後編 セブン邂逅
浮雲は普段は1人プレイをしている、いわゆる『ソロプレイヤー』らしい。
「仕事の関係でログイン時間がまちまちだからね~。1人でまったりプレイが基本なんだ」
「なるほど。そうですか」
社会人ともなれば、そういう人は多いだろうと頷く。
「タメ口で良いよ。えっと、セブンちゃんは?」
「呼び捨てで構いません。いや、構わない…。私はこの1ヶ月はほとんどログインしている予定」
「ああ、夏休みだもんね」
そこそこレベルも上がったので、町に帰る道中に浮雲に色んな事を聞いた。
元来世話焼きらしい浮雲から見て、私は随分と不安な存在らしい。
「長期の休みともなると、事前情報無しの学生さんとか新規でよく来るんだ。
今はフレンド招待が無いと新規登録出来ないから、大体は既存プレイヤーと一緒なんだけど、セブンは1人だったから気になっちゃって」
それでわざわざ付いて来たらしい。
「やっぱりゲームは楽しんでほしいからさ」
「浮雲はどの位プレイしているの?」
「1日のプレイ時間自体はそんなに長くないけど、βからいるよ」
「ベータ?」
「試作段階からって事。セブンは本当にゲームに詳しくないんだな」
言われて素直に頷く。スマホゲームもほとんどやらない。
「それで何で【道化師】なんて選んだかな…。肉弾戦やりたいなら、【拳士】になれば良かったのに」
「その方が楽しませれると思って…。素手で殴ってたのは、武器を持ってなかったからなんだけど」
そう答えたら、装備品の提示を求められた。
「何で【道化師】がナックル…。防具もほとんど装備してないじゃないか。こんなんじゃすぐ『死に戻る』よ」
武器屋で購入したのは、拳に巻くタイプのナックルとナイフ。防具は動きにくくなりそうなので最低限にとどめた。
「何が正解か分からなくて…」
「フレンド招待してくれた人に聞かなかったの?」
聞いたのは、キャラの容姿設定くらいなので頷いた。
心配そうな浮雲にフレンド申請を受け、フレンドコードを交換した。
フレンド登録をすると、フレンド・コールで通話が出来たりパーティが組みやすくなるらしい。
「浮雲はジョブは何なの?」
浮雲は剣も持っていないし、杖も無い。剣士や魔法使いではなさそうだ。
「俺?俺は今はメインは【医師】で、サブは【紋章官】。控えで【墨家】と【アサシン】も持ってるよ」
全く知らない名前に眉を顰めた。
話には聞いていたが、ジョブには本当に色んな種類があり、ソロで古参プレイヤーの浮雲は色々なスキルやジョブのレベル上げをして楽しんでいるらしい。
「【医師】は【薬師】と【治癒士】をジョブレベル20以上にして、INTを基準値クリアしたら出てくる上級職なんだ。
【紋章官】は更に面倒で、【墨家】と【神官】と【魔法使い】。【墨家】になるには、まず【調香師】と【薬師】を上げないといけない」
聞いていたら頭がこんがらがりそうだが、浮雲はこういうのを見つけていくのが楽しいらしい。楽しみ方は人それぞれ。それがこのゲームだ。
「俺はそうやって自己完結で色んな事して楽しんでるけどね、トップランカーって呼ばれる人達は攻略の為に自分の明確なビジョンを持ってレベル上げしてるよ」
ちょうど町に着いて、ギルドカードを提示して門を通る。
まだ夕方前の町並みに、ひとまずギルドで任務報告をしてからどこかで夕食を食べよう。そろそろ空腹度がやばい。
「ああ、ちょうどあそこにいるプレイヤーがトップランカーだよ。珍しいな、『始まりの町』にいるなんて」
指差された先にあった人垣に目をやる。
プレイヤーらしき人達にしきりに話しかけられている輪の中心に、銀髪をオールバックにした鎧姿の長身の男がいた。
青い目は、ギロリとこちらを見ている。
「トップランカーの【シリウス】だよ。
戦闘特化で古参だけど、ランカーとして急に上がってきたのは最近のプレイヤーだ。基本はソロで行動するから、フレンド難易度も高いみたいだけど…あれ、そう言えばセブンと色合い似てるね」
浮雲の言葉を聞きながら、私はそうだろうと頷いた。
だってこの色合いは、【彼】の指定だ。
「え?」
周囲の人を掻き分ける様に、ガチャガチャと鎧を鳴らして、【彼】が私に向かってくる。
目の前に立たれると、その身長差に見上げる羽目になり、首が痛い。
「…遅い!」
「まだログインして初日だけど」
心外だと答えたら、余計怒らせた。
「ゲーム時間ではもう1日以上経ってる。普通ログインしたらすぐにフレンド・コールするもんだ…」
怒りを必死で抑え込んだ口調で言われ、なるほどそういう『キャラメイク』なのかと理解した。
確かにログイン前はそうしようと思ってたけど、チュートリアルクエストとかやってたら楽しくなってきて、すっかり忘れていた。
「それに、そいつ…何?俺に連絡も寄越さないで、フレンド増やしてた訳?」
実際にそうなので、これは弁解の余地が無かった。
「すまん」
「っ!!!」
素直に謝ったのだが、目の前の長身の男【シリウス】が歯を食いしばった後、急に消えた。
「ログアウトした…?
え、セブンってシリウスの知り合いだったの?」
目を瞬く浮雲と周囲に、どうしたものかと考えたが、優先すべき事は1つだった。
その為に、このゲームを始めたのだから。
「ごめん、また今度話す。
私も落ちる」
そう告げて、ログアウトボタンをタップした。
バタバタバタバタ!!!バン!!!!
バイザーを外して起き上がる前に、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「菜奈、ドアは静かに開けなさい」
「…っるっさい!!お兄ちゃん私のお願い聞く気あるの!!?約束が違うじゃない!!」
部屋に入ってきた妹が髪を振り乱して、乱暴な口調で怒鳴る。
以前はポニーテールに結んでいたのに、部屋に閉じこもる様になってからは、結ぶ事もしていないらしい。
「どうしてだ?お前の要求通り、銀髪青眼の女性キャラでマルチをプレイし始めただろう?
菜奈が、ゲームの中でなら話してくれると言ったからじゃないか」
「だったらすぐに私の所に来なさいよ!!楽しんでんじゃないわよ!!!
誰のせいで私が学校に行けなくなったと思ってんのよ!!!」
妹の菜奈は、今年高校に入学したばかり。
俺は18で家を出て、土木業をしながら一人暮らし。
いや、16~18の時代もあまり家に帰っていなかった。
あの頃は再婚相手の娘である菜奈が少し難しい病気をして、遠くの病院に入院していて、親もそれに掛かりきりだった。
だからと言った訳では無いのだが、バイクの免許を取ったばかりだった事もあり、友人に誘われるまま【走り屋チーム】に出入りする様になり、その規模がどんどん大きくなっていって、菜奈が退院した後も溜まり場に入り浸る事が多くなっていた。
高校卒業と同時にスッパリやめて、真面目に働いていたつもりなのだが、菜奈の入学した高校にたまたまかつての【チーム】を知る生徒がいて、それが学校中に広まった。
抗争はあったが、あからさまな犯罪行為をした覚えは無いのだが、『そういう人種』は周囲からは皆同じに見えるらしい。
入学したてだった菜奈は周囲の目に耐えれなくなって、部屋に引きこもる様に。
両親からのヘルプを受け、俺は1ヶ月の有休をもぎ取り、妹の元へ駆けつけた訳だが、妹は引きこもった上に、ゲーム廃人になっていた。
親のカードで課金三昧、とかではないのだけ救いだったが、ゲームの世界で自分の理想通りにいく楽しさを知った菜奈は、なかなかこちらの声に耳を傾けてくれない。
しかも俺は恨みの対象だ。
根気強く(開けようと思ったら片手でいけるけど)開かないドアに話しかけた結果、ドアの下から差し出された紙に書いてあったのが、あのゲームのアドレスとフレンドコード。
いくつかの条件を出されたが、ゲームの世界でなら、俺の話を聞くと言ってくれた菜奈の為、俺はこうして初めてのVRMMOを始めた訳なんだが。
「思いのほか、やる事が多くて楽しくなってた」
「お、お兄ちゃんのそういう所がね…っ!」
菜奈が顔を真っ赤にして何かを言いかけた所で、キュルルルといった可愛らしい音が部屋に響いた。
「!!!」
「ああ、もうこんな時間か。
せっかく部屋から出てるんだから、今日は一緒に晩飯食うか」
時刻はもう19時半。ゲームに夢中になっていたらしい。
「…っ一緒になんて食べないわよ!!!」
これ以上ない位赤くなった菜奈は、涙目でそう叫ぶと再び部屋に閉じこもってしまった。
仕方ない、今日も食事は部屋の前に置いておこう。
「そう言えばゲーム内で【料理人】のジョブがあったな。ゲーム内でなら、俺が作った物食べてくれるかな?」
食事が済んで再ログインしたら、試してみよう。
まずはリアルの食事だと、俺は冷蔵庫の中身を思い出しながら部屋を出た。
これにて完結です。ちゃんとミスリード出来てましたでしょうか?
1話に収めれず、3話になった為、何だか薄いお話に。
後は蛇足
【兄】
星也(27歳)土木業
10歳の時に父の再婚で、妹が出来る。
ちょっと天然で流されやすく、友人に誘われて『チーム』に入り、最終的に関東連合副総長まで登り詰める。
当時はリーゼントでも金髪でもなく、黒髪オールバック。一番ガチなやつ。
渾名は『撲殺特攻』『鮮血の黒豹』。
ゲーム内でもとりあえず手が出る。殴れば解決癖。
ゲーム内での名前や髪型は、もちろん妹から。
【妹】
菜奈(16歳)高1
入学して間もなく、走り屋チームに憧れる上級生に星也の妹だとバレて大騒ぎされ、引きこもり廃ゲーマーに。
本当は兄が元ヤンっていう事よりも、本当の兄妹じゃなかった事を知ったのと、自分のせいでグレたんじゃないかと考えて引きこもりになった。
ゲーム内での、最強イケメンを目指す先にあるのは兄な事には自分でも気付いている。
【シリウス】は一番輝いている【星】から。