⑦
ー同時刻。
鳴海と立花はジムの外で待っていた。
道路を挟んだ向かいに都合良くテラス席のあるカフェがあったため、2人はコーヒーを飲みながら情報整理をすることにしたのだ。
彩花に見つかれば、2人だけコーヒー飲んでズルい!と怒り出しそうだが、見つからなければどうということはない。
「黒崎さんと彩花さん、上手くいってるといいですね。」
「...あいつらなら大丈夫だろう。」
立花の言葉に鳴海はそう言いながらコーヒーを1口、口に含む。
今回、彩花と黒崎をジムへ潜入させようと提案したのは鳴海だった。
万が一蘭子と話すことになったとしても、女性2人の方が警戒心も薄まるだろう。
鳴海がそう説明していたのだが、鳴海ってあたしの事ちゃんと女性だと認識してたんだね!と彩花が全く関係ないところに反応していたのを思い出す。
眉間に皺が寄りそうになったが、もう1口コーヒーを飲み、冷静さを取り戻すことにした。
「所長って人を見る目がピカイチなの、本当に尊敬してますよ。」
立花が急に褒める。鳴海は訝しげな表情を浮かべた。
「黒崎さんだけじゃなくて彩花さんを一緒に行かせたのも、あの時言った理由だけじゃないんでしょう?」
「...あいつは観察力がある。そして確信に迫ることができる。無意識だろうが、それはれっきとした才能だ。」
「黒崎さんはともかく、彩花さんのことはいつも絶対に褒めないですよね。いない時はちゃーんと褒めるのに。」
「聞けば調子に乗るからだ。」
揶揄うような立花の言葉を無視して、鳴海は苦い顔をしながらコーヒーを飲んだ。
ー午前9時48分。
「...パワーリフティング、ってなに?」
黒崎と思わず目を見合わせた彩花が、案内してくれている受付男性に尋ねた。
「パワーリフティングを知らないかい!そうかそうか!私も選手を目指した事があるんだ!怪我で諦めてしまったがな!パワーリフティングっていうのは!」
受付の男性は嬉々として説明を始める。
パワーリフティングの魅力が伝わる、熱の篭ったプレゼンだ。興味を持っている人なら始めるきっかけにもなりうる程には上手かった。
ただし今はそれをのんびり聞きたいわけではないのだ。
がーっ!聞かなきゃ良かった失敗したー!
迂闊な質問をしてしまった、と彩花は頭を抱える。
涙目になりながら黒崎に視線で助けを求めた。
彩花の様子に黒崎が苦笑する。
男性の言葉に相槌を打っていた黒崎が話しかけた。
「パワーリフティングというのはつまり、シンプルな力比べって感じなんでしょうか。ですが、だからこそ日々の努力が記録として実を結び、達成感が得られる...。素晴らしいですね。」
「そうなんだ!その通りなんだよ!」
男性は感動の涙を流さんばかりの勢いだ。
「せっかくその選手とコーチが目の前にいらっしゃる貴重な機会ですので...。もし良ければお話を伺ってみたいのですが、ジム内では話しかけてはいけない...とかありますでしょうか。」
「そんなことは無いよ!私が仲介しよう!」
天才とは黒崎のためにある言葉だよぉ...
と、心の中で拍手喝采を送り尊敬の眼差しを送る彩花。視線に気づいた黒崎が笑いながら周囲に気付かれないように、彩花へこっそりとウインクを返した。
男性は蘭子と神崎の方を向く。
そしてジム全体に響きわたりそうな声で
「内山さーん!神崎さーん!」
と声を掛けた。
彩花は思わず耳を塞ぐ。
知り合いだったら後頭部を引っ叩いてるところだ。彩花は恨めしそうな目で男性を見たが、幸いな事に男性は背を向けていたため気付くことはなかった。
彩花と黒崎は受付男性とともに蘭子と神崎の元へ向かう。
「この2人がパワーリフティングに興味があるようでな!折角だからお話をしてあげる事はできないかな?」
と男性は蘭子と神崎に話しかけた。
「あらそうなの!嬉しいわ。」
蘭子が答える。隣で神崎は笑顔を見せていた。
「先程受付の方からお話を伺いまして。選手とコーチが目の前にいるなんてとても貴重で素敵な偶然でしたので...。本当に突然すみません。」
「ちょうど休憩をしようと思っていたの。少しおまたせしてしまうけど、汗を拭いてからでもいいかしら?」
黒崎の言葉に嬉しそうな表情で答える蘭子。
待っててね、と近くに置いてあったタオルで汗を拭っていた。
蘭子はパーフェクトウーマン...。
と彩花は脳内のメモにそっと情報を追加した。




