106.アーノルドの予知、嵐が来る
翌日から、アーノルドとともに領内を周り、修繕が必要な場所を片っ端からリストにしていった。領民たちからの声も直接聞いて回る。しかし、皆が本音を話しているとは考えていない。匿名で意見を言ってもらえるように意見箱も領内各所に設置した。
「一つずつ精査して、改善や修繕が必要なものを一つずつ潰していきましょう。3年分働きますよ。」
「ヴィアが言うと本当にすぐに3年分やってしまいそうだよね。体を壊さないように気をつけてね。」
本当そう。多分それで前世は死んだ。
「なる早で修繕が必要なのでここの橋と水路ですね。」
「それから……。」
二人で話し合って決めた場所を領内のいくつかの土木会社に振り分ける。
「じゃあ、私はしばらく資材集めを手伝ってくるね。」
「資材集めですか?」
「一度に大量の仕事を発注してしまったから、多分資材の取り合いになると思うんだ。」
「なるほど。」
「動植物のあまりいなさそうな岩山と、木が生えすぎている森を見つけたからちょっと間引いてくるよ。」
「分かりました!よろしくお願いします!」
そうして数週間はアーノルドは山に石材と木材集めに、シルヴィアは畑で領地の気候に適した品種探しに明け暮れることになった。
「明日は嵐が来そうだね。」
そんな中、共に朝食をとっていたアーノルドが窓の外を見ながら呟く。この屋敷の朝食室には大きな天窓があり、空を見渡せるようになっている。
「嵐ですか?」
シルヴィアは首を大きく傾ける。外はどう見ても快晴だ。
「うん。風の向きや湿度で分かるんだ。風魔術師は皆んな分かるんじゃないかな?」
そんなことは聞いたことがないため、アーノルドもしくは筆頭公爵家がおかしいだけだとシルヴィアはすぐに理解する。
「それは大変ですね。せっかく整備を始めたところなのに。」
「どうせ明日の嵐で倒れてしまうだろうから、その辺に生えている木を加工して防風柵を作ろう。」
「そうですね、手伝います。」
この数週間でシルヴィアとアーノルドの評価はすでに上がっていたため、領民たちは何の疑問も感じず言葉に耳を傾けてくれた。アーノルドが作った木材で畑や家屋に暴風柵を設置していく。
「家畜はどうしよう?」
家畜小屋を設置しているような大きな家は問題ないのだが、放し飼いにしている家も多い。
「私の【土壁】で囲ってみましょう。」
「うん、いいかもしれないね。」
「【土魔術 土壁】」
ヒヒーーーーン!!!
モーーーーーーーー!
ドタバタドタバタドタバタ………。
「逃げましたね……。」
「驚かせてしまったみたいだ。」
この失敗を活かして、次からはいきなり【土壁】で囲うのではなく、【土壁】で作った家の中に家畜の好物を用意してもらい、自ら中に入ってもらうことにした。確かに、人間でもいきなり【土壁】に閉じ込められたら驚いて逃げ出そうとするだろう。シルヴィアは配慮が足りなかったと反省する。最初に驚かせてしまった家畜たちは【鎮静】で眠ってもらい、人の手で運び入れることにした。体の周りにこれでもかと好物を並べさせていただいたので、起きた時には機嫌が直っているといいなと思う。
「こんなもんですかね。」
「工事中の場所も補強を入れてもらったよ。」
「ありがとうございます。」
残すは伯爵の屋敷のみだ。用意していた資材が底をついてしまったため、庭なども含めて敷地全体を【土壁】で覆い……。
「暗いな……。」
「夜になってからで良さそうですね。」
一度解除し、日が暮れてからもう一度かけ直した。
そして翌日、真っ暗な屋敷の中で蝋燭を燈し、使用人たちも含め皆ゆっくりと過ごした。外はもちろん大嵐である。
「ふふっ、たまにはこうしてゆっくりと過ごすのもいいね。」
「はい、最近は忙しく働いていましたから。」
シルヴィア微笑みながら頷く。
「それはそうと、アーノルド。何だか今日はいつもより距離が近すぎじゃないですか?」
「そう?気のせいじゃない?」
朝からベッタリとシルヴィアにへばりついているアーノルド。邸内が真っ暗であり、使用人たちも仕事にならないため休息をとっていて人目もない。常に二人っきりだし、気を抜けばアーノルドの空気に流されてしまいそうだ。
「絶対に気のせいじゃないです。適度なパーソナルスペースを保ってください!」
「嫌だ。」
「子どもじゃないんですから!」
「子どもじゃないよ。……子どもじゃないからもっとひっついていたいし、もっと一つになりたい。」
アーノルドの顔がさらに近づき、鼻と鼻が引っ付きそうなほど目の前で止まる。
「いつまで待てばいい?」
そして上目遣いでシルヴィアの瞳を覗き込む。真っ暗な部屋に蝋燭の光だけが揺らめき、最高のムードを作り出しているところが最悪である。シルヴィアの顔は紅潮し目も涙目だ。本当に勘弁してほしい。
「こ……。」
「こ?」
「……。」
真っ赤な顔で固まり、それ以上話さなくなったシルヴィアを見てアーノルドはくすりと笑うと角度を変えてさらに距離をつめる。唇と唇が触れた瞬間シルヴィアの身体がびくりと揺れ…………アーノルドが勢いよく突き飛ばされた。
ドンッ。
「え?」
ソファーの上から部屋の壁まで突き飛ばされたアーノルドは驚愕の表情を浮かべる。シルヴィアの単純な腕力ではここまで吹っ飛ばないはずなのだ。そしてそれまで固まって動かなかったシルヴィアが勢いよく立ち上がり、左手の甲を思い切り突き出す。
「こ、この指輪が外れたら考えます!!!!」
「え?」
それはアーノルドがペルソの樹海帰りに購入し、眠っているシルヴィアに勝手に嵌めた魔道具の指輪だ。魔術を吸い取る魔物の攻撃を受けなければ外れないようになっている。
「そんなぁ……。」
「自業自得です!」
左手の薬指に嵌っているため、これが外れなければ結婚指輪をつけることもできない。指輪交換もできないため結婚式も挙げられない。シルヴィアはそう言いたいのだ。
「1日1回、今日は終わりましたからね!」
それだけ言うと、シルヴィアは部屋を走り出て自分の部屋に閉じこもってしまった。
「そんなやっつけ仕事みたいに言わなくても……。」
アーノルドは苦笑いだ。
「でもまあ……あの指輪が外れればいいわけだ。」
そう言ったアーノルドの瞳は怪しく光っていた。




