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鳴海探偵事務所へようこそ  作者: デン
夕暮れと忘れもの
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19/20

ー午後2時50分。


立花と黒崎に防犯カメラの確認を任せ、鳴海と彩花は引き続き商店街の聞き込みに回っていた。


惣菜屋、八百屋、駄菓子屋、団子屋……。


朝、彩花に話を聞かせてくれた人たちの所へ順番に回ってみたが、新しい情報を得ることは出来なかった。



最後の目的地である魚屋に向けて、2人は進んでいた。

午後になっても人の流れは絶えず、商店街は賑わいを見せている。


時々手帳を開きながら静かに歩く鳴海とは対照的に、鼻歌を歌ったり手を振ったりと、道中も彩花は1人騒がしくしていた。


が、突然鼻歌が止まり、歩く速度も緩やかになっていく。

やがて彩花は、その場でぴたりと足を止めてしまった。

急に背後が静かになったため、鳴海が振り返る。

すると俯く彩花の姿があった。


「どうした。」


と聞く鳴海の声に、勢いよく顔を上げると


「なーるーみー!きゅーうーけーいー!」


彩花は騒ぎ出し、細い路地の方を指差す。


「これからあそこで休憩とします!」


それだけ言うと、彩花は脇目も振らずに路地に向かって歩き出した。


その姿に鳴海は呆れたような視線を投げた。

しかし、当の彩花はそんな事などお構いなしに路地を目指している。

笑って指摘する立花も、困った顔で笑う黒崎も、今ここにはいない。


鳴海は小さくため息を吐いたあと、無言でゆっくりと彩花の後を追った。




細い路地に入ってすぐ、彩花は壁にもたれかかった。

ふぃ〜、と口からリラックスした声が漏れる。


別に人混みが苦手なわけではない。

だが、聞き込み前に色々あったせいか、少し精神的に疲れたような気がしていた。


ひと息ついた彩花はふと、思い立ったようにスマートフォンをバッグから取り出す。

そして慣れた手つきで両親指を素早く動かすと、文字を打ち始めた。


『やっほー黒崎!そっちはいい感じー?

こっちはいま情報整理しようとしてるところ!』


取って付けたような理由だ。


まぁ、情報整理も休憩も大体一緒だもんね!


彩花は1人頷き納得する。

誤字がないかだけさらりと確認したあと、送信ボタンに指を置いた。


送信してすぐ、顔を上げると鳴海がゆっくりとした足取りでやってくるのが見えた。

彩花はスマートフォンをしまいながら、鳴海の方に視線を向けた。そして


「あたしの隣、空いてるぜ……。」


彩花はニヤニヤしながら左腕を広げると、己の隣をツンツンと指差した。


「……。」


鳴海は無言、無表情で彩花の手前、左腕がギリギリ届かない位置で壁にもたれかかった。


「レディのお誘いに乗らないなんて!鳴海の将来が思いやられるよ!」


ノリの悪さに口を尖らせ不満を口にした彩花だったが、鳴海は無視をした。

そしておもむろに手帳を開くと、真剣に見始めた。


彩花はもう……、と言いながら腕を下ろす。

そのまま大股で鳴海の方へ近付き隣まで来ると、背伸びをしながらその手帳を覗き込んだ。


ただ、覗き込んだところで、鳴海の手帳は解読などさっぱり出来ない。

そもそも手帳の文字が日本語や英語では書かれていないのだ。


一緒に手帳を覗いて考えている姿が、探偵っぽくて良い!というだけなのである。



手帳を覗き込む彩花に気付いた鳴海が、ほんの僅かに腕を下げた。


「お、鳴海ありがと!」


素直に感謝して、彩花は改めて聞き込みでの情報を振り返ることにした。


「結局分かってるのって、人の影を見てないってのとー、近所の子どものイタズラじゃ無さそうってのとー、商品が無くなる前に鈴の音が聞こえたっていうのとー。」


彩花は指を折りながら、頭のなかを整理するように言った。


「そんなもんじゃない?」


彩花は鳴海に確認するように言うと、首を傾げた。

聞き込みで得た情報は本当にそれくらいしかない。

彩花には、事件の真相に迫るような、そんな有力な情報は全然得られなかったように感じた。


鳴海は手帳を広げたまま、彩花と視線を合わせる。


「お前はついさっき事件の当事者になったはずだ。」


そして、彩花の反応を確かめるように続けた。


「お前は何を感じたんだ。」


彩花はその言葉で、先程自分の身に起きた事を思い出した。

あの時は興奮していてしっかり考えられなかった。

しかしいまは、冷静に考えることができた。


鈴の音に消えた甘酒。

まるで酒屋のおばちゃんから聞いた話とそっくりだ。

人影だって見かけてない。


そして、


何となく他とは違うと感じた空き地。

一向に奥までたどり着かない道のり。

祠の後ろにあった空のコップ。


しっぽが二股に見えた三毛猫……。


あまりにもおかしな事が多すぎる。

本当に、全部気のせいで片付けてしまっていいのだろうか。



彩花はぶるりと身震いした。

胸の奥に、小さな不安が広がっていく。


あれもこれも全て自分の感覚に過ぎない。

けど、伝えておくべきな気がする……。


意を決して彩花は口を開いた。


「鳴海……、とりあえず思った事全部話すから聞いてくれる?」


鳴海は何も言わない。

だが、鳴海の右手がおもむろにペンを握った。

カチッとノックの音だけ響く。


彩花はその音だけでふわっと気持ちが軽くなった気がした。




ー午後3時00分。


酒屋を出た時、既に鈴の音が聞こえていたこと。

他の場所とは違う感じがした空き地。

奥までたどり着かない道のり。

祠周囲の空気の清浄感。


そして。


「帰る時にさ、鳴海に声掛けたの覚えてる?」


彩花はそう前置きすると、


「あの三毛猫ちゃんさ、しっぽが二股に分かれてるように見えたんだよね。……見間違いかもしれないよ?こんだけ変な事重なったし。」


そう告げた。


感じたこと全てを話し終えた彩花は、ちらっと鳴海の表情を窺うように見た。

まとまらないまま話した自覚がある上に、自分がまるでお伽話のようなことを言っているのも分かっている。

彩花といえど、鳴海がどう思って聞いているのかさすがに心配になった。


鳴海は話を聞き終えると、手帳にスラスラと文字を書き始める。

パッと見ても、丸みがかった記号のようにしか見えないその文字を、いくつか書き込んでいく。


そして、ぱたん、と静かに手帳を閉じた。


「……魚屋に行く。今日はこれで聞き込みを最後にする。」


鳴海は彩花を静かに見た。


いつもと変わらず仏頂面だ。

黒崎のように気遣う仕草も、立花のように茶化す言葉も何も無い。

だが逆にそんな鳴海の表情が、今の彩花には安心できた。


「え、もう最後にしちゃうの?」


彩花もいつもの調子で鳴海に聞く。


「お前はもう十分に見た。」


それだけ言うと、鳴海は手帳をしまった。

そしてスタスタと歩き出した。


「普通、女性を置いて先に行かなくない?!待ってよ!」


彩花は小走りで鳴海の背中を追いかけたのだった。

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