06
縫製工場という名の、エネルギー搾取施設。
そこでの真の目的は服を作ることではない。「ハーベスティング」――下層の労働者たちの体温と、単純作業の反復動作から生じる微弱な運動エネルギーを、特殊な布地の繊維を通じてシステムへと吸い上げる作業だ。
抽出量のノルマが上がれば、当然ながら身体への負荷は劇的に増大する。
管理側のメーターの数値の上では同じ規定出力のように見えても、全体の採取効率を強引に上げるために接触時間や密度が増せば、熱を奪われる側は生命維持に必要な最低限の余熱まで容赦なく絞り取られる。
それは電池に例えれば、定格をはるかに超えた状態で、ショート寸前まで無理やり電力を引き出し続けているようなものだ。本来の定格出力を超えた二次電池が、内部抵抗の増大によって修復不能な自己破壊を起こすように、少女の小さな体も、細胞レベルで熱を絞り尽くされ、緩やかな死へと向かいつつあるのだ。
だが、その残酷な事実をウェスに詳しく説明したところで、目の前の現実が少しでも好転するわけではない。
「……俺が、もっと早く気づくべきだったんでしょうか」
少年の掠れた声から、いつもの不遜な強がりが完全に消え失せていた。ただの、絶望に怯える子どもの声だった。
「誰がやっても、早いか遅いかの差だ。システムは必ず末端から熱を搾り取る」
ウェスは左手首を持ち上げ、自身の寿命計の残量を確認しようとした。だが、その腕は途中で痙攣するように指先を強張らせ、空中で動きを止めた。数秒間の痛ましい葛藤の後、手は力なく下ろされた。自分の命を削ってナオに与える余裕すら、もう彼には残されていないのだ。
俺は何も言わず、ピンセットが金属を弾く硬い手応えと冷たい感触だけに意識を集中させた。
そのときだった。
工房の隅、埃を被って鎮座していた古い受信機。それが、突如として低い唸りを上げて鳴り始めた。
ブーンという変圧器の重いノイズ。
ウェスがビクッと肩を震わせ、弾かれたように顔を上げる。
大戦前の軍用無線を強引に改造した、その巨大な鉄の筐体。それは現代の管理された光ネットワークから完全に隔絶されており、アナログの超短波のみを拾うよう設計されている。こんな前時代的なノイズ混じりの電波を意図的に寄越す相手は、この広大な下層エリアにたった一人しかいない。
俺は作業台から離れ、受信機の前へと歩み寄った。
分厚い金属製のトグルスイッチを、指の関節で力強く押し下げる。ガチリという確かな手応えと共に、ざらついたホワイトノイズの隙間から、ひどくかすれた声が工房に響き渡った。
「……カイト。聞こえているなら聞け」
肺病病みのように酷く老いた声。だが、その言葉の奥底には、決して削り落とすことのできない強靭な鋼の芯がある。
「十四廃区に、軍用規格の高密度セルが流れた。中身は不明だが、構造そのものは生きている。俺の目利きで保証はできんが、刻印は規定通りだ。こいつは早い者勝ちだぞ」
一方的に用件だけを叩きつけ、通信がブツリと途切れる。
再び単調な雑音だけが空間に戻る。俺はスイッチを上に弾いて戻し、筐体内部の真空管が発する微かな余熱を掌で確かめながら、静かに手を離した。
「……誰だよ、今の」
ウェスが、警戒心をむき出しにして尋ねてくる。
「ただの知り合いだ。少し古い付き合いがある」
それ以上の追及を遮るように、俺は少年に背を向けた。
腰のポーチから、使い慣れたツール類を次々と作業台に並べていく。自作のピッキングツール、強引な熱抽出ユニット、そして絶縁テープ。それぞれの金属的な摩耗具合や、ケーブルの断線がないかを指先の感触で精密にチェックしていく。
「……軍用規格のセル……」
背後から、すがるような声が響く。
「民生用のものと比べて、出力の許容量も蓄電容量も十倍以上ある頑丈な代物だ」
「それがあれば……ナオを助けられるのか」
「……可能だ。システムを通さずに直結して電力を流し込めば、少女一人分の数ヶ月分の余熱は十分に確保できるだろう」
俺が淡々と事実だけを答えると、ウェスは背後で大きく息を呑んだ。肺に空気が流れ込む音が、痛いほどはっきりと聞こえた。
「……本当に行くつもりか。あの危険な廃区に」
「それ以外に選択肢がない以上、迷うだけ無駄だろう?」
「……俺も行く。あの場所の複雑な構造なら、ガラクタ漁りで何度も潜っている俺の方が詳しい」
俺はツールの点検を進める手を一切止めずに答えた。
「明日の早朝、上層からの監視圧が最も下がる夜明け前に出る。遅れるな」
ウェスは短く「わかった」とだけ応じた。
そして今度は、いつもと同じように、乱暴に鉄扉を開け放って出て行った。ガンッ、という激しい金属音が響き、それは彼の内に再び灯った決意の強さを明確に物語っているようだった。
鉄扉が閉まると、工房には再び、完全に冷え切った静寂が戻ってくる。
点検を終えたツールをポーチに収めようとした途中で、内壁の排熱ポートから短い軋み音が響いた。
ギギッ、という構造材の悲鳴。供給側の圧力が、さらに一段階低下したのだ。
むき出しのコンクリートに触れると、表面温度は先ほどよりも明確に下がっている。都市のグリッドの衰退が、目に見えないスピードで加速しているのは確実だ。
俺はすっかり冷えゆく壁に掌を当てたまま、暗闇の中で静かに立ち尽くす。
作業台の端に置かれた銅製のケトル。それが、不安定な室内灯の光を浴びて、鈍い光を反射していた。
今日はもう、珈琲を淹れられるだけの熱は残っていないかもしれない。だが、そんな感傷に浸っている余裕はない。明日に備え、この身体を休ませる必要があった。




