50.ペルソの樹海
「何だかずっと同じところをぐるぐる回っている気がしない?」
「確かに……。」
「出てくる魔物もほとんど居なくなったな。」
翌朝マルティーニ伯爵の屋敷を出発した一行は、予定通りペルソの樹海にやってきた。樹海に入ってまだ三十分ほどだが、既に困った事になっている。ずっと真っ直ぐに歩き続けているはずなのだが景色が全く変わらない。樹海なのでそんなものだと思うかもしれないが、本当に同じ景色を繰り返し見ている気がするのだ。
「ちっともダークホールに近づいている気がしませんね。」
「小島でやった位置を探る魔術使えないかな?」
「やってみます。【土魔術 測量】」
シルヴィアは膝をついて地面に手を当てた。
「うーん、何だか変な波形が邪魔してよく分からないですね。まっすぐ進んでもダメそうなので、別の方向に……。」
シルヴィアは立ち上がり周りを見回して呆然とする。
「え……誰もいない?」
今まですぐ側にいた6人の姿が忽然と消えていた。彼らが自分を置いていくわけない。たぶん。
『……本当に?』
「え?」
急に声がして後ろを振り返る。
「……ひっ。」
シルヴィアは小さな悲鳴を上げる。目の前に現れたのは自分の姿だった。それも、シルヴィアではなく前世の姿。
『貴方が本物ではないと気付いたんじゃない?偽物のくせ……』
ヒュンッ。
シルヴィアが打った矢が当たり、その姿は消える。
『人殺し。』
別の方角からまた声が聞こえる。
『魔物もあんなにたくさん殺して心が痛くな……』
ヒュンッ。
また矢が当たって消える。しかし全く手応えがない。
「仕留めてないな。」
実態がない魔物なのかもしれない。もしくは幻覚を見せられているのか。
「どうする……。」
シルヴィアは一生懸命頭を働かせる。実態がないものに対して土魔術で対抗するのはなかなか厳しい。物理攻撃も然り。何か使えるものはないかと周囲を見回して、ひとつの植物が目に留まる。
「一か八か、やってみるか。」
そう言うと、シルヴィアはその植物の近くまで走り寄り、ダガーで刈り取る。そのまま素早く木の陰に隠れた。
『逃げても無駄。貴方は私なんだから。』
「……アレは幻覚じゃないな。」
消えたり現れたりとあちこちから姿を見せるが、その動線が見えてきた。そしてこちらが隠れた途端、アレの姿も見えなくなる。幻覚ならば、隠れても目の前に現れるはず。つまり、実態はないけど魔物で、それが前世の私に見えているだけ。
『出てきなさい。』
「これで最後にしてっ。」
シルヴィアは木の後ろから飛び出して弓を構えた。
『何度やっても無駄。』
声を無視して弦を弾き絞り、矢を放つ。
ヒュッ……グサッ。
「……っ!な、なぜ。」
「まさか本当にコレで効果があるなんてね。」
シルヴィアは先ほど刈り取った植物をヒラヒラと持ち上げる。
「それは!」
「アカンサスのトゲよ。神聖な植物と言われるけど、ウィスプにもダメージを与えられるのね。」
前世の自分の姿をしていたアレは、魔術が解けて今はただのウィスプにしか見えない。
「くっ……油断した。土魔術しか使えない小娘がぁ!」
ウィスプはシルヴィアを睨みつける。
「失礼ですね。白魔術も使えますよ。そして、あなたが利用した私の姿は薬師の頃のもの。」
シルヴィアは淡々と言葉を返す。
「ヤクシだと?」
「そうでした、この世界にはその言葉はなかったですね。つまり…。」
「ぐあああああーー。」
「あー、やっと効いてきましたか。弓矢には毒、鉄則です。」
突然苦しみ出したウィスプを他所に、シルヴィアは冷静に話を続ける。
「ぐっ…ぐっ…ぐふっ……。」
「薬師というのは薬のプロ、すなわち毒にも詳しい……って、もう聞こえてないですね。」
ジュジュジュ…ジューッ。
ウィスプは蒸発するように消えてしまった。シルヴィアはふぅ……と大きく息を吐くと、手に持っていたアカンサスのトゲを全て回収し、再び歩き始めた。




