初めての格上殺し
ご指摘の三本目の軸も入れた形に整えました。戦闘中の「同胞」という言葉を、母親の言葉と見知らぬ街の夢につなげています。正体は明かさず、《捕食成長》にだけ異常な反応を残しました。
第十二話 初めての格上殺し
振り返った『それ』の顔を見て、僕は息を呑んだ。
ボロ布のフードの下にあったのは、干からびたミイラのような頭蓋骨だった。落ち窪んだ眼窩の奥で、青白い炎が揺らめいている。手には、赤黒い染みと錆に覆われた歪な大剣が握られていた。
『鑑定不能』
これまでの僕なら、この文字を見た瞬間、死を覚悟していただろう。自分のレベルを遥かに超える、絶対的な強者の証。そう思い込んでいた。
背後には崩落した岩と、吹き出す紫色の毒瘴気。逃げ場はない。
カタ、と骸骨の剣士が一歩踏み出した。
その瞬間、【危険察知Lv1】が脳髄を揺さぶるほどの警報を鳴らす。
(来る――!)
僕は反射的に横へ跳んだ。視界の端で骸骨の姿がぶれる。次の瞬間、さっきまで立っていた場所を大剣が叩き割った。
凄まじい風圧。岩盤が爆ぜ、飛び散った破片が頬や腕を切り裂く。
「がっ……はぁっ……!」
地面を転がり、受け身を取って立ち上がる。
速い。そして、なんて破壊力だ。剣で受けるなんて絶対にできない。かすっただけでも、骨まで砕かれる。
――肩に力を入れるな。
頭の奥に、師匠の声が響いた。
恐怖で強張りかけた身体から、少しだけ力を抜く。骸骨の剣士が身を沈めた。青い炎が、まっすぐ僕を捉えている。
敵の剣を見るな。動きの始まりを見ろ。
筋肉はない。なら、骨格の傾きと重心の移動を追う。
骸骨が踏み込んだ。大剣が横薙ぎに迫る。
僕は身を低くし、刃の下をくぐるように身をかわした。頭上を、死神の鎌のような大剣が通り過ぎる。
(今だ!)
すれ違いざま、ショートソードを骸骨の脇腹へ叩き込んだ。
ガキンッ!
硬質な音とともに、手首へ痺れるような衝撃が走る。
あばら骨にひびが入った。けれど、致命傷には程遠い。ショートソードの刃には、深い亀裂が走っていた。
筋力5の僕と、この骸骨では、力の差がありすぎる。まともに斬り合えば、先に武器が壊れる。
骸骨が振り返り、大剣を振り下ろした。
僕は間一髪で後ろへ跳び退く。刃が胸当てを裂き、胸元に鋭い痛みが走った。皮膚も切れたらしい。血が服に滲む。
「ぐっ……!」
このままじゃ勝てない。ステータスでも、武器でも、正面からの力比べでも敵わない。
(考えろ。生き残るために、持っているものを全部使え!)
僕は傷口を押さえながら、背後を振り返った。崩落した岩の隙間から、濃密な紫色の毒瘴気が流れ込み、空間の半分ほどを覆っている。
迷わず、毒霧の中へ走った。
背後で、骸骨が地を蹴る音がする。
毒瘴気に踏み込んだ瞬間、皮膚が焼けるように痛み、肺がひりついた。息を吸うたび、喉の奥が刺されるようだ。
それでも、すぐには倒れない。
(耐えろ……! 【毒耐性Lv2】がある!)
毒を無効にできるわけじゃない。けれど、ポイズントードを狩って得た耐性が、僕に考える時間をくれていた。
一方、骸骨の剣士は毒霧の手前で足を止めた。瘴気を避けているのか、霧の向こうを見定めているのかは分からない。大剣の切っ先が、ゆっくりと宙をなぞる。
(好機だ)
僕は岩陰に身を隠し、毒霧の薄い縁へ移動した。濃い霧の向こうは見えない。けれど、霧が薄くなる場所では、【夜目Lv2】が暗闇を見通してくれる。
青い炎が、かすかに揺れていた。
相手から僕が見えているかは分からない。だが、少なくとも今は、骸骨の動きを追える。
骸骨は苛立ったように大剣を振るい、霧の縁を薙いだ。そのたび刃が岩にぶつかり、鈍い音が響く。
観察しろ。あの大剣を振り抜いた後、何が起こる?
大剣は重い。振り抜いた直後、骸骨の身体がわずかに流れ、次の動作に移るまで一瞬の間ができていた。
(そこしかない)
僕は足元の石を拾い、骸骨の斜め後ろへ投げた。
カラン。
小さな音に、青い炎が動く。骸骨は石の落ちた場所へ向き直り、大剣を振り下ろした。
岩盤が砕け、大剣が深く食い込む。
「ここだっ!」
僕は霧を抜け、全速力で駆け出した。骸骨が僕に気づき、地面に食い込んだ大剣を引き抜こうとする。
――追うな。自分が生き残ることを考えろ。
師匠の言葉がよみがえった。
無防備な背中が見える。けれど、一直線に飛び込めば、引き抜いた大剣で反撃される。
僕は踏み出しかけた右足を止め、身体を低くして骸骨の足元へ滑り込んだ。
直後、大剣が頭上を薙ぎ払う。予想した通りの反撃だった。
骸骨の懐に入る。青い炎が、眼窩から僕を見下ろした。
そのとき、骸骨の手が僕の胸元を掴んだ。
「っ……!」
傷口が押さえつけられ、血が滲む。骸骨はその手をゆっくり持ち上げ、血に濡れた指を、頭蓋骨の口元へ運んだ。
乾いた顎がわずかに開く。指先に付いた僕の血を、舌のような黒いものが舐め取った。
青い炎が、揺れた。
骸骨の動きが止まる。
「――同……胞……?」
かすれた声だった。
意味が分からない。どうして、こいつがそんなことを言う?
頭の奥に、知らないはずの景色が一瞬だけ浮かんだ。見たことのない街並み。見上げるほど高い建物。行き交う人々の姿。
その景色は、すぐに消えた。
代わりに、母さんの声が胸の奥でよみがえる。
――あなたは、人間として生きなさい。
「僕は……人間だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
骸骨の青い炎は、しばらく僕を見つめていた。やがて、黒い舌が引っ込み、顎が閉じる。
次の瞬間、大剣を地面から引き抜いた。
考える時間は終わりだ。
「あああああっ!」
僕はひび割れたショートソードを下から突き上げた。狙うのは硬い骨じゃない。開いた口の奥、頭蓋骨の中で揺れる青い炎。
剣先が、炎の中心を貫く。
パァンッ!
限界を迎えていた刃が砕け散った。柄だけになった武器を握ったまま、僕は地面に転がる。
骸骨の動きが、ぴたりと止まった。
眼窩の青い炎が、ふっと消える。次の瞬間、骸骨の身体が崩れ落ち、骨とボロ布が床に散らばった。大剣が鈍い音を立てて転がる。
静寂が戻った。
僕は仰向けのまま、荒い息を繰り返した。全身が痛い。胸の傷から血が流れ、毒瘴気を吸った喉と肺も苦しい。立ち上がる力さえ残っていなかった。
そのとき、頭の中で無機質な声が響いた。
『経験値を獲得しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
何度も告げられるレベルアップに、身体の奥から熱が広がっていく。
そして――。
『【捕食成長】が発動します』
『対象情報を解析中……』
『既存情報との照合に失敗しました』
『スキル抽出――成功』
『【再生Lv1】を獲得しました』
いつもとは違う表示に、僕は息を止めた。
『既存情報との照合に失敗しました』
さっきの声が、頭の中で繰り返される。
――同胞?
「……僕は、人間だ」
もう一度呟いた。けれど、胸の奥には、答えのない疑問が残った。
そのとき、胸の奥に淡い温もりが灯った。裂けた傷口がゆっくり塞がり、胸の痛みも少しずつ引いていく。毒の苦しさや疲労は残ったままだ。それでも、僕はもう一度息を吸うことができた。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れる。
勝った。
ステータスでも、武器でも勝てなかった格上に、僕は師匠の教えと、持っているものすべてを使って勝ったのだ。
『鑑定不能』なら、戦えば絶対に負ける。
僕の中にあったその常識が、今、打ち砕かれた。
僕は骨の散らばる床に手をつき、ゆっくりと身体を起こした。崩れた岩壁の向こうに、師匠がいる。
「……待ってて、師匠」
声は掠れていた。それでも、立ち上がる。
今すぐ、あの綺麗な横顔に会いたい。「馬鹿弟子」と呆れられて、また怒られたい。
その思いを支えに、僕は暗闇の中を歩き出した。
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