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From:鳴海探偵事務所
件名:調査結果のご報告
内山様
ご依頼いただいた件について、調査結果をご報告いたします。
調査の結果、奥様と男性との間に不貞行為を疑うような事実は確認されませんでした。
詳細につきましては添付の報告書をご確認ください。
以上、ご報告申し上げます。
鳴海探偵事務所
鳴海修司
6月23日
ー午前10時35分。
鳴海が内山剛にメールで結果を送ってから2週間が経った。
トレーニングマットはそのまま鳴海探偵事務所に居住を移し、気の向いた時に彩花がその上で筋トレやストレッチをするようになっていた。
「鳴海、ねぇやばい。腕細くなって来てるかも!」
彩花は得意気に腕を鳴海の前に出す。
鳴海は一応、腕にちらっと目配せをした。
全く変わりないように見える、柔らかそうな二の腕。
コメントを求めるように彩花がじっと見つめてくる。
その姿に呆れて言葉を返そうとした時だった。
チリン……
と、ドアベルが鳴る。
「こんにちは、鳴海探偵事務所の皆さん!」
満面の笑みを浮かべた内山剛が事務所に入ってきた。
夫婦がいまどのような状況なのか、もうその笑顔だけで聞かずとも察することができる。
「あー!内山さん、久しぶりー!」
彩花はまくっていた袖を元に戻すと、内山の方へ駆け寄った。
首に下げてある高そうな一眼レフに、両手の荷物。
どちらも気にはなるが……、
「まぁ、こっちに座ってよ。」
まずは応接テーブルへ案内する事にした。
「なんでお前が真っ先に行くんだ。」
鳴海が眉間に皺を寄せながら呟くが、どうせ言ったところで意味は無いのも知っている。
鳴海は書類を置いてゆっくりと席から立ち上がり、応接テーブルの方へ向かう。
そしてソファへ腰掛けたあと、内山に声を掛けた。
「今日はどうされましたか。」
「今日は皆さんにお礼を、と思いまして。」
鳴海の言葉にそう返した内山は、先程両手で持っていた荷物をテーブルの上に乗せる。よく見るとそれは、有名な高級洋菓子店の紙袋だった。
「ねぇ!ここの店めっちゃ美味しいって聞いたことあるよ!」
紙袋に記載された店名に彩花はいち早く反応した。
確か商店街のおばちゃんの1人が、
『結婚記念日に夫がプレゼントしてくれたけど、美味しすぎて涙が出たのよ〜』
と話していたお店だ。しかもめちゃくちゃに高かったはず……。
「実はここのオーナーパティシエさんが、うちのお得意様でしてね。」
内山さんの職業って何なのよ……。
一瞬口にしようとしたが、彩花はあえて聞かないことにした。
それよりももうひとつ気になったものがあったのだ。
「そういえば、その一眼レフ一体……」
と、彩花が口にした瞬間。
内山がその質問を待っていた、と言わんばかりの勢いで食い気味に返事をする。
「よくぞ気付いてくれました!」
いや、そんなデカイもん気付かないわけなくない?
と彩花がツッコミを入れたかったが、その言葉よりも先に内山が話していた。
「メールを頂いたあの日、妻と話す時間を設けたんです。互いに互いを思うあまり、要らぬ気遣いをしていたという事に気付かされました。たくさん話しました、それはもうたくさん……!そしたら話しているうちに、妻の大会が1週間後にあると言うじゃないですか!」
……やっちまった。
と彩花は思ったが、もう内山は止まらない。
「翌日有休をもぎ取ってカメラを買いに行ったんです。えぇ、妻の勇姿を残さないなんて選択肢は有り得ませんでしたから!」
長くなると察した黒崎が、内山にそっと冷たいお茶を持ってきた。
ありがとうございます、と言いながら半分ほどお茶を飲んだ内山が続ける。
「大会当日はもうそれはもう……。蘭子は本当に素敵で……。蘭子が出てきた時はもう光り輝いて見えて。」
あれ、パワーリフティングの大会の話だよね?
ランウェイを歩くモデルの話でも始めたのかと勘違いするほど、内山の妻自慢は止まらない。
内山の目には余程素敵に映ったのだろう。先程から同じ言葉が繰り返され、語彙力が消え失せている。
……もう途中から彩花は考えるのをやめた。
しばらくして、
「ほら見てください!これがその時の写真です!」
と、内山に話しかけられた事で彩花はハッとする。
記録されている写真を覗くと、蘭子がバーベルを持ち上げた瞬間の写真が写っていた。
真剣な眼差し、引き締まった筋肉、揺れているポニーテール……。
「すごい良い写真!っていうか写真撮るのうっま!」
内山の写真の上手さに彩花は素直に驚いた。
が、この言葉でさらに内山が燃えてしまった。
「でしょう!この角度からの蘭子の表情!本当によく撮れました。もちろん本物には負けてしまいますが!そしてこの写真も!」
と、次々に写真が出てくる。とめどなく出てくる。
どう見たって同じにしか見えない写真が無数に出てくる。
「ねぇ、今の写真とさっきの写真同じじゃ……」
「違うんですよ!これは競技が始まる瞬間、こっちはこれから持ち上げようとしている瞬間です!」
いやなんで全部覚えてんのよ……。
もう何度ツッコんだか分からなくなってきた彩花は、そっと鳴海に助けを求めて目配せをした。
が、そっと逸らされる。
ここからあと2時間、内山の蘭子自慢に付き合わされることとなるのだが……。
この時の彩花は知る由もないのである。
立花は盛り上がる事務所内の様子に耳を傾け、笑いながら、今回の事件の書類をまとめる。
そしてまとめ終えると、付箋に走り書きをし書類の端に貼り付けた。
【怪しい妻と謎の男】6/1〜6/9、解決済
・浮気調査の依頼
・備考と聞き込みの結果、白と判明
・依頼者と調査対象の仲はより良好となった
・備考:事務所内にトレーニングマットが増えた
黒崎が付箋をちらりと見て、ふふっと笑った。
立花もニヤリと笑う。
事務所の中央では
「もういい、分かったってばー!」
という彩花の悲鳴がまだ聞こえていた。




