90.アーノルドとこの世界の『システム』
『……ノルド。アーノルド。』
「うっ……。」
アーノルドは呻き声を上げて覚醒する。目を開けるとそこは何もない真っ白な世界だった。
「ここは……。私は死んだのか?」
『いいえ、貴方は死んでいません。ここは貴方の潜在意識の中です。』
「そう……。で、人の潜在意識の中に勝手に入ってきている君は誰かな?」
姿の見えない相手に臆する事なく笑顔で問いかける。
『私はこの世界の『システム』です。』
「この世界のシステム……?こんな所まで入り込んできていったい私に何の用かな?」
『貴方の、最後の記憶は何ですか?』
「最後の……。ノルド山に登って、魔人と。そうだ、魔人に闇魔術をかけられて!ヴィアたちは無事なのか?!」
それまでの笑顔が消えてアーノルドは焦りの色を滲ませる。
『はい。魔人は退治してダークホールは消え去り、ロゼフィアーレに平和が戻りました。彼らも皆無事でした。』
「そうか……それは良かった。」
アーノルドはほっと息を吐く。
『良かったですか?貴方はひとり眠り続けたままです。本来であれば、シルヴィアが眠る貴方に口付けをして目覚めさせる予定で……それでハッピーエンドだったのに。』
「は?どういう事?」
『魔人が放った闇魔術の解除方法は二段階あります。一段階目はすでにイレーネとシルヴィアが実行しました。第二段階はシルヴィアが貴方に口付けをする事だったのです。』
「全く意味が分からないな。」
『それがこの世界のシステムなのです。シルヴィアに対して一番好感を抱いている相手。すなわちこの世界線では貴方が魔人から闇魔術をかけられ、シルヴィアの愛の力で目覚めさせるというシナリオでした。』
「よく分からないけど、ヴィアはとても頭が良い子だ。そんな論理的でない事をする訳はない。それに恋人でもない人に対して、眠っている間に口付けをするなんて非常識なこともしないよ。」
『……。』
「システムだかシナリオだか知らないけど、早急に書き直した方がいい。」
『……善処します。』
「で、私はどれくらい眠っているんだ。」
『2週間ほどです。』
「2週間も……。今まで放っておいて、なんで今更ここに入ってきたのかな?」
『シルヴィアたちに危険が迫っています。』
「魔人は退治して、ロゼフィアーレは平和になったんじゃないの?」
『シルヴィアたちは今、オルディアにいます。崩壊寸前のノエルの故郷を建て直すために国中の魔物を討伐しています。』
「なんだって?」
『ノエルはオルディアの王都を守るために王城に残りました。今はエミリオ、ランドルフ、オズワルドと一緒にオルディアを旅しています。魔物たちは上位種に進化していますし、街は全て壊滅しているため野営を続けている状態です。』
「何でもっと早く起こしてくれない!男三人と野営なんて……。」
アーノルドは頭を抱えて座り込む。
『今はもっと良くない事が起ころうとしています。』
「良くない事?」
『はい。今シルヴィアたちが向かっている東の谷にはドラゴンの上位種が五体も潜んでいます。このまま進めば後数日でエンカウントします。』
「良くないどころじゃない、最悪だ。早く私を起こせ。あんたが書いたシナリオなんだろ。」
アーノルドが纏う空気が変わる。
『私が書いたわけでは……』
「いいから……早くここから出せっ!!!!」
その恫喝とともに真っ白の世界はパリンッと砕け散り、アーノルドは現実世界に引き戻された。その衝撃とは無縁の如く、アーノルドはゆっくりと瞼を開ける。
「アーノルド!」
眠るアーノルドの側に待機していたイレーネが駆け寄る。アーノルドはおもむろに身体を起こす。
「ヴィアたちのところへ向かう。」
「無理よ。2週間以上も眠っていたのよ。」
「大丈夫だ。それに彼らが危険なんだ。今行かなければ一生後悔する。」
「……。」
イレーネは眉を顰める。しかし、それ以上は何も聞かない。2週間寝ていた男から出てくる台詞にしては不可解だろうに。
「……分かりました。では、わたくしの代わりにこれをお持ちください。アーノルドのは闇魔術を受けた時に砕けてしまったので。」
イレーネは自分がつけていたペンダント型の魔道具をアーノルドにかける。もちろんヴィアのアトリエのものだ。
「ありがとう。」
そういうと、アーノルドはベッドから立ち上がり窓を開ける。そして窓枠に足を掛けると、何の迷いもなくそこから飛び降りた。
「え!ここ3階っ……。」
イレーネは慌てて窓に駆け寄るが、アーノルドは落ちていなかった。
「【風魔術 暴風】」
自分自身に魔術をあてて空を飛び、すでにかなり遠くまで移動していた。
「飛んだ……。」
更に凄いスピードで進んでいる。数秒後には目視できなくなった。
「まあ、魔道具を付けているしアーノルドが怪我をする事はないと思うけど。……何にもぶつからないといいわね。」
イレーネは祈りを捧げるため足早に療養室から祈りの部屋に移動した。ロゼフィアーレとシルヴィアたちの無事を祈るために。
「どうか皆んな、無事でいて……。」




