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美醜逆転世界の最弱お世話係 ~世界一醜いと蔑まれる最強美女たちに拾われた僕、なぜか全員から溺愛されています~  作者: 虹の箸


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師匠はいなくても、師匠の声は聞こえる

ガラガラと、背後で岩が崩れる音が遠く響いていた。

退路は完全に断たれている。

暗く湿った横穴を、僕は一人で歩いていた。

怖い。

当たり前だ。

隣にはもう、純白の剣を持つ最強の師匠はいない。

ショートソードを握る手に、じっとりと汗が滲む。

そのとき。


――ゾワッ。


【危険察知Lv1】。

前方。

来る。

僕は足を止めた。

横穴の角から、一匹のゴブリンが姿を現す。

先ほど逃げていた群れからはぐれたのだろうか。

血走った目。

錆びた鉈。

僕を見つけた瞬間、ゴブリンが地面を蹴った。

「ギィッ!」

怖い。

身体が強張る。

反射的に剣を握る手へ力を込めた。

その瞬間。


――肩に力を入れるな。


「…………」

頭の奥で声がした。

冷たくて。

厳しくて。

何度も何度も聞かされた声。

師匠だ。

もちろん、本当に聞こえたわけじゃない。

身体が覚えている。

僕は息を吐いた。

肩から力を抜く。

ゴブリンが鉈を大上段に振り上げた。


――武器ばかり見るな。肩を見ろ。身体が動くより先に、そこが動く。


目じゃない。

鉈でもない。

右肩。

僅かに筋肉が動いた。

来る。

鉈が振り下ろされる。

僕は左へ半歩だけ動いた。

ブンッ!

鼻先を刃が通過する。

避けた。

ゴブリンの身体が流れる。

今だ。

踏み込もうとした。


――追うな。


「っ」

止まった。

次の瞬間。

「ギャアッ!」

ゴブリンが身体を捻り、無理やり鉈を横へ振った。

ブオンッ!

刃が腹の前を通過する。

あと半歩踏み込んでいたら。

腹を裂かれていた。

「……危なっ」

心臓が跳ねる。

でも。

焦るな。


――魔物を殺すことより、自分が生き残ることを考えろ。


見る。

待つ。

ゴブリンがもう一度鉈を振り上げる。

一撃。

避ける。

二撃。

下がる。

そして三撃目。

大きく体勢が崩れた。

今度こそ。

踏み込む。

「はっ!」

ショートソードを脇腹へ深く突き刺した。

「ギャッ……!」

ゴブリンの身体が震える。

剣を抜く。

距離を取る。

まだ油断しない。

ゴブリンが数歩よろめき――倒れた。

動かない。

『ゴブリンを討伐しました』

『経験値を獲得しました』

『【捕食成長】が発動します』

『能力抽出――失敗』

「…………」

いつもなら少し落ち込むところだった。

でも。

今はどうでもよかった。

僕は剣を下ろした。

手を見る。

震えている。

怖かった。

一人だった。

助けてくれる人はいなかった。

それでも。

「……勝てた」

《捕食成長》で新しい力を手に入れたからじゃない。

レベルが上がったからだけでもない。

師匠がいなくても。

師匠に教えてもらったことで、僕は生き残れた。

「…………」

少しだけ。

胸が熱くなった。

師匠はただ僕を守ってくれていたんじゃない。

いつか僕が一人になっても。

自分で生き残れるように。

そのために、何度も何度も僕を叩きのめしてくれたんだ。

「……ありがとうございます、師匠」

当然。

返事はなかった。

それが少しだけ――寂しかった。


「アレン!」

崩落した岩壁の前で、セレスティアは叫んだ。

返事はない。

「アレン!」

もう一度。

静寂。

いつもならうるさいほど返ってくる少年の声が、ない。

背後では、黒い怪物の残骸が蠢いていた。

斬っても再生する異形。

崩落の直前、セレスティアはそれを何度も斬り払い、奥へ押し返した。

追ってくる気配は、今のところない。

だが。

そんなことは、もうどうでもよかった。

セレスティアは目の前の岩壁を見る。

「…………」

剣を握る。

斬れる。

この程度の岩なら、自分の剣で断ち切れる。

剣を振り上げ――。

止まった。

「……駄目だ」

地盤が緩んでいる。

ここを無理に崩せば、向こう側まで連鎖して崩落する可能性がある。

その下に。

もしアレンがいたら。

「…………」

剣を下ろす。

カタ。

小さな音。

何だ?

視線を落とす。

剣を握っている自分の手が震えていた。

「……?」

理解できなかった。

自分が。

震えている?

魔物が怖いわけではない。

死が怖いわけでもない。

なら。

なぜ。


『綺麗だなって思って』


不意に声が蘇った。


『僕にはセレスティアが一番綺麗に見える。それだけです』


「…………」

くだらない。

馬鹿な少年の戯言だ。

そう思った。

そう思おうとした。

けれど。

別の声が蘇る。


――気味が悪い。


――醜い。


――こっちを見るな。


――店に入るな。


昔から聞き慣れた言葉。

珍しくもない。

エルフとして生きていれば、何度でも浴びせられる。

だから期待しなくなった。

誰かに好かれることも。

自分を見て笑ってもらうことも。

必要ないと思っていた。

一人なら傷つかない。

それでよかった。

なのに。

「師匠!」

あの馬鹿は、いつも嬉しそうに自分を呼ぶ。

「綺麗です」

何度睨んでも言う。

「師匠って、冗談言うんですね」

余計なところまで見ている。

「ダンジョンって……楽しいですね」

魔物に蹴られながら笑っている。

「…………」

いなくなった。

その声が。

岩の向こうから返ってこない。

「……嫌だ」

自分の口から漏れた言葉に、セレスティア自身が目を見開いた。

「…………」

何を言っている?

ただの弟子だ。

拾って、まだ大して経っていない。

弱い。

才能もない。

無鉄砲。

言うことも聞かない。

気持ち悪いくらい魔物を狩りたがる。

それだけの――。

「……馬鹿弟子だ」

声が震えた。

胸が苦しい。

アレンが死んだかもしれない。

そう考えただけで。

息が――苦しい。

「…………」

セレスティアは岩壁へ手をついた。

冷たい。

返事はない。

「生きていろ、アレン」

呟く。

「帰ってきたら……」

言葉に詰まる。

何を言おうとした?

褒める?

怒る?

殴る?

分からない。

「……好きなだけ、師匠と呼べ」

いつも否定していた呼び方。

もう一度聞けるなら。

何度でもいい。

「だから……」

指先に力が入る。

「勝手にいなくなるな」

そこで止めればよかった。

なのに。

もう一言だけ、零れた。

「私を……一人に戻すな」

言ってから。

セレスティアは動けなくなった。

自分が何を口にしたのか。

理解したくなかった。


その頃。

僕は三匹目の魔物を倒したところだった。

「ハァ……ハァ……」

腕には傷。

脚も痛い。

疲れている。

それでも。

生きている。

一人でも戦えている。


――右足が止まっているぞ。


足を直す。


――視線を敵の武器に固定するな。


周囲を見る。


――追うな。


「分かってますよ、師匠」

思わず答えた。

「…………」

返事はない。

当たり前だ。

それなのに。

「……静かだな」

呟いた瞬間。

胸の中に、ぽっかり穴が空いたような気がした。

師匠に会いたい。

また怒られたい。

「才能がない」と呆れられたい。

「馬鹿弟子」と呼ばれたい。

「…………」

母さんの顔が浮かんだ。

嫌な想像が頭をよぎる。

また。

大切な人が。

「……違う」

首を振る。

師匠はSランクだ。

僕なんかが心配する人じゃない。

絶対に生きている。

「早く戻らないと」

僕は歩き出した。

合流できる道を探す。

そして。

狭い横穴を抜けた。

「……ここは?」

広い。

ドーム状の地下空間。

天井も高い。

これまで通ってきた場所とは雰囲気が違う。

一歩踏み出そうとした。


――ゾクリ。


止まった。

【危険察知Lv1】。

いつもの警告じゃない。

激しく叫んでいるわけでもない。

むしろ。

静かだった。


――動くな。


そんな声が聞こえた気がした。

息を殺す。

空間の中央。

誰かいる。

人?

違う。

人の形をしているだけだ。

僕と同じくらいの背丈。

ボロボロの布を纏い、岩の上へ腰掛けている。

背中を向けている。

動かない。

それなのに。

怖い。

さっき師匠が戦っていた黒い怪物より、小さい。

あの巨鬼よりも小さい。

なのに。

身体が一歩も近づくなと言っている。

僕は意識を集中した。


【鑑定不能】


「…………」

喉が鳴る。

駄目だ。

戦うな。

師匠に何度も言われた。

勝てない相手から逃げることは恥じゃない。

ゆっくり。

音を立てないように。

一歩下がる。

もう一歩。

戻ろう。

別の道を――。


ガラッ。


「え?」

背後。

天井の一部が崩れた。

「っ!」

飛び退く。

ドドドドッ!

大量の土砂が横穴へ流れ込み、今来た道を塞いだ。

「嘘だろ……」

さらに。

シュー……。

岩の隙間から、紫色の瘴気が流れ込んでくる。

濃い。

【毒耐性Lv2】がある僕でも、喉がヒリつくほどに。

後ろには戻れない。

正面。

【鑑定不能】。

「…………」

逃げ道がない。

そのとき。

空間の中央に座っていた何かが。

動いた。

ゆっくり。

本当にゆっくり。

首だけが、こちらを向く。

僕はショートソードを握った。

手が震えている。

怖い。

勝てない。

それでも。

逃げられないなら。

「……やるしかない」

それが。

完全にこちらを振り向いた。

お読みいただきありがとうございました。

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