↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美醜逆転世界の最弱お世話係 ~世界一醜いと蔑まれる最強美女たちに拾われた僕、なぜか全員から溺愛されています~  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/19

師匠がおかしい

ルクスの街に借りた宿。その簡素なベッドの上で、セレスティアは朝の光を睨みながら、深いため息をついた。


結局、ほとんど眠れなかった。


目を閉じるたびに、昨日の光景が蘇る。


崩れた岩の向こうから聞こえた、


『生きてます、師匠!』


という、ひどく場違いなほど明るい声。


血に染まった胸当て。


そして――。


「……っ」


セレスティアは枕を引き寄せ、顔を埋めた。


腕に残っている。


無事だと分かった瞬間、自分から駆け寄って抱きしめた、あの身体の感触が。


土埃と血の匂い。


背中へ回した腕。


耳元で聞こえた呼吸。


生きている。


そう確かめた瞬間、胸の奥から力が抜けた。


思い出しただけで、尖った耳が熱を持つ。


「ああ、もう……!」


枕へ顔を押しつける。


長い年月を生きてきた。


数え切れないほど魔物を斬った。


仲間の死も見た。


自分へ向けられる嘲笑や侮蔑にも、とうの昔に慣れた。


それなのに。


出会って数日しか経っていない、ひ弱で無鉄砲な人間の少年一人に、どうしてここまで心を乱されなければならない。


「……弟子だ」


誰もいない部屋で呟く。


「ただの弟子だ」


もう一度。


「保護者として責任を感じただけだ。生きていたから安堵した。それだけのことだ」


完璧な理屈だった。


少なくとも、セレスティア自身はそう思いたかった。


けれど――。


抱きしめた瞬間の、自分の鼓動だけは説明できなかった。


     * * *


「今日はここまでだ」


「え?」


街外れの林。


訓練を始めて、まだ十分ほどしか経っていない。


セレスティアの持つ木の枝に木剣を叩き落とされた僕は、地面に転がったそれと師匠の顔を交互に見た。


「もう終わりですか?」


「そう言った」


「まだ十分くらいですよ?」


昨日までなら、足腰が立たなくなるまで走らされ、木剣を握れば何十回と地面を舐めさせられていた。


明らかにおかしい。


「昨日死にかけた人間が何を言っている」


セレスティアは腕を組んだ。


「傷が塞がったからといって、身体への負担まで消えたとは限らん。無理をさせて倒れられれば、私の指導能力まで疑われる」


「誰にです?」


「ギルドだ」


「師匠がそんなの気にします?」


「……うるさい」


やっぱりおかしい。


僕は首を傾げながら、落ちた木剣へ手を伸ばした。


「痛っ」


柄のささくれが、親指の付け根を掠めた。


ほんの小さな擦り傷だ。


血が滲むほどでもない。


なのに。


「見せろ」


「え?」


顔を上げると、もう目の前にセレスティアがいた。


手首を取られる。


「師匠、これくらい――」


「黙っていろ」


青い瞳が、僕の指先を睨んでいる。


その表情があまりに真剣なので、僕まで黙ってしまった。


そのとき。


チリッ。


傷口に微かな熱が走った。


見る間に赤みが引き、擦れた皮膚が元へ戻っていく。


【再生Lv1】。


「ほら」


僕は指を動かしてみせた。


「もう治りましたよ」


「…………」


「便利ですね、これ」


「……そうだな」


なぜか声が低い。


セレスティアは僕の手を離すと、露骨に眉を寄せた。


「忌々しいスキルだ」


「なんで!?」


理不尽だ。


けれど、僕自身にも分かってきたことがある。


傷が消えた直後、身体がわずかに重い。


本当に僅かな擦り傷だったから大したことはない。それでも、腹の底から何かを少し抜き取られたような感覚が残っている。


昨日、胸の傷が塞がった直後には、それどころではなく気づかなかった。


(傷を治すために、僕自身の何かを使ってる……?)


体力なのか。


魔力なのか。


あるいは、その両方なのか。


まだ分からない。


試しに何度も自分を傷つける気にもなれないので、今のところ確かめようもなかった。


ただ、一つだけ分かる。


これは、不死身になれる能力じゃない。


もし傷が深ければ、それだけ大きな負担がかかるかもしれない。そもそも一撃で死んでしまえば、再生する暇さえない。


だったら、戦い方は今までと同じだ。


攻撃を受けない。


死なない。


そのために考える。


「師匠」


「なんだ」


「もう一本だけお願いします」


セレスティアの眉が寄った。


「話を聞いていたのか?」


「身体の動かし方を確かめたいんです。昨日できたことが、偶然だったのかどうか」


「……一本だけだぞ」


「はい!」


セレスティアが木の枝を拾い直す。


空気が変わった。


来る。


一歩。


速い。


僕は反射的に木剣を構え――途中でやめた。


(武器を見るな)


昨日、嫌というほど思い知らされた。


速すぎる攻撃を、目で追ってから避けるのでは遅い。


見るべきなのは、その前。


肩。


腰。


足。


重心。


セレスティアの右肩が動く。


斬撃――。


違う。


フェイントだ。


反応しかけた身体を、無理やり止める。


次の瞬間、木の枝が一直線に僕の喉へ伸びた。


(こっち!)


半歩。


それだけ横へずれた。


木の枝が首筋を掠める。


反撃できる。


一瞬そう思った。


でも、踏み込まない。


骸骨との戦いなら、その欲が死につながった。


僕は距離を取る。


生き残る。


それだけを優先した。


「……ほう」


木の枝が止まった。


「え?」


セレスティアが僕を見ている。


さっきまでとは違う目だった。


「今のフェイント、分かったのか?」


「いえ。分かったっていうか……師匠の肩と足を見てたら、なんとなく」


「…………」


セレスティアが黙る。


僕は急に不安になった。


「駄目でした?」


「いや」


短い返事。


「悪くない」


「本当ですか!?」


思わず声が弾む。


「ただし、今の動きで調子に乗れば明日には死ぬ」


「そこまで言います!?」


「事実だ」


いつもの師匠だ。


そう思って僕は笑った。


だから気づかなかった。


僕を見るセレスティアの瞳が、ほんの少しだけ揺れていたことに。


――強くなっている。


昨日までなら、確実にフェイントへ引っかかっていた。


速さが増しただけではない。


自分より遥かに強い敵を前にして、どうすれば生き残れるか。


それを考える癖が、身体に刻まれ始めている。


このまま成長すれば。


いずれ、自分がいなくても迷宮へ潜れるようになるだろう。


一人で魔物を倒し。


一人で傷を治し。


一人で――。


「……」


木の枝を握る指に、わずかに力が入った。


喜ばしいことだ。


師としては、それを望んでいたはずなのに。


胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚がある。


「師匠?」


アレンがこちらを見ていた。


「どうかしました?」


「……何でもない」


セレスティアは視線を逸らした。


昨日まで、守らなければ死んでしまいそうだった少年。


その少年が、少しずつ自分の手を必要としなくなっていく。


それを想像しただけで。


胸の奥が、ひどく落ち着かない。


「……今日の訓練は終わりだ」


「えっ、やっぱり終わるんですか?」


「終わりだ。ギルドへ行くぞ」


「師匠?」


セレスティアは答えず、歩き出した。


少し速すぎる足取りで。


     * * *


午後のハンターギルドは、昨日の騒動が嘘だったように、いつもの喧騒を取り戻していた。


酒の匂い。


依頼を取り合うハンターたちの声。


カウンターでは職員が忙しそうに書類を捌いている。


僕たちが素材の買い取り窓口へ向かおうとしたときだった。


「あっ、アレンさん!」


「はい?」


受付嬢が小走りで近づいてくる。


僕?


思わず自分を指差した。


「ちょうどよかったです。先ほどからアレンさんを待っている方がいまして」


「僕を?」


昨日登録したばかりのFランクだ。


待たれる覚えなんてない。


「はい。ぜひアレンさんと一緒に依頼を受けたい、と」


「依頼を……?」


誰だろう。


そう尋ねようとした瞬間。


「……誰だ」


隣から声がした。


低い。


僕はセレスティアを見る。


表情はいつもと変わらない。


変わらない、はずなのだが。


なぜか受付嬢が半歩下がった。


「え、ええと……あちらでお待ちの方です」


「誰だと聞いている」


「女性ハンターの方です」


ぴくり。


金色の髪の間から覗く長い耳が動いた。


「……女?」


「はい」


セレスティアの眉が、ほんのわずかに寄る。


僕たちは受付嬢が示した方向へ視線を向けた。


ギルドの奥。


円卓に、一人のハンターが座っている。


こちらの視線に気づいたのだろう。


その人物は椅子から立ち上がると――僕を見て、ぱっと笑った。


そして大きく手を振る。


「アレン! こっち、こっち!」


「……え?」


僕は目を瞬いた。


名前まで知られている。


隣を見る。


セレスティアは無言だった。


ただ。


さっきまで腕を組んでいたはずの彼女の右手が、いつの間にか純白の剣の柄に置かれていた。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。