第3話:地下の記憶と、鏡の中の共犯者
第3話:地下の記憶と、鏡の中の共犯者
地下から響く低い唸りのような風の音が、屋敷の床を震わせる。
私は呼吸を忘れたまま、手にしたロケットを握りしめていた。ロケットの金属の冷たさが、私の正気が失われていくのを見守っているようだ。
「取引……?」
誰と? 私は喉の奥で呟いた。あの夜、私は孤独な犯行だと思っていた。だが、もし誰かがその瞬間を、その背徳の瞬間を目撃し、あるいは演出していたとしたら?
蓮は私の破滅を望んでいるのではない、と私は思っていた。しかし、もし彼こそが「偽物」の私を仕立て上げた、真の支配者だとしたら――?
私は恐怖を振り払い、床を叩いて地下への隠し階段を探した。書斎の奥、重厚な本棚の裏側に、ひやりとした風が吹き込む隙間を見つけた。
地下へ続く階段は、暗く、湿っていた。かつて沙羅が愛した薔薇の香りは消え失せ、そこにはカビと、鉄錆のような匂いが満ちている。
地下室の最奥、鉄格子の向こう側に、一人の少女が座っていた。
彼女の顔は暗がりで見えなかったが、その細い手首に刻まれた「焼印」が、燭台の光を反射して禍々しく光っている。
「……やっと来たのね」
その声は、私の声だった。
いや、私が長年鏡の前で磨き上げた、「神宮寺沙羅」の完璧なトーンそのものだった。
「誰なの。あなたは、一体……」
少女はゆっくりと立ち上がった。彼女の瞳は、沙羅のものと同じ、深く濁った冬の湖の色をしていた。しかし、そこに宿る温度は、私がかつて奪い取ったはずの「沙羅」とは比較にならないほど、冷徹で鋭い。
「私はあなたの『失敗作』よ。莉子」
彼女はそう言うと、檻の隙間から細い指を伸ばした。
「蓮はあなたを愛しているんじゃない。彼はただ、神宮寺家の血筋を途絶えさせないための『器』を必要としていた。そして、私はそのために作られた――第二のレプリカ」
脳が痺れた。第二のレプリカ?
私の人生は、私の野心は、すべて誰かの掌の上で転がされていたお遊戯だったというのか。
蓮が時折見せた、あの値踏みするような視線。それは「私の綻び」を見ていたのではない。「予備のパーツ」の状態を確認していたのだ。
「そんなはずは……私は、私は沙羅を殺したのよ!」
「ええ、殺したわね。でも、あなたは『死体』を確認しなかった。ただ、海へ落ちる背中を見ただけ。……莉子、あなたは最初から、この屋敷の『捨て駒』に過ぎなかったのよ」
少女の笑い声が、地下の壁を伝って反響する。
その時、背後で重い足音が響いた。
「面白い話が聞けたね、沙羅」
声の主は、蓮だった。
彼は無表情のまま、私の首元に冷たい刃を突きつけた。
「君の役割は終わりだ。君が『本物の沙羅』を演じることで、この子は殺意と憎悪を学んだ。最高の復讐者として完成したんだよ」
蓮の視線の先には、檻の中から冷ややかな眼差しを向ける「もう一人の沙羅」がいる。
逃げ場はない。窓の外で見ていた刑事の響も、恐らくは蓮の筋書きに組み込まれた駒の一つなのだろう。
「さあ、莉子。鏡を見る必要はもうない。君は今日で最後だ」
蓮が扉を閉ざし、地下室の明かりが消えた。
闇の中、二人の少女の影が重なる。
「ねえ」と、檻の中の彼女が囁いた。
「次はあなたが、私の身代わりになる番よ」
泥沼の夜が、さらに深く、私を飲み込もうとしていた。




