104.泥だらけのシルヴィア
突然マルティーニ伯爵領に現れたアーノルドに驚きつつも、屋敷を一通り案内し、最後に今は使っていない部屋の前まで連れて来た。
「アーノルドはこの部屋を好きに使ってください。模様替えしてもらって大丈夫です。」
そう言いながら部屋の扉を開ける。一応、アーノルドが婿に入ったら使ってもらおうと思っていた部屋だ。まだ先の話だと思っていたため何の準備もしていなかったが……。
「ヴィアの部屋は?」
アーノルドは部屋を見回しながら尋ねる。
「向かいが私の部屋です。困った事があったら何でも言ってくださいね。」
「寝室は一緒じゃないの?」
眉を下げて上目遣いのアーノルド。油断したら大ダメージを喰らう技だ。
「それはまあ、追々……。まだ婚約中ですし、結婚が成立してからで。」
何とか持ち堪えるシルヴィア。
「結婚の準備は?」
「……特に何も。」
「へえ……本当に結婚する気ある?」
アーノルドはにこりと笑って首を傾げる。懐かしの激おこモードが発動しかけている。これはまずい……。
「あ、ありますよもちろん!人を結婚詐欺師みたいに言わないで下さい!」
ここでシルヴィアは全力で結婚を肯定。
「…………。」
何とかアーノルドを丸め込むことに成功した。
「と、とにかく今日はここで休んで下さいね。使用人に掃除をさせますので、一旦応接室でコーヒーでも。」
「いや、自分で掃除するよ。急に押しかけた私のために手を煩わせるのも申し訳ない。」
「アーノルドが?」
「見習いの騎士は自分の部屋は自分でするんだよ。私も入団して数ヶ月は自分で掃除をしていたからね。」
「……分かりました。私はまた先ほどの畑に戻りますので、何かあれば近くの使用人に聞いてください。」
「うん、ありがとう。」
アーノルドは笑顔でシルヴィアに手を振る。シルヴィアは何度も振り返りながら部屋を後にした。
「本当に大丈夫かな……。」
シルヴィアは畑に戻り苗を植えながらも、時折アーノルドの部屋を見上げてみる。しかしそんな心配を他所にアーノルドはせっせと部屋を片付けている。寝室が別な事には多少の不満はあるものの、シルヴィアと同じ屋根の下、しかも隣の部屋で暮らせるのだ。アーノルドは物凄くご機嫌だった。そして夕方シルヴィアが様子見に行くと、先ほどの部屋はアーノルドの手によってピカピカに掃除されていた。
「本当に貴方たち何も手伝ってないの?」
「はい、全く。掃除道具をお貸ししただけです。」
部屋の入り口に使用人と共に立ち尽くすシルヴィア。アーノルドは満遍の笑みで部屋の真ん中に立っている。『褒めて褒めて』とぶんぶん尻尾を振っている幻覚が見える。
「さすがアーノルドですね。ピカピカです。」
期待通り褒めてみる。
「ふふっ、ありがとう。よかったらシルヴィアの部屋も掃除するよ。」
怖い。激甘の笑顔で提案してくる所が、めちゃくちゃ怖い。激甘の笑顔のまま距離を詰めてくるアーノルド。シルヴィアは気付かれないよう慎重に後ずさりながら、丁重にお断りを入れた。
しかしこれで更に『騎士がモテる理由』が分かった気がする。強いだけじゃなかった。料理もできる、掃除もできる。普通にすごい。そして掃除のため騎士服を脱いでラフな格好に着替えているアーノルドに少し………いや、かなりときめいてしまったのは内緒にしておこう。絶対にバレてはいけない。シルヴィアの頭の中には『このハイスペ男は何故こんなにも自分の事が好きなのだろう』という疑問が、またも沸々と湧いてくる。
「もうすぐ夕食の準備ができるようだから着替えて晩餐室に下りましょう。」
この屋敷の主人は屋敷の中にいる誰よりも泥だらけであり、主人のパートナーは誰よりも埃まみれである。
「そうだね。ヴィアは顔まで泥だらけだよ。」
アーノルドはふっと目を細めてシルヴィアの顔を指で拭う。お世辞にも美しい姿ではないが、こんなシルヴィアの姿でもこんなにも愛おしそうに見つめてくるアーノルド。もはや何かの洗脳にかかっているんじゃなかろうか、とシルヴィアは少し心配になってきたのだった。
お待たせしております。
第三部.マルティーニ伯爵領編開幕です。
シルヴィアとアーノルドは婚約してから距離を詰めていくスタイルです。たぶん。




