66.時間を下さい、本当に
パチパチと薪のはぜる音でシルヴィアは少し覚醒する。ああソファで眠ってしまっていたのだな、と思うが瞼が上がらない。もう少しこのままでいようと思っていると、ガチャリとドアが開いて誰かが談話室から出て行った。扉の方からエミリオの声がしたので、出て行ったのはエミリオかもしれない。静かだなと思ってまた意識が遠のき始める。
しかしふと嫌な予感がしてシルヴィアはパチリと目を開ける。
「ち、近くないですか?」
寝起きには刺激の強すぎる、破壊力抜群の美しいご尊顔が目の前にあった。
「おはよう。」
人好きのする笑顔を浮かべたアーノルドだ。至近距離で聞くその声も色気がありすぎてぞくりとする。
「な、何をしてるんですか?」
シルヴィアは怪訝な顔で尋ねる。
「寝顔が可愛いなーって思って見てたけど、寝起きの顔も可愛いね。」
とりあえず距離を取りたくて後ずさりたかったが、ソファの背が邪魔をして思ったよりも動けない。ちょっと眠っていただけなのだが、なぜ急にこんなにも危機的な状況に陥っているのだろうか。
「あの……。」
「ん?」
せっかくとった距離を、すぐさま詰められる。先ほどよりも近い気がするのは絶対に気のせいではない。
「こんな所で眠ってしまってすみませんでした。部屋に戻りたいのでちょっとだけ退いてもらってもいいですか?」
「何で?」
更に目の前に迫ってくる推しと同じ顔に耐えられず、アーノルドの胸を思い切り両手で押し返す。
「何でって、悪ふざけが過ぎますよ。アーノルド。」
「ふざけてないよ。私はいつでも真剣だ。」
「……っ。」
全力で押していた手をやんわりと取られ、口付けられた。
「私は……ヴィアの事を愛している。ずっと……ずっと一緒にいたい。……どちらかこの世を去るその時まで。」
「ーーーーーーっ。」
「ダメかな?」
そう言いながらも、シルヴィアの手首の周りにに口付けをするアーノルド。まるで手錠をかけられている錯覚に陥る。そしてシルヴィアが一番弱い、眉を下げた笑顔を繰り出すところが本当にあざといと思う。
アーノルドの顔も声ももちろん好きだ。前世の頃から本当に大好きだ。しかし推しだったアーノルドと今のアーノルドは違い過ぎて頭が大混乱している。さらに一番の問題は、シルヴィアの『推し』はアーノルドの『愛してる』とは全く性質が違うものなのだ。
「じ、かんが欲しいです。」
「時間?」
「今はまだアーノルドをそういう風には見れない……です。」
「私の事は嫌い?」
「……嫌いじゃないです。」
次に出されるであろう質問が頭をよぎり、シルヴィアは少し躊躇って答える。
「じゃあ好き?」
やはりその問いが投げられる。
「そりゃもちろん『推し』ですがっ……。」
「私も大好きだよ。」
思い切り抱きしめられ、耳元で囁かれる。時間が欲しいってくだりはどうなったのだろうか。思いっきり胸を押し返しているがびくともしない。魔術で吹き飛ばす……のは違うか。ソファー壊れたら困るし。股間を蹴り飛ばす……のも違うか。再起不能になって責任を取るなんて事になったら元も子もない。大声を出す……のも違うか。見知らぬ人が来て、戦闘が始まったら死人が出るかもしれない。シルヴィアは泣いていた。心の中じゃなくて普通に。
ガチャリ。
「「あ……。」」
ちょうど良いところにオズワルドとイレーネが帰ってきた。泣きながら『助けてくれ!』と目で訴える。
ガチャリ。
「待った!なぜ閉める。戻ってこーーーい!」
結局、シルヴィアは泣きながら大声で叫ぶ。
「あははははは。」
シルヴィアを抱きしめたまま大爆笑のアーノルドであった。




