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「お待たせしてごめんなさいね。」
汗を拭いた蘭子が笑顔で戻ってきた。
彩花は不躾にならない程度に蘭子のことをじっと観察してみる。
やはり腕や脚は、一般女性と比べてもかなりしっかりと筋肉がついている。朝はふんわりとした袖の服やスカートであったため全く気付かなかった。
それでいて女性らしいシルエットだ。
身体についている脂肪の7割は胸部に付いているに違いない!
と、周りに気付かれないように彩花はそっと自分の胸を見た。
「お時間を頂いてしまいすみません。黒崎と言います。現役選手の方のお話を聞けるだなんて嬉しいです。」
黒崎は笑顔で話す。その笑顔に蘭子と神崎はすっかり黒崎の事を信用したらしい。
「黒崎さんはパワーリフティングに興味があるの?」
「受付の方の熱の篭ったお話を聞いて少し気になった、という方が正しいのかもしれません。内山さんはいつからこの競技を?」
「実は高校時代からなの!」
黒崎が上手く誘導しながら情報を聞き出していく。
歳が近そうな女性が競技に興味を少しでも向けてくれた、ということに蘭子も嬉しかったようだ。話がどんどん盛り上がっている。
そんな様子を眺めていた彩花に、そっと神崎が声をかけた。
「君も競技に興味が?」
「いやー、あたしはあの人の説明の熱量に引いちゃってさぁ。」
彩花は苦い表情を浮かべながら正直な感想を話す。その顔を見た神崎もははっ、と声を出して笑った。
「分かるよ!とても良い人なんだけどね。ちょっと熱が入りすぎる所があるよね。」
お?神崎も爽やかマッチョの見た目通り、普通な良い人っぽい感じじゃん。
……タイプじゃないけど。
心の中でそう呟きながら、彩花は神崎に話を聞くことにした。
「神崎さんは内山さんのトレーナーさん、なんだっけ?元々知り合いだったの?」
「違うよ。僕が蘭子さんの店にたまたま買い物に行ったのがきっかけでね。他の店員さんより随分体幹がしっかりしてそうで、何かスポーツしてたんですかって聞いたのが始まりだったんだ。」
はぁ〜ナンパね。
と口から出そうになったが彩花は慌てて飲み込む。
危ない!聞き込み中に喧嘩売るとこだったわ。そもそも喧嘩して勝てるような、生半可な筋肉じゃないよ!
ちゃんと飲み込んだあたしはえらい、と彩花は静かに己を褒め讃えた。
「彼女も一旦競技から離れていたそうなんだけど、またやりたいと思ってたみたいでね。僕も怪我をしてトレーナーに転向した直後だったし、彼女のサポートをすることにしたんだよ。」
「へぇ〜、そうだったんだ。」
彩花が危うく失言しかけた事など知らず、神崎は言葉を続けた。
つまりは、蘭子さんをナンパしたのは神崎さん。
んで、こうやって時々会う関係に至ったって事ね。
彩花は相槌を打ちながら、あまりにもざっくりとした理解をする。
鳴海が聞いていたら書類の束で叩かれていただろう。
「本当に彼女は素晴らしいよ。」
ふと、神崎が蘭子に視線を向けた。
その優しい眼差しに、もしかしたら、と彩花の直感が働いた。
次に来る言葉は重要かもしれない……、と。
彩花の内心を知る由もない神崎は、蘭子を見つめたまま誇らしそうに言い出した。
「復帰してそこまで経ってないのに、もう次々と大会に出場しては記録を出し始めてるんだ。」
「……ん?」
「高校から大学までやってただけあるね。社会人になって一旦離れたようだけど、メキメキと記録を伸ばしているよ。」
「……え?」
「次の大会では表彰圏内までいけるかもしれないね。」
「……え??」
神崎の口から浮気の証言が飛び出すものだと思っていた彩花は、思わず声を漏らした。
神崎の方と蘭子をキョロキョロと交互に見る。
大会?記録?表彰圏内?
浮気調査では出現しないであろう言葉の数々が並ぶ。
「トレーナーとしての初めての生徒が彼女だったことを、僕は嬉しく思うんだ。本当に感謝してるよ。」
あれ、これもしかして浮気じゃない……?
ここに来て浮気じゃない可能性が浮上してきた、と彩花は思い至り始めてきたのだった。




