77.ノエルと夜更かし
「眠れないの?」
「ノエル……。」
土壁の外には焚き火の前でポツンと座り込むシルヴィアがいた。ノエルも土壁から出てきて隣に座る。
「星が綺麗だなーっと思いまして。」
シルヴィアはノエルの方を見ずに笑う。
「もしかして泣いてた?僕、邪魔かな。」
「ううん、大丈夫です。ありがとうございます。」
「そっか……本当に綺麗な星空だね。」
町の灯りがない事で星の光がものすごく輝いて見える。
「私ね、ノエルの声好きなんです。だから、こうやって話していると癒されます。」
「そう……。それなら良かった。」
ノエルは星空を見上げて大きく息を吐く。
「……僕の声変わってるよね。」
「え?」
「この声が気になる事はあったけど、そんな風に言ってもらえたのは初めてだ。ヴィアにはいろいろもらってばかりだから、この声が癒しになるなら嬉しい。」
そう言って微笑みながらシルヴィアの顔を覗き込む。
「私は別に何もしてないですよ。」
チラリとノエルを見てシルヴィアも微笑む。
「そういうところだよね。無自覚で何でもかんでも人に与えまくるんだから。」
「そんな事ありましたっけ?」
おどけたように首を傾げるシルヴィアを見て、ノエルはふふっと笑う。しかしノエルの笑顔はすぐに消えてしまう。そして俯きながらポツリと呟く。
「……アーノルドの。」
その名を聞いた瞬間シルヴィアの身体がびくりと揺れる。
「アーノルドの傍にいたかったよね。」
「……いいえ。そんな事、思ってないです。」
シルヴィアは視線を地面に落として首を横に振る。
「ごめ……」
「謝るのはなしですよ。」
そう言いながらくるりとノエルの方に顔を向ける。
「……ありがとう。」
「はい。受け取ります。」
シルヴィアは大きく頷いた後、ふふっと笑った。ノエルもつられて笑う。
「アーノルドの側にはイレーネがついてくれていますし、何も心配していません。エミリオもきっと最善を尽くして、専門家を集めてくれます。」
「そうだね。」
「私が傍にいたって何も役に立ちませんから。死者を甦らせる薬は作れないし、死んだ組織を生き返らせる薬も思いつかない。奇跡を起こすのは聖女の仕事です。私は私の仕事をします。」
「……そっか。」
「はい。」
シルヴィアは再び夜空を見上げる。ノエルはそんなシルヴィアの横顔を見つめる。
「……アーノルドは死んでいないよ。」
「はい。」
ノエルの言葉に、シルヴィアは夜空を見上げながらその美しい横顔を歪める。
「……アーノルドは強いよ。」
「……はい。」
シルヴィアはそのまま目を瞑って何度も小さく頷く。
「僕はアーノルドを信じている。」
「……っ。」
ついにシルヴィアの瞳から涙が溢れて落ちる。
「私もアーノルドを……信じ……ます。」
一度流れ出した涙はなかなか止まってはくれない。ノエルはシルヴィアの背中をさする。
「泣きたい時は泣いた方がいいよ。」
「ごめんなさ……」
「謝るのはなしでしょ?」
ノエルがコテンと首を傾ける。
「ふふっ……ありがとうございます。」
「うん。受け取ったよ。」
シルヴィアは泣きながら笑った。ノエルは優しい微笑みを返す。ノエルに背中を撫でられながら、シルヴィアはそのまましばらく泣き続けた。
しかし、シルヴィアが少し落ち着いてくるとノエルの手がピタリと止まる。
「……ちょっと怖い話していい?」
「怖い話、ですか?」
いきなり怪談噺?とシルヴィアは首を捻る。
「目覚めた時にヴィアが傍にいなかったら、アーノルドがパニックになるんじゃないかな?」
「だ、大丈夫ですよ……多分。エミリオにお守りも渡しておきましたし。」
「お守り?」
「まあまあ効果はあると思うんですけど……。」
シルヴィアは腫らした目を拭いながら答える。
「僕、こんな風に二人っきりでいたら怒られるんじゃ……オルディアにとどめを刺しにこないかな。」
「まさか……。」
ノエルの顔色がどんどん悪くなる。シルヴィアの涙も完全に引っ込んだ。取り敢えず二人きりはまずいだろうと判断し、今日のところは早急に解散することにした。
「ノエル、おやすみなさいっ。」
「おやすみ、ヴィア。また明日。」
怪談噺なんかよりもさらに恐怖のアーノルド話であった。




