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鳴海探偵事務所へようこそ  作者: デン
夕暮れと忘れもの
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20/20

ー午後3時19分。


鳴海と彩花は魚屋に到着した。


数軒先でもよく聞こえる、魚屋のおじさんの声。

イラストとともに「魚」と大きく書かれた腰エプロンは、去年美大を卒業した息子さんがデザインしてくれたものらしい。


鳴海と彩花に気付いたおじさんが、大きな声で2人に話しかけた。


「おー!彩花ちゃんに鳴海くんじゃないかー!今日はどうしたんだい?何か買ってくのかな。」


「ううん、違う違う。朝おじさんが話してくれたやつ!もう1回聞きに来たの!」


ニコニコと笑いながら話しかけてくる魚屋のおじさんに、彩花はそう答えた。

すると、おじさんは腕を目元に持っていき、大袈裟に泣き真似をし始めた。


「おーいおいおい、本当にいい子だよ彩花ちゃんは。どうだい?うちの息子の嫁になっちゃくれねぇかい!」


魚屋のおじさんは腕からちらっと顔を覗かせ、彩花に視線を向けた。

口元は笑っている。

毎度こんな調子で揶揄ってくるおじさんに、彩花も笑いながら返した。


「いつも言ってるでしょー!あたし年下はタイプじゃないの。」


「そうかい、そりゃ残念だ。」


ガッハッハ!と大声で笑うおじさんにつられて彩花も笑った。

2人の楽しそうな笑い声に、魚屋の目の前を通る人たちも、思わず笑ったり優しげな目を向けたりしている。


さすがは商売人なのか、それとも単にお喋り好きなのか。会話が途切れそうなところで、おじさんは次々と話題を振ってくる。

彩花はそれに対してまた会話を返す。

そのまま鳴海を放っておいて、彩花はおじさんと話し込んでいた。


徐々に鳴海の眉間に皺が寄る。


つい先程の不安そうな表情が嘘のようだ。

それはそれで構わない。

だがこのままでは話が進まない、そう判断した鳴海が口を開いた。


「ところで、朝の話の事をもう1度聞かせて貰えますか。」


「おっと、そうだったそうだった!」


おじさんが我に返ったように言った。

そして、朝彩花に話していた事をもう1度鳴海に話した。



「ま、そんな感じよ!」


魚が消えた時の出来事を、おじさんは大したことも無さげな口ぶりで鳴海たちに話した。

実際、被害といっても小魚が数匹無くなった程度のことだ。気前のいいおじさんは本当に大したことないと思っているのだろう。


ふん、と鼻を鳴らしながら笑うと


「鈴の音が聞こえて魚が無くなるってこたぁ、猫にでも盗られたんだろうさ。うちの魚が美味いって事だろ。賢い猫ってこった!」


また大声で笑った。

鳴海がほんの少しだけ、おじさんから手帳へ視線を落とした。さらさらとペンを走らせ、手帳に文字を書き込んでいく。

だがすぐに視線を元に戻すと、


「そうですか。」


とだけ言った。

相変わらず誰に対しても無愛想な物言いだった。

魚屋のおじさん含め、商店街の人たちが全く気にする様子もない事が救いだ。


この無愛想も売りに出せばいいのに。

魚屋のおじさんなら上手く売り捌いてくれるかも。

……あたしはタダでも買わないけど。


彩花は失礼な事を考えていると、ふとおじさんが思い出したかのように言い始めた。


「猫といやぁ、昔はよく近くの空き地で猫を見かけたっけなぁ。」


意識を別の方へ飛ばしていた彩花は、そのひと言で現実に戻ってきた。


「空き地!?」


いきなり大きな声を出した彩花に、魚屋のおじさんは驚きつつも話を続けた。


「お、なんだい気になるか?昔、あっちの方に空き地があってなぁ。そこにちっちゃい祠があってよ。いっつもその近くに三毛猫がいたんだよ。」


「……鳴海。もしかしてあの空き地の話かな?」


鳴海に向かって小さな声で彩花が聞いた。

鳴海が視線だけ彩花に向ける。頷きも返事も何もない。すぐまたおじさんの方に視線が戻っていった。


だが、手帳にまたサラサラと何か書き込んでいるのが見えた。


それだけで十分だった。


彩花はきりっと真剣な顔を作って、おじさんの話に耳を傾けた。


魚屋のおじさんはそんな2人のやり取りに気付く様子もなく、思い出話を続けていた。


「じいさんが信仰深い人でなぁ。よくそこの祠に魚持ってっては拝んだもんだよ。拝まなかったらじいさんにゲンコツ食らったりしてな。俺らの時代のじいさんばあさんは皆そんなもんだったんだ。そういやあそこの土地の管理人が死んでから、荒れ放題になっちまってたな。祠も崩れちまったかもな……。」


魚屋のおじさんが少し寂しそうに笑った。


「三毛猫も意外と大人しいもんで。近付いても逃げねぇ猫だったよ。元々飼い猫だったのかもな。」


鳴海の視線が僅かに上がった。

それを見た彩花が魚屋のおじさんに聞いた。


「ねね、それってどれくらい前の話なの?」


「そうだなぁ……。もうかれこれ40年は前の話になるかもな。」



彩花の隣からカチ、っとペンのノックを押す音が聞こえた。音の方に顔を向ければ、鳴海が手帳とペンを既にしまい終えているのが分かった。


「貴重なお話ありがとうございました。」


鳴海が魚屋のおじさんに向かってお礼を言った。

笑顔も何もない。

だがおじさんは気にした様子もなく、ガハハと大声で笑っていた。


「雑談やら昔話やらで盛り上がっちまったな!鳴海くんはこんなんで大丈夫だったか?」


「はい。」


「そうかい、そりゃ良かった!」


「では、これで失礼します。」


そういうと小さく一礼して、鳴海は踵を返した。

気付けば商店街の人混みも、やや落ち着きを見せているように見えた。

ただ、もうしばらくすれば今度は夕飯時の買い物客で賑わうだろう。


「あ、鳴海待ってー!おじさんまたねー!」


彩花は魚屋のおじさんに大きく手を振って、鳴海の後を追った。


「このところ美味いアジが入ってるからなー!今度買いにおいでー!」


おじさんの、彩花たちに向けた声が商店街に響く。

それがちょうどいい宣伝になったのだろう。

わらわらとお客さんが魚屋に集まって来たのが見えた。


「ありゃバレちまったかい!ちょうどそこの奥さんみたいなツヤの良いアジが入っててよ。」


お客さんに向けて軽快な商売トークを繰り広げているおじさんの大きな声が聞こえてきた。

その声に、思わず彩花も笑ってしまったのだった。



魚屋からしばらく離れたあたりで、鳴海が口を開いた。


「一度事務所へ戻る。」


彩花も素直に頷いた。


魚屋のおじさんの話。

もし朝聞いてたら完全に雑談で終わらせてた。

でも、祠に三毛猫。

40年前の話だとおじさんは言っていたが、あまりにも引っかかる内容だった。


「そろそろ立花と黒崎も終わってるかな?」


「多分な。」


「じゃあ連絡してみるよ!」


彩花はそう言うと、スマートフォンを取り出し、ふと手が止まった。

そして鳴海を見上げて質問を投げかけた。


「どっちにかける?」


「どっちでもいい。」


「えー、どうしよう……。あ!じゃあさ、あたしがじゃんけんで勝ったら黒崎で、鳴海が勝ったら立花にかけてみるわ!」


鳴海は心底どうでもいいような顔をして、彩花に視線を投げた。

彩花は既に手を前に出し、じゃんけんを急かすように小さく手を動かしている。


小さくため息を吐きながら、鳴海は渋々手を出した。

気合を入れた彩花が威勢よく掛け声を出す。


直後、短い沈黙が流れた。


「んがあああ!1回勝負って言ってないからね!」


鳴海はあっさり勝利を収めると、悔しがって地団駄を踏む彩花を呆れながら見つめた。

一向にかける気配の無い彩花に、また小さくため息を吐くと、鳴海が代わりに立花へ電話をかけたのだった。

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