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最下層地区の地上。
そこは、遥か上方に位置する中層からの採光ルーバーが半開きのまま永遠に固定され、差し込む光が常に薄暗い、中途半端な黄昏の底だ。
直射光も、明確な日陰もない。だからこそ影の輪郭は決して生まれず、すべてを曖昧に塗り潰す均一なくすみ。それが廃駅の奥へと延々と続いている。
そして肌にまとわりつく空気は、ただ不快なだけでなく、水分と古いオイルを含んだ細かい塵のような重さを感じさせる。
錆びた砂の浮く通路を踏み出したとき、足首に違和感を覚えた。
足元の格子状の排熱口。そこからいつも這い上がってくるはずの、湿った生ぬるい風が失われているのだ。
地下深くで稼働している変電設備からの廃熱。それは普段なら、ブーツの足首を包み込むほどの確かな熱気と風圧を持っている。
ところが、格子状のひしゃげた鉄蓋に素手をかざしてみても、何の抵抗もない。ジェネレーターそのものの出力低下か、あるいは末端の供給グリッドでの意図的な中抜き。どちらかはわからないが、都市が正常に機能していないことだけはほぼ確実だった。
通路を抜け、下層の居住区画へと出る。
普段なら、わずかな物資やジャンクパーツを求めて飢えた住民がけたたましく行き交うはずの市場通り。そこに、人の気配がほとんどない。
壁際に力なく座り込む者たち。あるいは、手首のデバイスの数値を虚ろな目で凝視し、ただ立ち尽くす者たちが散見されるだけだ。
彼らは皆、無駄なカロリー消費を極限まで抑えるため、呼吸すら浅くしている。
市場通りから生々しい活気は完全に削ぎ落とされ、この巨大な都市全体が、緩慢な死に向かって停止しつつある。そんな不穏で冷たい静けさが、空間全体に重く漂っていた。
俺は立ち止まらず、ブーツの底で鉄板を鳴らしながら連絡通路の奥へと進む。
突き当たりの壁面に設置された旧式の誘導灯。それが、まるで死にかけの虫のように不規則な明滅を繰り返していた。
単なる安定器の経年劣化であれば、点滅の周期は一方向に縮むか伸びるかのどちらかだ。だが、今日のそれは明滅の長短がランダムに揺れており、供給されている電圧そのものの異常な不安定さを示している。
薄暗い天井の下で、明滅する青白い誘導灯が、俺の足音に合わせて長く伸びた影を不規則に伸縮させている。
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工房である廃駅の待機室に戻ると、背負っていた重い荷物を床に置くよりも先に、俺は内壁のむき出しになったコンクリートに左の掌をピタリと押し当てた。
壁の裏側を通っている巨大な冷却配管。その表面温度と水流の振動を直に確かめるためだ。精密なテスターなど無いこの下層においては、自身の皮膚に伝わる温度変化と指先の触覚こそが、最も信頼に足るセンサーだった。
伝わってきたのは、熱を奪い去るような冷たさ。普段であれば数秒で伝わってくるはずの、ポンプが稼働する微細な振動も、配管を通る温水が放つぬるい手応えも、そこにはない。
俺の体温が冷たいコンクリートの壁に向かって一方的に吸い取られていくだけで、還ってくる気配が一切ないのだ。グリッドの供給圧が、都市を維持するための臨界点を割り込む寸前まで低下しているのは確実だった。
排熱口の減圧、市場の異常な静寂、誘導灯の揺らぎ、そして冷却配管の沈黙。すべての観測事実が、都市機能の広範な停止という最悪の結論を如実に示していた。
溜息を一つ吐き、回収してきたジャンクパーツを作業台の上に無造作に広げる。
再利用可能な部品とそうでないものを指先の感触で仕分けしていると、背後の重い鉄扉が静かに開かれた。
いつもの、鼓膜を打つような暴力的な衝撃音はなかった。
あの建付けの悪い分厚い扉を、ウェスはいつも苛立たしげにブーツで蹴り開ける。だが今日は、金属の擦れる重い擦過音だけが、床を這うように静かに響いただけだった。
「丁寧」という言葉が世界で一番似合わないあの少年が、異常なほど丁寧な入り方をしたのだ。
部屋に入ってくる際、普段なら彼の手首にあるデバイスから絶え間なく聞こえてくるはずの、「ジジッ」という微小な放電音も聞こえない。
彼の不機嫌な接近を知らせるアラームとしてこの工房に染みついているあのノイズが、今日は完全に消え失せている。
エネルギーの消耗を防ぐために手動で出力を極限まで絞っているのか、あるいは、単純にデバイスを操作する精神的な余裕すら失っているのだろう。
常に抱えているはずの、換金用のジャンクや食料の気配も、今のウェスからは感じられなかった。
ウェスは部屋の隅の暗がりに背を預ける。
俺の方を見ることも、作業台の上に散らばる成果物を確認することもなく、ただうつむき、床の染みの一点を虚ろな目で見つめている。
何度か浅く、震えるような呼吸を繰り返した後、ひどく掠れた低い声が静寂を破った。
「……ナオが、おかしい」
ウェスは依然として視線を床に落としたまま、内側に抱え込んでいた胸のざわめきを零し始める。
「四日ほど前からだ。上層の下請けの縫製工場から戻るたびに、極端に体温が下がっている。指先から手足の付け根まで氷みたいに冷え切っていて、顔の血色もまったくない。死人のようだ」
俺は手元に広げたジャンクパーツを仕分ける作業を止めない。
金属製のピンセットを動かし、小さな部品をつまみ上げては金属皿へ落とす。チャリン、という硬質な音が等間隔に響く。俺が手を止めて彼に向き直れば、この警戒心の強い少年は逆に口を閉ざしてしまう気がしたのだ。
「手持ちのセルはすべて補填に回したし、食料も俺の分を削って余分に渡している。昨日なんて、あんたから買った電力も全部あいつのヒーターに回した。なのに、体温が戻らないんだ」
ウェスが、音のしない手首のデバイスを力強く握りしめる。
その細い指の関節が、血の気が引いて真っ白に強張っているのが視界の端で見えた。
「工場のノルマが変わったか」
ピンセットで歪んだ真鍮の小さなボルトを弾きながら、極力平坦な声で聞く。
「……先週から、全体の作業ノルマが二割増やされた」
「抽出量が、限界まで引き上げられたのだな」
俺はボルトを金属皿に落とし、そのまま仕分けを続けた。




