78.八方塞がり
その頃、イレーネたちは王都に向かう途中の街で宿をとっていた。アーノルドも慎重に荷馬車から下ろして宿のベッドに寝かせている。
「アーノルドの枕元に置いてある封筒は何?」
アーノルドの様子を見にきたイレーネが、エミリオに質問する。何かあっては困るため、エミリオはアーノルドと同室にしている。さすがにイレーネは別室だ。
「ああ、あれはヴィアから預かったお守りだ。アーノルドの意識が戻った時に自分が帰っていなかったら、すぐに渡すように言われている。」
「何が入っているのかしら?」
「分からないが、いつ目覚めるか分からないし枕元に置いておくのがいいかと。」
「確かにそうね。」
「……。」
ふたりは無言で顔を見合わせる。
「ちょっとだけ中を確認してみない?」
「そうだな。開けるなとは言われていないし。」
封蝋ではなくシールで留められているだけだったため、簡単に開けることができた。
「婚約の誓約書ね。」
「ヴィアのサインだけ入っている。」
「マルティーニ伯爵当主として書かれているわ。」
「一緒に入っているメモには、『婿に入ってもらえるなら提出して下さい』『大人しく帰りを待って下さい』と書いてあるな。」
「なるほど。これは……アーノルドの守りではなく、ロゼフィオーレのお守りという事ね。」
「そのようだ。」
二人は大きく頷く。そう、これはシルヴィアが用意したロゼフィオーレのためのお守り。アーノルドが起きた時にシルヴィア不在でパニックにならないために、暴れ出さないために用意されたものだ。
「目覚めた時にヴィアがノエルと一緒にオルディアにいるなんて知ったらどうなる事か……。」
「絶対に無くさないように気をつけましょう。」
「そうだな。」
エミリオはすぐに従者を呼び、封筒を保管するための鍵のついた入れ物を用意させた。
ノルド山から荷馬車で4日間走り、エミリオとイレーネ、アーノルドは王都まで帰ってきた。移動中もイレーネが【保護】をかけつつ【浄化】や【回復】をかけてみたりしたが、今のところアーノルドが目覚める気配はない。まずはアーノルドの実家に立ち寄り、両親に謝罪をしに行った。荷馬車で寝ているアーノルドを悲痛な面持ちで見つめたが「よろしくお願いします。」と頭を下げた。エミリオはきつく責められる覚悟もしていたが「騎士になるとはそういう事だ。」とアーノルドの父が呟いた。二人は「最善を尽くします。」と頭を下げてアーノルドの実家を後にした。その後すぐに王宮の神殿内にある療養室にアーノルドを運んだ。神殿内にいる事で、常に微弱の浄化を受けている事になるため、呪いや闇魔術の攻撃を受けたものの治療には最適な環境だ。
「王宮の聖女や白魔術師、闇魔術に詳しい者たちを集めておくよう連絡は入れてある。すぐにこちらに来るだろう。」
「私も同席しますね。」
すぐにぞろぞろと15人の専門家チームが療養室に入ってきた。
「「「「「「【浄化】」」」」」」
聖女たちは一斉に【浄化】をかけてみる。しかしアーノルドの身体には何の変化も起こらない。
「本当にただ眠っておられるようにしか見えませんね。」
「特に異常は見当たりません。」
「悪いところは特には……。」
白魔術師たちは代わる代わる診察するが、アーノルドを診た後は皆が首を横に振って離れていく。闇魔術チームにはエミリオから当時の状況を説明するが、皆が首を捻る。
「そのような闇魔術は聞いた事が……。」
「古代の魔術だろうか。」
「歴史学者にも相談した方がいいかもしれません。」
魔人の唱えた【闇魔術 黒紫磔刑】の治療方法はおろか、その魔術を知る者すらいなかった。その後、急遽王宮内にいた歴史学者たちを呼び寄せたが、同じ事を繰り返しただけだった。
「いったいどうすればいいんだ……。」
エミリオは頭を抱える。
「こちらはわたくしに任せて、エミリオはいったんヴィアたちを追いかけてください。とにかく早く解決して戻ってきてもらわないと。」
イレーネがエミリオの肩にそっと手を置く。
「そうだな。すぐに出発しよう。」
「アーノルドに何かあった時にヴィアが傍にいない、なんて事にならないように。」
「ああ。分かった。」
「わたくしも全力で治療にあたります。」
二人は目を合わせて深く頷くとエミリオは療養室を出て行った。




