93.アーノルドの初恋
左手にワイバーンの首を、右手にファルシオンを持ち、血塗れになって立つシルヴィアを見た瞬間、私は雷に打たれたような感覚を覚えた。私はその瞬間、シルヴィアに恋をしたのだ。自分自身はワイバーンのブレスを受けた後だったため、彼女からは『黒焦げの人』としか認識されていなかったであろうが……。
『ああ、私は彼女と出会うために生まれ、ここに導かれたのだ。』
そう確信した。
私は幼い頃から剣術に優れていた。成長するにつれて魔術の能力も上達し、同世代の中では最強の魔術騎士だと自負していた。そのため、学園にいた頃から守ってもらいたい令嬢が周りに集まって来た。そして自分自身もそういう人と一緒になると思っていた。
「アーノルド様、流石です。」
「アーノルド様のお側にいれば安心ですわ。」
「アーノルド様に生涯守って頂ける方は幸せですわね。」
「ふふ、そうだと良いね。ありがとう。」
しかし、その中に惹かれる人物は一人もいなかった。最上級生になった頃には『まあ、嫡男でもないし絶対に結婚しなければならない訳ではない。それもまた人生か。』などと思っていた。卒業後に騎士団員として向かった魔物討伐で、とんでもない白魔術師の少女と出会うまでは。
私は火傷が治癒するなりエミリオに会いに行き、彼女をダークホール浄化の旅のメンバーに推薦した。彼女の力が必要だと思ったのは勿論だが、兎に角もう一度彼女に会いたかった。一度は断られたそうだが、二度目に了承の返事をもらったと聞いて本当に嬉しかった。
出発の日、王宮の馬車寄せで集合の予定であったが、待ちきれず彼女が滞在している客間の前をずっとウロウロしていた。すると「さっさと国中回って帰ってきましょう!」という元気な声と共に、ずっと思い焦がれ続けた彼女が現れた。
初対面の彼女の反応は好感触だったように思う。頬を染めて私を見つめる彼女に心が躍った。しかし私が近づこうとすると同じだけ彼女は後退り、なかなか距離は縮まらない。それどころか出発時には距離のあったランドルフやオズワルド、ノエルともはどんどん仲が良くなっていき、あっという間に同じ距離感になってしまった。特に彼女はノエルの事を気に入っていると思う。彼と話すときだけ、ほんの少し声のトーンが上がるのだ。それだけで自分の心がざわつく。こんなにも自分が狭量だとは思わなかった。
それでも、彼女と一緒にいられる事が嬉しかったし、この旅に参加してくれて本当に良かったと思っていた。ペルソの樹海までは。彼女がドラゴンの開いた口に向かって飛び込んで行った時、私は生まれて初めて絶望と強い後悔の感情を抱いた。何故彼女をこの旅に巻き込んでしまったのかと。
彼女は他を守るためならば、自分自身の事は平気で投げ出してしまうのだ。それは強固な自信の上に成り立っている事は分かってはいるのだが、それでも彼女に恋焦がれる私には許容できない。二度としないようにお願いしたが、軽く断られてしまった。そして、「同じ場面に遭遇したら、きっとまた迷いなく同じ事をします。」と言い切られてしまった。
しかし結果的に彼女がいなければ魔人を倒す事は出来なかったと思う。魔人に闇魔術をかけられて昏睡状態に陥ってしまったが、あの苦しみを彼女が受ける立場でなくて本当に良かった。あの痛みを耐える中でそう思った。彼女はすでに自分自身よりも大切な存在になっていた。
昏睡状態での夢の中、彼女が再びドラゴンと対峙しようとしていると聞いて私は飛び起きた。オルディアに向かって飛んでいる時も、何度もあの恐怖の映像が頭に浮かんだ。彼女がドラゴンの口に飛び込むあの瞬間の……。
そして実際、久しぶりに目にした彼女は四体のエンペラードラゴンに追いかけられ、さらに四体分のブレスを受け止めようとしていた。
「【風魔術 疾風乱刃】」
慌てて放った魔術のため、威力も精度も低くエンペラードラゴンを仕留める事は出来なかった。しかし、その動きを止めるには十分だった。
久しぶりに会った彼女はさらに強くさらに輝きを増していた。しかし、やはり宣言通りペルソの樹海と同じ行動を取っていた。死ぬつもりはなかったらしいが、勝つために己を犠牲にしようとしたのだ。
「だから……アーノルドはずっと傍で私を守ってください。今度、私の前からいなくなったら許しませんからね。」
彼女の言葉で私は思った。この世界一強い少女を守れるのは唯一私しかいないと。そして、彼女を守るために自分も彼女に負けないくらい強くあろうと心に誓った。
生まれて初めて自分よりも大切で、何よりも守りたいと思う相手が『世界一強い少女』なんて冗談のようだな……と思う。
「何で苦笑いしてるんですか?」
シルヴィアが問いかける。二人は話を終えて皆に合流しようと歩いているところだ。
「ん?ヴィアと両想いになれて嬉しいなと。待った甲斐があったよ。」
なんて誤魔化してみる。シルヴィアが真っ赤になって俯く。その姿が可愛すぎて、尊すぎて、眩しすぎて……私は彼女を摘み取って食べてしまいたい、と仄暗い気持ちを抱いてしまうのだった。




