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鳴海探偵事務所へようこそ  作者: デン
夕暮れと忘れもの
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18/19

公園のベンチから忽然と消えたコップ。

どういうわけか、祠の裏にしかも中身は空の状態で置いてある。

コップの中の氷が溶け切ってない所を見るに、ここに置かれて間も無い事も容易に想像ができた。


立花と黒崎も、ぽつんと置いてあるコップを見て驚きを隠せずにいた。


「なんであんなとこに、あたしの甘酒あるの!」


ここにある意味が分かんない……。

てか中身勝手に飲まれてるの何?!

あたしのだったのに!


彩花は驚きと怒りで目を見開きながら言った。

今にも鳴海の腕から飛び出して、コップまで駆け寄りそうな勢いだ。


鳴海は暴れる彩花に一瞬だけ目を向け、押さえつけるように腕に力を込めた。


「ぶぇっ。」


なかなかの力で押さえられ、彩花から女性らしからぬ声が漏れ出た。

締め付けられた苦しさで、大人しくなる彩花。

そして、


「可愛いレディに何すんのさ!」


抗議の言葉とともに、彩花は鳴海にムッとした視線を送った。


鳴海はその視線に気付きながらも、彩花の言葉に返事をせず、探るように視線を周囲に向ける。


祠の裏には氷だけ残った甘酒のコップ。

ここに来るまでに人とすれ違うことは無かった。

万が一ここへ誰かが置いたというのであれば、まだ近くに居てもおかしくはない。

ただ、周囲を確認しても自分たちが歩いてきた跡以外残っていない。

祠周囲にも足跡らしきものは残されている様子もない。


鳴海は少しの間考え込む。そして


「一度引き返す。」


と結論を出した。

この結論に不服の声を上げたのは彩花だ。


「あたしの甘酒盗まれたのにぃ!犯人探しはしないってこと?!」


「……そもそもお前は飲めないんだろう。」


「飲める飲めないは関係ないの!」


鳴海は呆れたように短くため息を吐く。

未だに鳴海の腕から逃げられていない彩花は、両手をバタバタさせながら地団駄も踏んでいた。


「俺は賛成!だってここなんか出そうな雰囲気あるし、さっさと戻って聞き込みに行こうよー。」


2人の様子を見ながら、立花が茶化すように言った。

鳴海への助け船半分、本音半分といった様子だ。

そもそもこんな荒れ放題の場所に踏み入れたくは無かったのもあり、立花は黒崎にも視線を向けると


「ほら、黒崎さんも帰りたがってるし。行こ行こ。」


などと適当なことを言いながら、黒崎の背中を押して来た道を引き返そうとし始めていた。


「え、あの……立花さん。私は別に帰りたいわけでは……。」


「所長と彩花さんも早くー。聞き込みと防犯カメラ調査しますよー。」


黒崎の言葉を聞き流し、立花は鳴海と彩花を急かす。


まだふくれっ面の彩花だが、やはり鳴海の指示に従うべきだというのも分かっている。


鳴海がじっくり考えて指示を出す時は、大体その指示に従っておけば正解だというのも知っている。


なので……。


非常に!

不本意ながら!

致し方ないので!


という、不満タラタラの目でじっとりと鳴海を見つめたあと、


「……分かった。帰る。」


とボソリと告げたのだった。



彩花の言葉に頷きだけ返すと、立花と黒崎を追うように、鳴海は来た道の方へ向かって足を動かした。

しかし、数歩進んだところで彩花に腕をベシベシと叩かれた。


「鳴海、いい加減この手離してくんない?」


さっきからずっとこの自由のきかない体勢でいた彩花は、口を尖らせながら鳴海に訴えかけた。


「……戻ると約束できるならな。」


「戻る戻る、めっちゃ戻る!」


鳴海は疑うように問い返したが、彩花は即答した。

あまりにも軽い返事に、鳴海は今度はじっと問い詰めるような視線で彩花を見つめる。


彩花も負けじと鳴海を見つめる。

そして大丈夫です、とアピールするかのように、首をぶんぶんと縦に振った。

だが次第に鳴海の無言の圧に押され、とうとう完敗を悟る。


そんなおっかない顔しないでよ……。


とも言いたかったが、当然言えるわけもない。

そのうち彩花は肩を落とし、しゅんとした表情で


「ちゃんと戻ります……。」


と、怒られた小学生のような気分で鳴海に言った。


その言葉を聞き、鳴海は彩花から帰り道の方へ視線を戻すと、無言のまま解放した。


やっと解放された彩花は、鳴海に見せつけるように大きな深呼吸をする。


「ふぅー。シャバの空気は美味いのぉ!」


まるで獄中から出た囚人かのように言う彩花。

その言葉に無言のまま睨む鳴海。そして呆れたように短く息を吐いた後、来た道を戻り始めた。


もう一度深呼吸をしながら、それにしても、と彩花は思う。


なんだか息がしやすい気がする。

もちろん鳴海の腕から解放されたからというのもある。

背丈ほどもあった雑草が、この周りだけは生えていないからなのかもしれない。

だがそれにしたって息がしやすい。

というより、空気が軽いというか、空気が澄んでいるといった表現の方が近いのかもしれない。


彩花はあれやこれやと考えを巡らせていたが、これ以上考えても答えは出そうに無かった。

それに、これ以上立花と黒崎を待たせるわけにもいかない。


ま、気のせいか!


そう思うことにした彩花は、先に歩き出していた鳴海の後を追いかけた。



その時だった。



……りん


と鈴の音が彩花の耳に届く。

彩花は驚いて振り返った。


大きな木、古びた祠、空のコップ。

何も変わりはない。


ちょうど、三毛猫が欠伸をしながら背中を伸ばしていた。

ゆったりとした動きだ。

あれだけ大騒ぎしていたのに、いまやっと起きたのだろうか。


ゆらり、としっぽが揺らめく。


そのしっぽは二股に分かれているように見えた。



彩花は驚きで、声にならない声をあげる。

そして鳴海の方を向き、


「な、鳴海……。」


と絞り出すように声をかけた。


その声に、少し先を歩いていた鳴海が振り返る。

先程とは様子の違う彩花に、何かを察した鳴海が返事をする。


「どうした。」


「いま、三毛猫ちゃんが……。」


と、もう一度三毛猫の方を向く。

だが、三毛猫は丸まって気持ちよさそうに眠っていた。しっぽも1本にしか見えない。


「あれ?」


彩花は何度か瞬きをして、もう一度三毛猫を見る。

しかしやはりそこには丸まって眠っている、何の変哲もない三毛猫しかいない。


「ごめん、気のせいだったかも。」


不思議そうな顔をしながら、彩花は鳴海に伝えた。

鳴海は三毛猫に少しだけ目線をずらしたが、すぐまた彩花の方に戻すと


「……そうか。」


とだけ言って歩き出した。


彩花はもう一度だけ、三毛猫を見た。

やはり変わらず眠っている。


彩花は鳴海の背を追いかけるように歩き出した。

もう振り返ろうとは思わなかった。




先に進んでいた立花と黒崎を追いつき、無事4人で空き地の入り口に戻ってきた。

時間がかかったように感じた行きとは違い、帰りはあまりにもあっさり戻ることが出来た。


「なんだかあっさり帰れたような気がしますね。」


「あー、ちゃんと時間見ておくべきだったなぁ。」


黒崎が違和感を口にし、立花もそう返事をした。

彩花は2人の言葉に、曖昧に返事をしながら先程までのことを考えていた。



「ここからは二手に分かれて行動する。」


鳴海の声が響く。

彩花はその声で飛ばしていた意識が戻ってきた。


「立花と黒崎は商店街の防犯カメラの確認、俺とこいつは引き続き商店街の聞き込みに行く。」


げぇ、と露骨な顔をした彩花に立花が笑うのを堪えながら


「所長、ハーネスいります?ひとりで大丈夫ですか?」


と茶化すように言った。

その言葉に即座に反応した彩花は、立花の方を振り返りながらキッと睨みつけると、


「人をこども扱いしてー!こら立花ー!」


腕まくりをしながらズカズカと、喧嘩腰で立花の方に歩いていく。

黒崎がふふっ、と笑いながら仲裁に入る。


鳴海はその光景に頭を抱えながら、


「いい加減にしろ……。」


と呟くのだった。

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