89.東の谷の魔物
「もうすぐオルディアの東の端に到着します。」
ナディアは進行方向の真っ直ぐ前を指差す。
「あの谷です。」
ナディアが指差した谷は、三方が大きな岩山に囲まれており見るからに不穏な空気が漂っている。
「あー、何事もないといいなー。」
ランドルフが棒読みでそう言う。
「いや、誰かさんが大きな大きなフラグを建設していたからそうはいかんだろう。」
「まあ、警戒するに越した事ないんで、そう言うことにしといてください。」
シルヴィアは訂正を諦めた。
それ以上に嫌な予感が頭をよぎる。オルディアをここまで追い込んだ厄災級の魔物がいるとしたらここに生息している可能性が高い。西の端の王都が無事だった事、王都の人々がその存在を知らない事からシルヴィアはそう考えていた。
「さあ、気を引き締めて行こうか。」
エミリオもいつもよりも低めのトーンで声をかける。エミリオも同じ事を考えているのだろう。谷の入り口で【磁石】を解いた一同は、ゆっくりと足を踏み入れた。
「拍子抜けするくらい何も出てこねえな。」
ランドルフはキョロキョロしながら先頭を歩く。岩山に囲まれているため、広範囲に高火力の魔術を出せるランドルフを先頭に置いた。
「ああ、でも油断はしないでくれ。」
隣を歩くエミリオが先ほどよりもトーンを下げて嗜める。
「わ、分かってるよ。」
普段と違うエミリオの様子に、ランドルフは不思議そうにしながらも頷き警戒を続ける。
バサバサバサッ。
「ぎゃーーー!」
突然頭の上に影ができ、翼が羽ばたく音が聞こえたためランドルフは飛び上がって悲鳴をあげる。
「鳥か。」
「鳥ですね。」
野鳥はランドルフの真上を通ったため、後方にいた他のメンバーは鳥を目視しており、驚いたのはランドルフだけだった。隣を歩いているエミリオは元より上空も警戒をしている。
「何だよ、驚かせるなよ。」
ランドルフは涙目で鳥が飛び去った後の空を睨みつける。
「上空の高いところを飛んでいたので、影がかなり大きかったですね。驚くのも仕方ありません。」
ナディアがランドルフにフォローを入れる。
「そうだよな、ナディア。」
「はい。わたくしも驚きました。」
野鳥に対して一ミリも動かなかったナディア、優しさの塊だ。ランドルフも落ち着きを取り戻し、どんどん足場の悪くなる谷を進んでいく。
「元々は川が流れていたのだろうが、枯れてしまったのかもしれんな。」
「確かに、少しずつ登っていってますね。」
五人は軽々と登っているが、普通の人であればここを歩こうとは思わないはずだ。
バッサバッサバッサ。
「来ましたね。」
「うそ……。」
「やっぱり出たね。」
「……。」
またも頭上を横切る影と翼の音がして、今度はランドルフ以外の全員が驚き後ずさる。
「何だよ、どうせまた鳥だろ。そんなに驚く……」
ドッシーーーン。
シルヴィアたちの方を向いていたランドルフ。地面が大きく揺れ、自身の後方に何か大きな個体が降り立った音がして彼は驚き固まる。
「え……。」
ギギギギギギ……と音がしそうなほどゆっくりと音の正体を確かめるランドルフ。
「ぎゃあああーーーーーー!」
その正体を確認した瞬間、目にも止まらぬ速さでシルヴィアの後ろに駆け込んだ。
「ドラゴンですね。」
「上位種だな。」
「エンペラードラゴン……。」
「まだ来ます!」
ナディアの声に反応してドラゴンの後方を見ると、さらに四体のドラゴンが飛来するのが見える。
どしん、どしん、どしん、どしんと四つの大きな地鳴りと共に次々と降り立つ四体のドラゴン。全て上位種のエンペラードラゴンだ。
「そんな事ありますか。」
「想像以上に最悪の事態だね。」
目の前には五体のエンペラードラゴン。シルヴィアたちは全部で五人。一人一体のエンペラードラゴン討伐のノルマが課せられた瞬間だった。
「まじ無理いいいーーーー!」
ランドルフの泣き言は谷中に響き渡るのだった。




