばした。
「すごいですね……」
「何言ってるの。今の隙を作ったのはアレンでしょ」
「でも僕だけじゃ、倒し切れませんでした」
「だからパーティを組むのよ」
ミレイさんが笑う。
なるほど。
一人なら逃げるしかない敵でも、それぞれの長所を組み合わせれば戦える。
今までとは違う感覚だった。
「アレン!」
【危険察知】が反応したのと、ミレイさんの声が飛んだのはほぼ同時だった。
振り返る。
岩陰から別のホブゴブリンが飛び出してくる。
避け――。
白い光が視界を横切った。
次の瞬間、ホブゴブリンの身体が上下に分かれた。
「……遅い」
純白の剣を振り抜いたセレスティアが立っている。
「師匠」
「今の反応では遅い。危険察知に頼りすぎるな」
「はい……」
「ちょっと厳しすぎない?」
ミレイさんが僕の横へ並んだ。
「今のだって十分反応してたじゃない。Fランクなら上出来よ」
セレスティアの目が細くなる。
「Fランクだからなんだ」
「え?」
「こいつがFランクのままで終わるなら、それでいいだろうな」
セレスティアは剣についた血を払い、僕を見る。
「だが、私の弟子だ。この程度で満足されては困る」
「師匠……」
「何を嬉しそうな顔をしている。次が来るぞ」
「はい!」
厳しい。
でも、少し嬉しかった。
再びホブゴブリンが姿を現す。
今度は僕から踏み込んだ。
ミレイさんが正面から注意を引き、僕が側面へ回る。
棍棒を避ける。
斬る。
離れる。
決して無理に倒そうとしない。
そしてミレイさんが作った決定的な隙へ、鋼のショートソードを突き込んだ。
刃が喉を裂く。
巨体が地面へ崩れ落ちた。
『――ホブゴブリンを討伐しました』
頭の中に声が響く。
続いて――。
『――【捕食成長】が発動します』
来た。
思わず拳を握る。
『――スキル抽出……』
頼む。
何でもいい。
昨日みたいな大当たりじゃなくていいから――。
『――失敗』
「…………」
僕は倒れたホブゴブリンを見下ろした。
「……ちぇっ」
「どうしたの?」
「いえ。なんでもありません」
やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。
でも、だからこそ次が気になる。
次の魔物なら。
その次なら。
いつか、また何かを手に入れられるかもしれない。
そう考えると、不思議と口元が緩んだ。
「……何笑ってるのよ」
「ちょっと楽しくなってきました」
「変な奴」
ミレイさんも笑った。
* * *
最後のホブゴブリンを倒した頃には、太陽がかなり傾いていた。
「いやー、楽しかった!」
ミレイさんが大剣を背負い直し、僕の腕を掴む。
「アレン、やっぱりあんたと組みやすいわ。次も一緒に行きましょうよ」
「はい。僕も勉強になりました」
「決まり! じゃあ帰ったら私の奢りで――」
ミレイさんの言葉が途中で止まった。
「……何?」
その視線を追う。
少し離れた場所で、セレスティアが剣を拭っていた。
無表情だ。
いつもと変わらない。
ただ、布を滑らせる手だけが妙に速い。
「師匠?」
「なんだ」
「怒ってます?」
「まったく」
即答だった。
それでも剣を磨く手は止まらない。
「でも、それ……」
「なんだ」
「もう血、ついてませんよ」
「…………」
セレスティアの手が止まった。
純白の刀身は、夕日を映すほど綺麗になっている。
彼女自身も今気づいたらしく、しばらく剣を見つめていた。
「師匠?」
「…………知らん」
「え?」
セレスティアは乱暴に剣を鞘へ納めると、そのまま街へ向かって歩き出した。
「帰るぞ」
「あ、待ってくださいよ!」
慌てて追いかけようとする。
その背中へ、ミレイさんの声が飛んだ。
「アレン!」
振り返る。
ミレイさんが笑っていた。
「次の依頼も、絶対一緒に行こうね!」
「はい!」
僕も手を振り返す。
その瞬間。
前を歩いていたセレスティアの足が、ぴたりと止まった。
「……師匠?」
「アレン」
「はい」
振り返らないまま、彼女が言った。
「帰ったら訓練だ」
「えっ」
「今日の動きで、直すところが十三個ある」
「十三個!?」
「増えた。十四個だ」
「今ので!?」
セレスティアはそのまま歩いていく。
僕には、どうして急に訓練項目が増えたのかさっぱり分からなかった。
ただ、少し先を歩く彼女の長い耳だけが、夕日の中でほんのり赤く染まっていた。
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