08
俺はランタンの光を最小限まで絞り、音を殺して扉の隙間から内部を伺う。
変電設備の残骸の前に、三人の男がいた。
装備の規格はバラバラで、身につけている外骨格のフレームもひどく古い。
装甲板の隙間から、電力供給用の太い配線がむき出しになって外付けされているような、素人作業の劣悪な型だ。だが、その露出した端子の脆弱性に、ウェスは一瞬で気付いたようだった。少年の目が、暗がりの中で肉食獣のように鋭く細められる。
一番奥にいる大柄な男。
その男が、泥で汚れた黄色い端子の付いた重厚なケースを足元に置いていた。
遠目からでもわかる、金属の分厚さと特殊なロック機構。通信機の向こうでジジが言っていた通りの、本物の軍用規格の外装ケースだ。
こちらの足音は殺していたはずだが、何らかのセンサーが反応したのか、俺たちに気付いた三人の男がゆっくりと武器を構え、無言のまま間合いを測ってくる。
交渉の気配は、一切ない。
奪うか、奪われるか。下層の純粋な物理法則だけがそこにあった。
「ジジッ」
ウェスの胸元で、青白い火花が弾ける音が鳴った。
自身のデバイスを強制的に戦闘モードへと起動させたウェスが、俺の制止を待たずに床を蹴った。
圧倒的な速度。
ウェスはわずか二歩の踏み込みで右端の男の死角へと回り込む。
手に握られているのは、刃先そのものが電極になっている自作のバイパス・ダガー。それを、男の劣悪なリグの背中、無防備に露出している供給端子の隙間へと容赦なく刺し入れる。
刃先の金属が回路に接触した瞬間、ダガーに仕込まれたコンデンサから強制的な大電流が逆流する。バチッという激しい閃光。
システムがショートし、男のリグのサーボモーターが一瞬だけ完全に硬直した。
そのコンマ数秒の硬直の隙を見逃さず、ウェスが全体重を右足の踵に乗せ、男の膝関節の裏を強烈に蹴り抜いた。
リグの関節がにロックされた状態の男は、加えられた衝撃を受け止めるための姿勢制御ができず、金属の塊のようになって横方向へと無様に倒れ込む。重い装甲がコンクリートに激突する鈍い音が響いた。
仲間が倒されたのを見た中央の男が、手に持った電磁警棒を咄嗟にウェスへと向ける。
警棒の先端から、空間を歪めるような強力な電磁場が放射される。バチバチと空気が焼け焦げる臭いが広がり、ウェスの胸元に巻かれた無数の配線が、干渉を受けて異常なスパークを上げた。
「ジジッ、ジジジッ!」
システムに電磁場のノイズを流し込まれ、動作不良を起こしたウェスが顔をしかめて半歩後退する。
そのウェスの生み出した空間の隙間を埋めるように、俺は深く息を吐きながら一歩前へと出た。
左端にいた三人目の男。
そいつがリグの出力を最大に上げ、正面から俺に向かって突進してくる。
低い重心。殺意を持った数十キロの鋼鉄の質量が、床を削りながらまっすぐに踏み込んでくる。
俺は立ち止まったまま、相手の軌道を読む。
そして激突の直前、滑るように一歩だけ右にずれた。
タイミングは、男の前傾した体重が前足に完全に乗り切った瞬間。
その運動エネルギーが最も高まる瞬間に合わせて、俺は踏み込んできた男の腕の外側に自らの腕を添え、彼が進んでいる方向に向かって、そのままリグのトルクを上乗せして押しやる。
合気のような、純粋なベクトル操作。
男は自らの突進の速度を殺すことができず、制御を失った質量の塊となって、恐ろしい速度で変電設備の分厚いコンクリート壁へと激突した。
ゴガンッ、という凄まじい破壊音。
表面の装甲が壁に当たった音ではない。衝撃を吸収しきれず、リグの内部フレームそのものが限界を超えてひしゃげ、歪んだ金属音だ。
男はうめき声を上げて立ち上がろうとしたが、装甲に挟まれた左腕が完全に機能不全に陥っているようだ。フレームの内部で破損したギアか装甲材が噛み込んでおり、もはや立ち上がることすらできないのだろう。
二人が無力化されたのを見て、中央の男が焦りを顔に浮かべる。
男は半身の体勢となった俺の死角へと回り込み、電磁警棒を俺の頭部に向けて全力で振り下ろした。
だが、警棒が俺の肩に直撃した直後、男はひどく間抜けな顔をして動きを止めた。
強力な電磁波を叩き込んだにもかかわらず、俺の身体がピクリとも硬直しない理由を、男の脳が処理しきれていないのだ。
無駄なことだ。
俺の旧式リグには、外部のネットワークに接続するための端子など最初から無い。EMPを受け付けて回路を焼き切られるような、繊細で高度な電子基板が、そもそも積まれていないのだ。
男が自身の想定と手元の武器の効果の乖離に戸惑っている、そのわずかなコンマ数秒。
俺は床を強く蹴り、下半身のバネから生み出した力を肩の装甲板に乗せ、警棒を持った男の腕ごと、強烈に弾き飛ばした。
関節に無理な衝撃を受けた男の腕が不自然な角度に跳ね上がり、痺れた手から警棒が滑り落ちて床を転がる。
唯一の得物を失った男が、恐怖に顔を引き攣らせて後ずさる。
これで、終わりだ。
三人とも、もはや立ち上がって戦闘を継続できる状態ではなかった。圧倒的な出力と練度の差を理解し、立とうとする気力そのものが完全にへし折られているのだ。
俺は呻き声を上げる男たちの間を静かに歩き、奥に転がった黄色のケースの横にしゃがみ込む。手を伸ばしてケースの取っ手を掴んだが、男たちは誰一人として抵抗の意志を見せなかった。
ケースの重いロックを解除して中を確認する。
耐衝撃性のクッションの中に、黒々とした軍用規格の高密度セルが三本、綺麗に収まっていた。
端子の削り出しの精度と、表面に刻まれた製造番号の刻印。それらを指先でなぞって確認するが、紛れもなく本物だ。
「……あいつらあのまま放置していいのか」
背後で呼吸を整えていたウェスが確認してきた。
「ああ」
俺はケースを閉じ、ロックを掛け直しながら短く答える。
「なんで」
「これ以上は必要ないからだ」
ウェスが何かを言いかけて口を開き、それから不満げに閉じた。「必要がない」という純粋な判断を、戦闘においてどう処理していいかわからないという顔だ。
出口へと向かう前に、俺はもう一度、床に倒れている三人を見下ろす。
一人の男の腕に、装甲の隙間から奇妙な印が見えた。
染料のタトゥーではない。高熱の焼き鏝か何かで皮膚へ直接焼き付けた、火傷の痕による刻印だ。
円の中に稲妻を模したような、歪なシンボル。それは単なるギャングの印ではなく、確かに見覚えのあるものだった。だが、ウェスはそれに気づいていない。
重いケースを小脇に抱えながら、俺はあの刻印のへの対応を考え始めていた。
この十四廃区は、すでに彼らの所属する組織の目に入っている。次に来たときには、ここも安全な抜け道ではなくなっているはずだ。
俺は思考を切り替える。今はナオの手当てを可能な限り早めに終わらせる必要がある。
ブーツの底で瓦礫を踏み砕きながら、俺たちは来た道を足早に戻り始めた。




